6.築かれていくカタチ

process 1 1つの到達点

 日々が積み重なっていく。

 1日を惜しんで時間の早さを憂いながら、突き進んでいくしかない。

 そうして3ヶ月という時間で計ってみると実感できる。少しずつ、事が運んでいることに。


 進捗状況を確認するため、防衛省に設置された日本特殊防衛軍創設チームの職員に説明することも増え、各室長が会議に参加することが多くなった。

 会議はモニターを通して各会場で行われ、今後の方針について協議し、それぞれやるべきことを胸に留めた。


 一方、ブリーチャーへの駆除作戦も着々と実行されていた。

 高解像上空網膜観測レーダー衛星——またの名を『ユピテルの目』、海中探査ロボット、無人偵察機などにより、ブリーチャーたちの発見、行動観測など、各国から寄せられた集積データをもとに作成された分布図が、国連の公式ホームページに公開された。

 そこからブリーチャーたちが集まる棲み処を特定。ブリーチャーに対抗するために改編された各国の部隊と協力し、奇襲が行われた。


 これまで行われた軍事作戦は世界中で合計4件。奪われた土地を取り戻したのは1件のみ。その1件も多くの犠牲を払う形となってしまい、不満も少なくなかった。

 彼らの異常な戦闘力を前に、辛くも勝利が1つという戦力差が改めて示された形となり、世界各国は打倒ブリーチャーと息を巻いて戦力の補強をこれまで以上に早めている。


 日本は装備配給、精密部品の提供の後方支援で精いっぱいだった。

 様々な世界状況と日本領土にブリーチャーたちの侵攻の危険性が高まっていることを踏まえ、国内・国外の防衛力を合わせても、日本のすべての土地を守り続けることは不可能である。

 そのような判断が、専門家の間で多くを占めることになってしまった。


 日本政府は22の島の防衛を諦め、早急な住民の移住を進めていく方針を明らかにした。

 住み慣れた家と土地を手放す。それだけではない。人生をかけてやってきた仕事を捨てる。受け継いできた物を背負い、歩んできた道だった。代えの利かない思いがあったのだ。


 その土地に点在する物には、人々の思いが星の数ほどある。失えない物だってあるのだと訴えたい気持ちは十二分にあった。しかし、離れた土地に住む親縁しんえんや知人の説得もやまなかった。


 命には代えられない。生きてこそつないでいける物もある。世界の緊急事態の様相を見聞きしていれば、不安もよぎる。断腸の思いだったが、移住するしか選択肢はなかった。


 陸上配備型迎撃ミサイル、熱感応レーダー、哨戒潜水艇しょうかいせんすいてい、無人戦闘機、戦闘ドローン、戦闘アンドロイドを海岸近辺に配備し、警備・迎撃態勢の強化を図った。


 これらの既存兵器を対ブリーチャー用に改良する動きが多くの企業で活発になっている。

 海外からのブリーチャーに有効な対策の情報もあって、思ったよりも早く改良を進められた。放電体質者の強力な電撃とまではいかないが、充分にブリーチャーたちを殲滅できる代物も作られ、一定の抑止力を持てたと評価されている。


 これらの兵器の配備と共に、採用基準を見直して隊員と技術士の募集も行われていた。強い危機感が日本中を駆け巡ったこともあってか、見込んだ募集定員をオーバーすることも起こった。

 未経験者にも枠を広げ、講習と実習に経費を注いだ。急いだ取り組みだったため、手探り感は拭えないが、着々と備えられてきている。

 同様に、放電体質者による着用型戦闘歩兵機、鎧機待かいきたいという名称を改め、『機体スーツ』を装備する、日本特殊防衛軍部隊の隊員確保も並行して進んでいた。


 放電体質者であることを条件とする部隊のため、他の部隊ほど人数を集められてはいないが、確実に増えてきている。メカトロニクス化学総合研究所の居住棟に収まりきらない事象も現実味を帯びてきた。

 日本特殊防衛軍が創設されたことで、現在研究所に住んでいる隊員候補を、新たに建設された基地へ引っ越してもらう手筈が整えられている。


 放電体質者の体に帯電する特殊な電気を模倣した武器も実用化し、世界各国の防衛は少しずつ強固になっている。

 また海外勢の機体スーツを着る放電体質者の戦果は、破竹の勢いとも形容される多くの情報が寄せられていた。名だたる精鋭部隊ですらほぼ全滅に追いやられた旧態のブリーチャーに対し、秒で倒す敢闘ぶりは人類にとって久方ぶりの朗報となった。


