process 6 噂の武器商人

 地下4階、量子光学ラボのアクティブラーニングルームは薄暗かった。天井にあるシーリングライトは1つも点灯していないが、テーブルに腰かける門谷龍己かどたにたつきの表情ははっきり見えていた。

 光源は正面。門谷はもちろんのこと、その少し後ろで席につく研究員たちに注がれる光は、激しい強弱を灯していた。いくつもの青い光の筋は太いものもあれば細いものもある。

 青い稲光の音は部屋中に響いており、不快極まりない。周囲に伸びては消えてを繰り返していたが、やがて青い光は消える。


 暗転した瞬間、映像は白い光にあてられた部屋を映した。

 女性は赤いつなぎ服を着ているが、放電のせいか衣服のあちこちに焦げた跡が確認できる。実験室の中央で青い光を放っていた女性が顔を上げると、研究員らしき男性の声が実験の終了を告げた。

 映像が止まり、シーリングライトがアクティブラーニングルームを照らした。両サイドの壁に取りつけられたプロジェクターは、「プロジェクター、オフ」の門谷の声に反応し、180度横に回転しながら側壁に隠れた。

 門谷はクマの濃い目を研究員たちに向ける。


「素晴らしいと思わないか?」


 笑みと共に投げかけられた問いに、困惑が静かに揺れていたが、誰も返さず口をつぐむ。


「彼らの電撃はなぜか青く輝く。自然の雷よりも遥かに青い。雷が起こる前に発生するブルージェットにも似ている。上向きの雷とも言われているが、彼らが発する電撃のベクトルは自由自在」


 門谷は背中を丸めて不気味に微笑むと、関原にその視線を注いだ。


「なぜだと思う?」


 関原は表情を強張こわばらせる。まるで何かを警戒するかのような顔つきで、ゆっくりと返す。


「電流密度を操作する感覚器官がベクトルを決定し、視細胞のS錐体すいたいが反応したため青く見えた……です」


「うん、正解ではあるが……つまらない回答だな」


 関原は不満げな表情をして口を結ぶ。

 門谷はテーブルから下り、右の壁へ向かう。そこに哺乳瓶型の容器が壁に埋め込まれていた。チタン製の厳重な容器で、人のウエストくらいの太さがある。

 ミニトグルスイッチを下ろすと、容器側面の蓋が開く。中には3つの小さな容器があった。大きめのガラス球の中で小さな電気が常時流れている。それぞれ青系統の色を灯しながら、細い毛を生やすように球の中で光っていた。


「この3つの電気は君たちから見て左から三次元、六次元、九次元の電気を再現したものだ。三次元の電気は六次元で表すことができない。六次元以上の法則の中では、五次元以下のエネルギーは安定しないんだ。三次元にあったものを六次元で発現させるためには、空間や入出の具合など様々な角度で一から調整し直す必要がある」


「ヘンゲルの法則ですね」


 門谷は関原の補足に相槌あいづちを打つ。


「ああ。しかし六次元のものは三次元でそのまま発現できてしまう。九次元から六次元へ。九次元から三次元へ。これらも同様だ。当然、高次元のものを低次元で発現させる場合、扱いには充分な注意を払わなければならない」


 門谷は中腰になって、小さな電気の筋を散らす球の中を覗き込んだ。うっとりした表情で見つめる瞳が隠されることもない危うさをかもし出している。

 木城は門谷の話を聞きながら研究員たちの様子をうかがっていた。


 あきらかに他のラボにいる時とは違う、この空気。門谷という男によって醸成されたことに間違いないが、恐れをして怯えているのではない。

 陰気な雰囲気とねっとりとした視線、癖の強い語り口。そして彼にまつわる黒い噂が、研究員たちを警戒させていると、木城は悟っていた。

 門谷は腰を上げ、研究員たちへ視線を投げる。


「放電体質者の電撃は、瞬間的に雷の威力にまで増幅させることが可能だと分かった。彼らの電撃が六次元のエネルギーだからだ。六次元のエネルギーを無理やり三次元の世界に押し込んでいるんだよ」


 門谷は突然肩を揺らしてクスクスと笑う。


「それに加えて制御も可能ときた」


「雷の制御ですか?」


 木城は門谷の放つ雰囲気に呑まれず確認する。


「放電能力は感覚器官に依存している。練習あるのみさ。繰り返し放電すりゃあどんなにデキの悪い頭でも覚える。注意したいのは、誤った操作による体への影響だ。過剰な放電行為は細胞を痛めつける」


 門谷は不敵な笑みを含み、何か悪企みを秘めているかのように細めた目を移して顎をさする。


「体に蓄積されたダメージは、のちに深刻な異変をもたらす。血管の硬化、むくみ、心悸亢進しんきこうしん、ホルモン異常。ウォーリアは機械と違って替えが利かねぇ。長く活躍できる戦士が多いほど、俺たちの寿命が長くなるかもな」


