process 5 万物の錬金術師

 鎧機待かいきたいの開発は進んでいた。だが世界各国がほぼ同時に開発を進める放電体質者専用の武器のため、そううまく事が運びはしなかった。

 放電体質者が発する特殊な電気特性を始め、ブリーチャーの打突の衝撃以上に耐え得る防御性能、武器搭載を踏まえた機体重量の軽量化、機体未着用と遜色のない操作性。ラボ間で連携しながら各課題をクリアしようと尽力しているが、未だ試作品すら着手できていない状況だった。


「ビームライフル発射まで5秒前、4、3……」


 黄土色の作業着姿の研究員たちが強化アクリルの窓越しに見守る中、カウントが始まり。


「発射」


 室内にほとばしる閃光。部屋が見えなくなるほどの光が室内を一瞬で満たすと、四方八方ワインレッドの部屋に戻る。ビームの的として設置された黒炭のような黒い板は、ひしゃげて一部が溶けていた。

 難しい顔をして結果を見つめる葉賀真瀬はがまなせは、長い茶髪を1つにまとめた自分の頭の横を撫でる。


「厳しいね……。被験体は融解しといて」


「分かりました」


 頷いた研究員が操作盤のスイッチを上げると、今回被験体となった黒い板が床下へ降りていく。


非晶性ひしょうせいアルミ合金でも一発で貫通してしまうか。一部欠損が生じただけでも全体に脆弱性が及んでしまうようじゃ、戦闘向きとは言えない」


 葉賀は耳裏にかけられたアーク部に触れる。モルティレイラーヴィジアルエージェントMVAが起動すると、葉賀の目の前に画像が浮かび上がった。


 生体ロボティクスラボから送られてきた鎧機待かいきたいのデモ設計書。人型に近いロボットのような造形だが、これを放電体質者に着てもらう予定になっている。

 全長は2メートルから3メートルくらい。体表面は全体的に滑らかなフォルムで、スマートな印象を受ける。ほぼほぼ人の体にフィットしたものだった。それだけに曲面が多く、再現するのは骨が折れそうだ。

 放電体質者の電力を供給源として起動し、各部位に内蔵させる、または付属させる機能を連動させていくわけだが、要求されるものが高いだけに使える物質も限られてくる。


「部分安定化ジルコニアをベースとした物質を使ってみますか?」


 女性の研究員がおずおずと伺う。


「そうだねぇー……。試せる物がないと進まないしねぇ」


「ではオーダーしてきますね」


「よろしく」


 女性研究員は木城と関原の横を通って、製品検査操作室を出ていく。

 女性研究員の去っていく姿を追った葉賀の瞳は、木城と関原を捉える。悩ましい表情は途方に暮れたような雰囲気すら感じさせた。


「君たちも考えてくれない?」


 突然振られた関原と木城。関原は唐突な問いかけに面食らっていたが、木城は壁に背を預けるようにもたれて平静な様子だった。


「軽量かつ靭性じんせい・導電性の高い物質ならどんな物がいいと思う?」


 葉賀はロン毛を結んで長いポニーテールになっている後ろ髪を掴み、前に持ってくると、自分の髪をグルグルと回し出す。疲れを滲ませた顔つきは、木城と関原からの返答を過度に期待せずともすがりたいと言わんばかりだ。

 関原は木城を一瞥いちべつし、口を開いた。


「高分子ポリマー性複合体とナノメタルの2層にするのはどうでしょう?」


「高分子ポリマー性複合体を膜に、ナノメタルを皮にするわけか。ナノメタルは組成次第で強靭性きょうじんせいを高められる。導電性も申し分ない。問題は高分子ポリマー性複合体だな。場合によっては重くなる」


 葉賀はポニーテールを離し、空いている席に座る。


鎧機待かいきたい内部は高温多湿になることが予想されている。その熱にも耐えられる物でなければならない。まあ内部の気圧調整や換気も含めて対策は取るけどね」


 葉賀は口に笑みを浮かべる。


「そっちの子はどうだい?」


 腕組みをしながら固まっていた木城は、目を開けて真っすぐ葉賀を見据える。


「パラドックスマテリアルの自動生成による機能域拡張の可能性について」


 葉賀は怪訝けげんな顔をする。木城の表情は至って真面目な様子だった。


「葉賀さんが書かれた論文ですよね?」


「そうだね。覚えてくれてる人がいるとは思わなかったな」


「あれ以来、葉賀室長は万物の錬金術師だと言われてるようですね。だからどんな人なんだろうってちょっと興味があったんですが、意外と普通ですね」


 検査室に氷が割れる音みたいな緊張が走った。


「お、おい……」


 見かねた関原は小さな声でたしなめる。

 すると、葉賀の失笑が零れた。


「手厳しいお嬢さんだ。あの人も変わった子を助手につける」


 木城はなめられてると思ったのか、いけ好かない表情で牽制けんせいしている。

 葉賀はモルティレイラーヴィジュアルエージェントMVAを停止させた。画像は消え、葉賀の双眸そうぼうが木城を見据える。


「通称は褒め言葉でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。科学者にとって一番重要なのは結果と原因。そうだろ?」


