process 3 データの魔導師

 別の日、関原と木城が応援に駆けつけた部屋は、どこを見回しても様々な機器や部品が点在する少し異様な空間だった。


 床では2本の足だけのロボットが前後左右に機敏な動きを見せていたり、胴体部分を露出させる上半身だけ製作されたロボットが腕を回転させ、肘を曲げ、手首を曲げるなどの動きを規則正しく繰り返している。

 このラボでは研究員の多くが女性だった。狙ったのかたまたまなのかは分からないが、ラボの室長が女性というのもあったのかもしれない。


 普段男性が多い場所で研究することが多かったこともあり、関原は慣れない女性ばかりの部屋にいるのはどうも落ち着かなかった。

 制御機構が正常に機能するか。指示された信号通りに動くか。これは必須中の必須だ。今回はもっとハードルが高く設定されているため、確認することも多い。その分動作不良も出てきていた。


 ミニチュアの人型ロボットは空手選手のような素早い蹴りを繰り出す。木城のそばに置かれたモニターでは、道着を身に纏う男性が空手の型を披露している映像が流れていた。

 男性の体——四肢と胴体、頭をつなぐ線が体に重なり、男性の動きに合わせて男性の体幹に沿っている。

 1つのモーションごとに映像が止まり、骨組みだけのミニチュアロボットが真似をする。木城はモニターとミニチュアロボットを交互に見ながら、細かい動きを確認していた。


「あら、早いわね。もうチェック段階に入ってるの?」


 お団子ヘアを頭に作る古木屋は感嘆を込めて尋ねる。


「ええ、浜浦所長に死ぬほど作らされましたから」


 木城は冗談半分で大げさに言う。


「実践こそ最大の学びである。あの人の信条だったわね」


 大人びた艶っぽい品のある声とほのかなラズベリーの香りを放つ古木屋夏奈戯ふるきやかなぎ。元々はシステムエンジニアだったらしいが、わずか2年で会社を辞めて大学院に入り直し、コンピュータサイエンスの道に進んでいた。

 浜浦所長とはロボットに搭載する制御システムの構築に関して助言していた経緯もあり、親交も深かった。


「そのイヤリング、素敵ですね」


「ああ、これ?」


 古木屋は右耳の片翼のピアスに触れる。


「超音波加工機グラスゴーで作ったっものですか?」


「ええ、よく分かったわね」


縦縞たてじまの切断面が特徴的ですから」


「その調子でよろしくね」


「はい」


 古木屋はガラス張りの自身の部屋に向かおうとしたが、目に入った画面が古木屋の足を止めた。


 木城とやっていることは変わらないように見える。ミニチュアの人型ロボットは机の上で様々な動きをしている。時にはゆっくり、時には機敏に。木城と違うのは、そのミニチュアが何度も同じ動作を繰り返していたことだ。


 古木屋が目に留めた画面では、一動作ごとにパラメータが表示されていた。入力から出力までの時間。出力加速度。機体各部負荷度、重心の傾度。それらを同時に計るツールは、コンピュータサイエンスラボのパソコンには入っていなかったはずだ。

 持参のスマホとパソコンは研究所内に持ち込めない。細かい計算ができるよう自分で作成して計測していた。

 古木屋はひそかに笑みを浮かべ、関原の画面から視線を外すと、室長室へ入った。

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