 門谷のギラギラした瞳が3つの光を見下ろした。関原の体に悪寒が走る。


「六次元の電気性質を理解すれば、様々な危険因子を防ぐことも、増幅器や回路形成に必要なモジュールも作製できるだろう」


 その時、内線専用携帯端末インターミナルが門谷の右手首で点滅し、白い光と電子音を発した。門谷は内線専用携帯端末インターミナルのディスプレイを確認する。


「準備ができたようだ。それじゃ行こうか。楽しい楽しい実験に……」


 門谷はポケットから取り出したミントガムを口に含んで、アクティブラーニングルームを出た。

 研究員たちも門谷の後方をついていく。いち研究員でもある関原は、門谷の薄気味悪い笑みを横目に、心の奥のモヤモヤを持て余した。



 門谷の放電解析実験を手伝った関原と木城は、地下2階の第五会議室という名目の備品室で、一時のブレイクタイムを過ごしていた。

 換気ダンパの音が一定のリズムでささやいている。深い夜になると節電モードに入り、廊下の明かりの半分は消えていた。

 地下2階の部屋の壁はすべてガラス張りとなっているため、廊下の電灯で明かりを取る設計となっている。


 しかし、棚や背丈のある収納の配置によっては充分な光が部屋に入らない。その場合はスタンドライトや小さな電灯が手元を照らす。2人がいる部屋は実質備品室となっているため、他の部屋より物が多い。

 検査器具や加工機器など様々な物を保管しているこの部屋で、何か作業する時には手元の明かりが不可欠だった。

 そんな不便な部屋になぜ2人がいるのか。まだ残った仕事があり、他に使える部屋がなかったから。

 数ヶ月活動していれば、研究所の人員も増えてくる。中には通勤が面倒という理由で会議室をカプセルホテル代わりに使う者もおり、どこも満室なんてのはざらになってしまった。


 2人ともテーブルを挟んで椅子に腰かけており、手元にスタンドライトと紙コップがある。

 木城は無心で携帯ゲームをしていた。関原はヘッドホンをつけ、ミュージックプレイヤーから流れる音楽を聴きながら、椅子の背もたれを倒して寝ている。

 小さな画面で操作する機兵が倒れ、木城は息を零す。ワイヤレスイヤホンを外してゲームを切ると、ゲーム機を机に置いた。


 バッグの中からタブレットと横長のタブレットスタンドを取り出す。タブレットを横にしてタブレットスタンドに立て、スタンドの電源スイッチを押した。

 タブレットスタンドのフロント下部からキーボードがテーブルに投影される。木城はファイルを開き、作業を始めた。


 テーブルで指がタップする音を耳にした関原は、喉を鳴らして起き上がる。

 まだ眠たそうな目が音の根源へ向かう。木城は関原が起きたことなど気にも留めず、黙々と作業を続けている。

 関原は内線専用携帯端末インターミナルで時間を確認した。もうすぐ日付が変わる。小さくため息を落とし、近くにあった紙コップを手に取った。残っていたココアはすっかり冷めきっていた。

 関原は残ったココアを飲み干し、席を立つ。部屋の隅で口を開けて待っているゴミ箱に紙コップを捨てた。関原は振り返って木城へ視線を向ける。


「君も今日は泊まるのか」


「ええ」


 木城は画面から視線を逸らすことなく答えた。

 関原も検査機の棚に雑に置かれた鞄からタブレットを出し、同じようにパソコン型にしてタブレットスタンドの電源を入れた。


「シャワーくらい置いてくれたら泊まりやすいのに」


「近くに銭湯があるだろ。泊まりをしてる人は、だいたいそこに行ってるらしい」


「銭湯ってあんまり好きじゃないのよね」


「何が不満なんだ?」


「他人と一緒の湯船に浸かるところ」


 欠伸を1つした関原は、起動した画面を目にし、関原も作業を始めた。


「君は潔癖症だったか?」


「潔癖症ってほどでもないわ。公衆トイレを使う時には除菌シートを使うとか、その程度よ」


「世間的にそういうのを潔癖と言うんじゃないか?」


「世間的とか普通とか、そんなの知ったこっちゃないわよ。生理的に無理なことを極力避けてるだけで、人に迷惑かけてないもの」


「それにしては、あのに対して嫌悪感を抱かないんだな」


 木城の手が止まった。木城は呆れ顔でねっとりとした視線を投げる。


「……なんだ?」


 関原も手を止め、何か言いたげな木城の視線に耐えきれず尋ねる。


「確かに変わった人だけど、ビクビクする必要ないでしょ。過去にロシアの暗部組織に光学兵器を売りさばいたことが本当だったとしても、私たちの計画に支障はないでしょ」


 関原は難しい顔をして口をつぐむ。木城はまだ納得のいってなさそうな関原を放っておき、目の前の作業に意識を戻す。


「光学兵器を売ったのは金目的なんだし、今回は必要以上のセキュリティを敷いてる。もしこの計画が漏れたとしても、計画が頓挫とんざすることにはならない」


「えらく前向きだな」


「後ろ向きよりマシでしょ」


「そうだな……」


 関原も画面に映る集積データを前に、本腰を入れて手を動かす。換気ダンパとテーブルを突く指の音が小さく鳴る夜は、再び明日を刻んで日付を変えた。

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