process 13 生い先

「古和覇田さん、浜浦所長と同期だったんですか?」


 関原は目をみはる。


「いやいや、浜浦所長は1つ先輩、私が後輩だよ。同じ大学の研究室で学び、研究員となったんだ」


 古和覇田は小さく千切ったロールケーキを口に含む。


「そしてもう1人、炭代作弥すみしろさくや。忘れられない友と3人で、私たちは若き日々を勉学と研究に注いだ」


「友ですか。創設当初にはいらっしゃらなかったようですが、呼ばないんでしょうか」


 古和覇田は口の中のロールケーキを呑み込む。顔が曇り、力のない微笑が零れる。


「呼べないんだ。彼は先にこの世を去ってしまったからね」


 関原は息を詰まらせる。


「すみません」


「いやなに、気にすることはない。彼が生きていたら、きっと声をかけていただろう。彼も優秀で、比類なき熱血漢だ。必ず大きな力になっていた」


 古和覇田は抹茶ラテを飲み干し、立ち上がる。


「航空機の事故だよ。45年前になるか。羽田に向かっていた飛行機がエンジントラブルを起こした。落下は免れない。着陸する以外になかった」


 古和覇田は重たい口調で続ける。


「ミャンマー海岸近くの海に緊急着陸した。緊急着陸による衝撃で機体が2つに割れた。炭代すみしろは現地の病院で手術を受け、日本の病院に移送された。療養もむなしく、1ヶ月後に亡くなったよ。意識があった頃は、必ず復帰するって意気込んでたんだけどね」


「僕より若い時に、亡くなられたんですね」


「彼の無念は痛いほど分かった。だけど、見舞いに来るたびに私たちを心配させまいと振る舞っていた。それが分かってからは、見舞いに行くのも気が引けた。彼に無理をさせてしまう気がしたからね」


 関原は湿っぽい空気に息を呑む。抹茶ラテを口に含み、深い濃厚な味で誤魔化す。


「私たちは炭代の意志を受け止めながら、研究の道へ進んだ。炭代さんの死以来、浜浦所長とは顔を合わす機会もなくなって、そのままズルズルと時が過ぎた。もう浜浦さんとも会うことはないと思っていた。だから、余計に驚いたよ。あの人から連絡があった時は」


「連絡を取らなくなったのは?」


「炭代さんにどう接するべきか、日に日に助かる可能性が低くなっている彼に、どんな言葉をかけてあげるべきなのか。なにをしてあげられるのか。喧嘩をしてね。お互いに気まずくなってしまった。そうしているうちに、本当に話さなくなって、浜浦さんと僕は違う研究機関に移ってしまった」


 古和覇田は薄く笑みを見せるが、どこか哀しい色が滲んでいる。


「今となっては、私と浜浦さんが炭代さんのことで言い争っていることも、炭代さんは気づいていたんじゃないかって思っているんだ。たとえ気づいてなかったとしても、申し訳ないことをした」


 浜浦所長の過去。ゼミにも入っていたが、浜浦所長が自身の過去について話すことはなかった。

 話したとしても、ロボット工学の話くらいで、プライベートのことはなにも。関原自身も気にしてこなかった。立ち入ったことを聞いて、無神経な反応をしたために人を傷つけてしまうこともある。そういう時に自分でフォローもできないのを知っている。

 浜浦所長のプライベートな話について意識してこなかった分、思わぬところで聞いてしまったことで、尊敬する人をより身近に感じていた。


「君と木城君を見ていると、炭代さんと浜浦さんのことを思い出すんだ。あの2人もライバル心が強かったが、なんだかんだ仲がよかった。話も合っていたしね」


 簡易キッチンに手をついた古和覇田。キッチンについた両手に力が入っていく。目を閉じ、固まっていた。

 関原は古和覇田の様子に違和感を覚えるが、深刻な顔をした古和覇田はすぐに立ち消えた。


「すまない。少し年寄り臭い話をしてしまったね」


 古和覇田はいつもの真摯なオジサマに戻っていた。


「いえ、そんな……」


「おっと。もうこんな時間か。関原君、また今度ゆっくり話そう」


「ええ、ぜひ」


 関原は脳生理学ラボを出る。時々社員とすれ違いながら、柔らかな白い光を灯す壁に挟まれた廊下を歩いていく。


 依然厳しいブリーチャーたちとの戦い。しかし希望はたくさんある。何年かかろうと、人々がより平和に暮らせる世界になれるまで、戦いは終わることはない。長い道になる。視界は不良だが、なぜか信じられた。

 必ず、この戦いに終わりがあると。自分に何ができるか分からないが、この手でできることなら、なんだってする。

 覚悟を握り、しっかり地に足をつけて進んでいく背中は戦士そのもの。白衣というスーツを着て、明日も明後日も、戦いに向かう。

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