process 9 祝賀会

 鎧機待かいきたいプロジェクト発足から1年が過ぎた頃だった。

 昨今の状況、実用的効果を見込める可能性が高いことから、防衛省は鎧機待かいきたい改め、日本特殊防衛軍を創設することを発表した。

 既存の陸海空の自衛隊と日本特殊防衛軍の4つの防衛機能が連携し合い、未知の生命体の脅威から国民を守る強い意志が表明された。


 一方、防衛大臣の記者会見前にあった審査会の結果通知がメカトロニクス化学総合研究所に寄せられたことを受け、ホテルの会場を貸し切って祝賀会が開かれていた。

 数人の支援者の計らいで行われた祝賀会には、メカトロニクス化学総合研究所の職員と資金提供者、外部の協賛企業の役員と新設されたのを機に出向が決定している者など、多くの人が集まっていた。

 もちろん関原と木城も参加しており、滅多に着ないスーツとドレスに身を包んでいる。


 草柳に浜浦所長、資金提供者代表と様々な面々が小さな舞台に登壇し、喜びの声と今後の抱負などを述べる段取りが終わり、大きな会場で歓談が行われている。

 祝賀会には報道関係者も招待されており、浜浦所長を始め、各室長が取材対応に追われている。祝賀会は立食パーティー形式であり、様々な人が一面に赤い絨毯の敷かれた会場を行き交っていた。

 木城と関原も、それぞれ働いているうちに仲良くなった数人の研究員たちと一緒にパーティーを楽しんでいる。


 これからは政府の援助があるため、今までできなかったこともできるようになるだけでなく、開発の過程で見えてきた課題や試験的な開発にも挑戦しやすくなった。

 こんな大規模なパーティーなど画面越しに見るくらいで、参加する側になるとは夢にも思わなかった関原は、よく話すようになった研究員たちの後ろをついて歩き、様々な人と話す形で過ごしていた。


 ただこういう社交場は得意でなく、蚊帳の外になってしまう。そうなると、自然に円テーブルに揃うきらびやかな軽食をつまみ、スパークリングワインをちょびちょび飲んでいる時間が多くなっていた。


 話が続かなくなり、だんだん端の方へ追いやられ、退屈な表情がぽつんと突っ立っている。

 関原は手首のライフモバイルウォッチに目を向ける。しばらくぼーっとして20分ダラダラ過ごせば終わる。華やかな光景を傍観しながら、ウェイターアンドロイドに飲み干したグラスを渡す。


「おや、仲間発見だ」


 葉賀がにこやかに近づいてきた。グラスを手にした葉賀は関原と並んで壁にもたれる。


「取材はもういいんですか?」


「ああ、話せることは話したから、聞かれてももう何も出てこないよ」


「はあ……」


 盛大なため息と共にいつになく着飾った先石が寄ってきた。


「ふふ、お疲れだね」


「同じ質問を3回もされたわ」


 先石は関原たちと並び、手の中にあるナゲットを口に放った。


「記者だって仕事だ。引き出したいものだってあるんだろう」


 葉賀は会場の賑わいを見渡しながら微笑む。先石は赤いドレスのポケットから包装されたおしぼりを取り出すと、「これ、ちょっと持っててくれる?」と関原にグラスを差し出す。