 木城は何も言えず微妙な表情で押し黙る。


「僕たちはすべてを受け止める必要がある。感情ではなく、論理的思考にもとづいて。現状、僕の仮説は立証不成立だ。アイディアも心もとない。期待されている人物像でなかったことは謝ろう。だけど、僕はいち科学者として、この難問を放棄するつもりはない。だから力を貸してほしいんだ」


 葉賀は怒るどころか、木城に協力を促した。柔らかい物腰で自身の矜持きょうじを示し、役割をまっとうしようとする葉賀には、自分たちとは異なる誇りがあるように関原は感じた。


「君はどんな素材が有効だと思う?」


 木城は嘆息たんそくし、腕組みを解く。


「非晶性アルミニウム合金は強靭きょうじん性や耐腐食性などの優れた性能はありますが、形状加工を加えると性能が落ちます。それに戦闘下での防御性能には不向きだと思います」


「なるほど」


 葉賀は微笑み、頷く。

 木城は余裕の表情を浮かべる葉賀をいぶかしみながらも続ける。


「アルミニウムは変性加工しやすく、安価ですから多用しがちですが、用途によってはアルミニウムは適した素材に成り得ない」


「そうだね」


「応答変容体——通称rMB」


 葉賀の表情が曇っていく。


「パラドックスマテリアルか。あれはまだ実用化にはほど遠い物質だ。それに刺激に対する反応の安定も限定されている」


「あなたがその第一人者であるなら、今ここで試す絶好の機会じゃないですか。研究費用も少ないながら出るわけですし。失敗したら失敗したで、それもまた得られた結果です」


 木城は不敵に微笑む。葉賀もつられて笑う。


「こりゃ一本取られたね」


 こめかみから垂れ下がった髪を耳にかけると、葉賀は2人から視線を逸らして天井を仰ぐ。


「rMBは本来矛盾するはずの性能を持った物質を作り出せることを証明したに過ぎない。だが今回の目的は、あくまで陸上機体の防御性能の向上と雷撃を現出させる高い導電性、および機動性担保のための軽量化だ。それが可能な物質を選定しなければならないことに変わりはない」


「基底物質ですね」


「ああ、結合機構によって許容範囲にも幅ができる。その反面、機能の安定性を確保するのも至難だ」


「ナノカーボンなら?」


「んー……ナノカーボンかぁ」


 葉賀の反応はイマイチだった。


「構造次第で靭性、耐熱性共に優れた効果を発揮する。導電性も付加できるだろう」


 葉賀は足を組んで椅子を回転させると、顔を真正面に戻す。木城と関原は葉賀の悩ましい横顔を見ながら聞き入る。


「問題は製作方法だね。物によっては物性の制御方法も繊細になる。しかも、ナノカーボンは発がん性物質を含んでいるとまた騒がれていて、厳しい審査がされるはずだ。おいそれと採用できづらい事情も出てくるだろう」


 葉賀の話を聞いていた研究員たちもすっきりしない表情をしており、一層重苦しい雰囲気が濃くなる。それを察してか、葉賀が含んだ笑みを浮かべる。


「けどありがとう。参考になりそうだ。一筋縄ではいかないだろうが、じっくり考えてみるよ。君たちにも色々手伝ってもらうよ」


「はい」


 返事をしたのは関原だけだった。木城は未だに壁に背を預けたまま、葉賀の顔色をうかがうようにじーっと見つめていた。



 性能検証室から出てきた関原と木城は廊下を並んで歩く。整然とした濃厚な藍色の廊下へ出た途端、様々なことから脱したような気分になり、関原は安堵の息が思わず零れた。

 その原因の1つとなった当人をチラリと盗み見る。隣で何事もなかったかのような振る舞い。関原は若干苛立ちを覚える。


「何?」


 すると、木城が疑問を投げかける。


「いや……なんでも」


「何か言いたそうにしてる人が横にいるのって、気分のいいものじゃないことくらい分かるでしょ?」


「なら僕が何を言いたいのか分かってるんだろ?」


 木城は眉をひそめて軽蔑するような目線を横に流したが、表情はすぐに戻った。


「あなたが気にする必要ないでしょ。私は本心を言ったまでよ」


「僕にまで火の粉が飛んでこないか心配してただけだ。葉賀さんが寛容な人だったからよかったけど、怒鳴られてもおかしくなかった」


「小心者ね」


 疲弊した表情が毒を漏らす。


「君が図太いだけだろ」


「女に図太いとかサイテー。そういうところが、あなたの友達ができない原因だって理解したら?」


「小心者がよくて、図太いが悪い屁理屈を並べられても心に響かないよ」


 日々地下にこもり、誰も作ったことのない物を作ろうとしていると、途方もなく感じることもあるかもしれない。だが、2人からそんな暗い雰囲気は微塵もなかった。

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