 朗報が起爆剤となって士気が上がったのか、各国の放電体質者部隊の奮闘が相次ぎ、いつの間にかウォーリアオブゴッドという栄誉に尽きる呼称で呼ばれ始めた。

 これだけ話題になったのは、望んでもいないのに放電体質者になった人々がおり、被害に遭うのは放電体質者のせいだという論が、非情に流布されている現状を憂う声も少なくなかったからだろう。

 放電体質者が人類の脅威を取り除き、暗い世界に光をもたらす。人類の救世主とも言えるが、一番救われたのは同じ放電体質者に違いなかった。


 期待高まる中、日本にも動きが見られた。

 穏やかな気候が漂う広大な敷地に建造物はなく、中型トラックくらいの車が敷地の端で数台止まっている。そのそばでは門谷、葉賀、浜浦所長、十数人の研究員が待ちわびていた。


 研究員は三脚を立て、カメラの後ろに回ってテストを行っている。


「どうだい?」


 浜浦所長は研究員に近づき、ふんわりとした口調で話しかける。


「はい、いつでも問題ないです」


 周りはソワソワしており、それぞれ会話がぽつぽつと湧き立っている。


 一方、車内は薄暗く、ぼんやりと優しい光が灯っていた。車内の壁の上下左右に点在している円形ランプと小さなモニターの光が、古木屋の顔を浮かび上がらせている。

 ドアが開くと、白衣にジャケットを羽織った先石が入ってくる。


「大丈夫そう?」


 先石は古木屋にそう確認すると、ベンチに座る機体スーツに視線を振る。


疑似ぎじ神経しんけいは正常に作動してるし、生体との同期も安定してる」


「こっちはオッケーと」


 先石は片耳につけるインカムのロータリースイッチを回す。


「古和覇田室長、そっちの準備は問題ない?」


 別車両で機体スーツ着用者の生体反応と機体スーツシステムを確認する古和覇田は、椅子から立ち上がってモニターに顔を寄せる。


「……ああ、ARヘルメットのソフトウェアもエラーをうまく処理してる」


「そう、ありがとう」


 先石はインカムの中央ボタンを押したまま話す。


「オペレーションオーダー、機体スーツ連携」


 インカムのスピーカーが2回の電子音を鳴らした。


「そろそろ行きましょうか。あんたたちも準備して」


 すると、車内にいた機体スーツが立ち上がった。3メートルはある車内の天井に手を伸ばせば届きそうなほど大きい。機体スーツは車の後方に視線を預ける。


 長く伸びる足と腕は白い硬質に包まれ、下腹部から肩にかけて人の形に再現されている。違いがあるとすれば、生殖部と胸部がほぼ曲面にされていることだろう。

 機体スーツの胴囲はくびれがあるが、あきらかに人体より太い。全体が機体スーツ用に設計されている。とはいえ、全体のバランスを考えて設計されているため、肥満体というよりはガタいのいい人間の形に近い。

 胸の中央に半球が埋め込まれており、オレンジに光っている。更に両肩に沿って伸びる隆線りゅうせん状のLEDライトも、オレンジを灯していた。


 頭はドーム型のヘルメットを被り、機体スーツにがっちり連結されている。前面には大きく割り振られた透明なフェイスシールドがあり、着用者の表情がうかがえた。太い眉をした老け顔の男は、勇ましい顔つきで開かれる両扉から漏れる光の先を見据える。

 フェイスシールドは、緑色の文字やマークを両側に表示させている。ARヘルメットが状況に応じて、着用者に必要な補足情報を提示してくれていた。


「所長、準備できました」


 先石の声が浜浦所長のつけたインカムに届く。


「分かった。じゃあ早速始めてくれ」


「了解」


 車のバックドアが開き、両扉の片側のドアが内側に傾いていく。


 研究結果がわかる時は、いつだってゾワゾワするような感覚が全身を駆け巡る。何度繰り返したって、この感覚が消えることはない。

 いくつもの時を重ね、求めた答えの正否を得るこの時間は、これからどんな道を辿るかを占っているも同然だ。たとえ望まぬ答えがあったとしても、得られた答えから目を背けてはならない。


 起こった現象を観察し、洞察する。注意深く、それこそ小さな埃1つの動きも見逃さないくらいに結果を見つめることが、研究者に必要な素養である。そんな言葉がよぎるが、誰が言ったかなんて覚えてない。