「はい」


 隣にいる関原にグラスを渡し、ビニールを破くと、おしぼりで手を拭く。


「ありがとう」


 そう言われた関原はグラスを渡そうとしたが、先石は拭いたおしぼりを差し出してきた。

 一瞬固まってしまったが、悪気のない笑みが投げかけられていた。言及するまでもないかと無理やり納得させ、おしぼりとグラスを交換する。


「君は来ないと思ってたよ」


 葉賀はにんまりとした笑みを先石に投げる。


「そうしたかったけど、所長と草柳管理官に挟み撃ちされたの。堅苦しいイタメ(イタズラメール)のせいで通知が埋まったわ」


「そりゃ災難だったな。君がおうばん振舞するのを期待してたんだけど、意外とおとなしかったね」


「今回はプライベートうんぬんを根掘り葉掘り聞いてくるウザい記者もいなかったし、管理官に口酸っぱく言われたから。ワインをぶっかけるのはやめてあげたわ」


「おー怖い怖い」


 最近の科学に精通する女性はみんなこうなのかと苦い顔をする関原。


「君も苦手そうだね」


 関原の表情を見逃さなかった葉賀は関原に振ってみる。


「どちらかといえば苦手ですが、あっても数分のインタビューです。現場の雰囲気とか室長の印象や様子とか。決まったパターンで返答できるので、助かってますよ」


「そっか」


「っていうか、こういうのって普通広報がするもんじゃないの? うちにも広報の事務員を入れればいいのに」


 先石は不満げな吐息と共に愚痴を零す。


「新たに軍が創設するんだ。そのあかつきには広報人員も確保されてるさ」


「あの、インタビューでお疲れのところ申し訳ないんですが、僕からも質問いいですか?」


「いいけど、答えるとは限らないわよ」


 葉賀は肩を震わせて笑う。


「意地悪な先輩だ」


「それで構いません。答えたくないこともあるでしょうし」


 関原の視線が一点に留まる。様々な人が行き交う会場で、浜浦所長が関原の瞳に映る。


「おふたりとも、浜浦きょ……いえ、浜浦所長とは以前からお知り合いだったんですか?」


「科学と環境の共生をテーマに開かれた世界フォーラムで、一度意見を聞かれたことがあるんだ。そこで知り合っただけで、特に深い交流があったわけじゃなかった。突然草柳さんから連絡があって、話を持ちかけられたんだよ。浜浦所長の推薦があってね」


 葉賀も浜浦所長に視線を留め、苦笑いを浮かべた。


「普通、ある程度交流のある人を推薦するだろ? 研究内容や論文で決めちゃうところとか。純粋過ぎるんだよ、あの人は」


「先石室長はどうだったんですか?」


 ワインを一口飲み、先石の口が湿り気を帯びる。


「私の研究が世間で注目された時期があったでしょ? でも、世間は研究内容じゃなくて、私の容姿に注目した。マニアックな話に興味ないのはしょうがないのかもしれないけれど、私の研究は二の次でしかないのが記者の質問でよく分かったわ」


 フラッシュがたかれる浜浦所長の姿に、先石は遠い目をして見つめる。


「当時は勤めてた大学の理事会が勝手に決めた取材を受けるよう言われた。取材を受けるなら研究資金を増額するって話にまんまと乗せられたの。メディア受けがいい見た目をやめればよかっただけなんだけどね。しゃくだったのよ。なんで今までやってきたスタイルを、世間様の好奇な目を気にしてやめなきゃいけないのかって」


 力の抜けた笑みが零れる。


「おかげで、私目当てに入ってくる新入生が増えたわ。研究も自由にさせてもらった。けど、有名人になってからの私は、研究者じゃなくなってた」


 先石はグラスの中に入っていたスパークリングワインを一気に飲み干す。豪快に飲んだ口が吐息を落とす。口から離れたグラスは先石の手の中で逆さまになる。


「学会の一部からも目くじらを立てられた。たくさんの人に知ってもらいたかった。私にも、そんな時があったわね。もっと科学に興味を持ってくれる人が増えれば、将来役に立つって。少しくらい失礼な記者がいても我慢してた。私は未来のためにメディアに出てるんだって。自分を無理やり納得させてた」


 葉賀は優しい笑みで聞きながらも、先石の方を見ていなかった。淡い光を透過するワインの入ったグラスを見つめ、先石の苦悩が飽和する声に耳を澄ませていた。


「そうやってるうちに、自分が何者なのか分からなくなって。……どうでもよくなった。私は私のために研究する。あとは勝手にすればいい。失礼な記者がいたらカメラの前で叱ってやった。ま、私って元々口が悪いから、めちゃくちゃ叩かれたけどね」


 先石は肩をすくめ、ウィンクしておどける。


「そのせいで大学から追われたけど、海外からヘッドハンティングされてたからすぐに研究に戻れた。それからも散々な言われようだったけど、日本に帰る気もなかったし、完全無視してたわ」


 視線を前に向ける先石は、空のグラスを持ち上げる仕草をする。前を通ったウェイターアンドロイドが反応し、先石に歩み寄る。空のグラスを受け取ったアンドロイドにお礼を言うと、アンドロイドは軽く会釈をして去っていく。


「世間のイメージじゃ、私は門谷と同類だったでしょうね。日本の研究者たちも、私のことを避けてたし。それから海外生活にも慣れてきた頃かしらね。日本から連絡取ってきたバカがいたのよ」


「それが浜浦所長ですか?」


「ええ。私が発表した古い研究論文について詳しいことが聞きたいとかなんとか。ネットビデオで色々聞かれたわ。でも全部生化学のこと。おじさんの生徒を持ったのはあれが初めてだった。それから何度かあの人の講演にゲストで参加してくれないかとか、研究チームに参加してくれないかとか口説かれたけど全部断ってた」


「へぇ、でも今回の話は受けたんだ?」


「私も地球外生命体の話は興味があったし、調べられる場所を用意してくれるって言うからね。それなら、やってあげなくもないなと思ったのよ。どう? 聞きたかったことだったかしら?」


「はい……。なんかすみません。嫌なことを思い出させてしまって」


 関原は表情を暗くして頭を下げる。


「いいわよ。もう昔のことだし、私が自分で話したことなんだから、あなたが気にすることじゃないわ」


「素直じゃないね。恩を返したいって言えばいいのに」


 葉賀の発言に眉をひそめる。


「違うわよ!」


 関原の目には、わずかに先石の頬が赤くなっている気がしたが、お酒のせいか照れているせいか判別がつかない。


「またまた~。ツンデレは古いぞぉ」


「誰がツンデレよ!」


 挟まれる関原は困惑に揺れる。


「マジウザ。これだからオッサンって手に負えないのよ」


「僕はまだ41だよ」


「充分オッサンよ」


 目を細める先石が額に左手を当てる。


「あー、頭痛くなってきた」


「大丈夫ですか?」


 関原は心配そうに気にかける。


「飲み過ぎだね」


「そんな飲んでないし! あんたのクサい戯言のせいで頭が痛いって言ってんの」


「そりゃ悪かったね。じゃあこの後飲み直すかい?」


「は?」


 関原はまだ飲む気でいる葉賀に困惑する。

 先石の疑念を振り払う自信の表れか、葉賀は爽やかな笑みを見せる。


「いい飲み屋を知ってるんだ。少し古いけど、つまみの味は保証するよ」


「ふーん、そうやっていつも女を口説いてるわけだ」


「おいおい、普通に誘っただけでそうなるのか」


「だって言い慣れてそうだし。女はそういうの分かんのよ」


 警戒感を滲ませた先石は、腕組みをして疑いの目を利かせる。


「滅相もない。本格的に開発が行われるにあたって親睦を深めようと思ってるだけだよ」


「ま、そういうことにしておきましょうか。あなたも来るでしょ?」


「え」


 唐突に振られた関原の顔に、戸惑いが克明に表れた。


「嫌とは言わせない」


「パワハラじゃないですか……」


 関原は露骨に嫌な顔をする。


「ちょっとくらい付き合いなさいよ。女が誘ってんのよ?」


 先石は不敵な笑みをはらんで、肘で関原の腰を突いてくる。


「別に飲まなくてもいいさ。醍醐味は話すことだから」


「決まり? 決まりね! よーし! 今から行くわよ!」


 先石はテンションと拳を突き上げる。


「今からですか!? まだパーティー終わってないですけど」


「もうすぐ終わるんだから一緒よ。それに途中退席はダメなんてのはないの」


 先石は関原の腕を取り、自身の腕を絡める。

 関原は先石に急接近され、逃げ場を失った状況に苦い顔をする。


「じゃ、案内しようか」


「よっしゃぁ! 今日は久しぶりにおもいっっっきり飲むぞーー!!」


 先石の声が会場の廊下に響き渡る。

 関原はそのまま2人の室長に深い夜の街へ連れて行かれた。

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