 だがはっきりと、先石の天才的頭脳が反芻はんすうした。


 片側のドアがスロープに変わり、機体スーツが車を降りていく。


 他の大きな車からも同じように機体スーツが降りてくる。

 3体の機体スーツが演習場を進んでいく。


 人が歩くテンポで、スムーズに歩けている。それを一心に見つめ、顎に手を添える浜浦所長。誰もが機体スーツの一挙手一投足を見守っていた。

 先ほどまでのゾワゾワ感は消え失せ、緊張が張りつめていくような空気が充満している。機体スーツ製作に助力していた関原と木城も、車内から3体の機体スーツを見守っていた。


 機体スーツが演習場中央で止まる。


「新人隊員さん。操作は頭に入ってるわね? まずは放電を開始」


 先石の指示がARヘルメットの内部スピーカーから聞こえ、横に並んだ3体の機体スーツ着用者は両手に拳を作る。

 機体スーツ表面に小さな筋が一瞬表れる。青い光の筋が機体スーツの周囲でビリビリと鳴りながら、顕現と消滅を繰り返している。その数秒後、一気に広がった。

 遠く離れた場所で見守っている浜浦たちのところまで聞こえてくる。燦々さんさんとした光は目を奪い、耳をつんざく爆音が周囲で舞い踊る。


 思わず目を瞑ってしまうほどの衝撃。雷が近くで落ちている気にすらなり、充分離れていると知っているのに、関原は落ち着かないでいた。


「はい、やめ」


 先石の指示で乱れ飛ぶ電撃の嵐がやんだ。

 まっさらな地表がデコボコになっている。強い衝撃を受けた柔らかい土が飛び散り、あっという間に爆撃に遭ったかのような様相を呈していた。そんな中にいたにもかかわらず、機体スーツは擦り傷程度で済んでいる。


「それじゃブーストランを解放」


 3体の機体スーツは同じ方向を向く。両肩の隆線のLEDと胸中央の半球が赤くなり、機体スーツは身構える。そして、空気を弾くような音を残して消えた。


 機体スーツがいた場所で土が飛び上がり、突風が空気を流す。次に機体スーツの姿を目にしたのは、先ほど機体スーツがいた位置から1キロある位置だった。

 わずか数秒で1キロを移動した3体の機体スーツがまた消える。

 3体は視認できない速度で自由に移動し始める。空気を打ち破って駆け抜ける機体スーツは、空気の圧力に負けず五体満足で滑らかに走行していた。


「時速2448キロを計測しました」


 研究員はモニターに表示されたデータを浜浦所長に報告する。


「うん、上出来だ」


 そこには研究者たちの満足げな顔が並んでいる。

 ここまでの機動性能を持てるとは誰も予想していなかった。


「オッケー。もういいわ。実験は終わりよ」


 3体の機体スーツは亜光速の走りを止める。あれだけの速度を出していた機体スーツは、急停止した際にかかる前方への力を打ち消して、いとも簡単に停止した。機体スーツに変形した痕跡はなかったが、機体スーツの表面から白い煙が立ち昇っている。


「実験は成功と言っていいだろう。みんなよくやってくれた! 機体スーツプロトタイプの完成だ!」


 研究員たちの拍手が灯り、笑みが華やぐ。

 浜浦所長は室長たちと握手を交わす。


「ありがとう。君たちがいなければここまでの物は作れなかった」


「こちらこそ。こんな刺激的な研究に携われて、感謝したいくらいです」


 感無量という古木屋の声色が滲んでいる。


「ですが、まだまだ改良する必要がありそうですね。ブーストランによる空気との摩擦熱傷で、機体スーツ内部に異常な温度上昇が見受けられます。持って2時間が限界でしょう」


 古和覇田は改良点を指摘するが、そこに暗い表情はない。


「その点は任せてくれ。僕がどうにかしよう」


 葉賀は調子よく言ってのける。


「道筋は見えたな」


 門谷は煙草を吹かしながら不敵な笑みを浮かべる。


「うん。これからが勝負だ」


 浜浦は引き締まった表情で言い、青い空を仰ぐ。

 鷹は羽をいっぱいに広げて空を飛んでいる。この美しい世界で、小さな幸せの数々を守れる一筋も二筋も希望が見えた。


 関原と木城は中型トラックのバックドアからめでたい光景を望む。少しだが、確かな達成感を噛みしめる。2人は嬉しそうな瞳を合わせた。木城は作った右の拳を上げる。関原も左手で軽く拳を作り、拳の甲を交わした。

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