5.追われる日々

process 1 チーム始動

 政府の委託による研究所に入所した関原と木城を含む8名の他、多くの研究員が入所、または派遣されていた。研究方針をもとに各ラボで研究の目的が明確化され、新たな調査・実験の準備が急ピッチで進められていく。


 鎧機待かいきたい製作に必要な仕組みを設計するための調査・実験は、少なくとも1日10件ほど行われているようだ。


 それに伴い、プロジェクトに携わる関係者は、課題を解決するために一丸となって自身の役目をまっとうする日々をこなしていた。関原と木城も例外ではない。

 人手の足りないラボに出向き、調査・研究の手伝いに駆り出される毎日を過ごす。先輩の科学者たちと共に働ける機会をチャンスと捉え、室長たちや研究員たちの言動を注意深く見聞けんぶんしていた。


 自宅に戻るのはいつも日付が変わった後だった。しかし関原が向かったのはベッドではなく、机だった。ショルダーバッグからメモ帳を取り出し、今日学んだことを一から十までパソコンに打ち込んでいた。

 貴重な睡眠時間は削られてしまうが、時間を削ってでも肌身で感じたことを刻んでおきたかった。


 秘密の研究所へ通う生活にも慣れ、緊張もなくなってきた関原は、任されていたデータのまとめ作業を終え、メールを送った。

 一息つこうと椅子の背にもたれ、メールの送信完了のポップアップ画面を見つめる。


 業務開始からかれこれ3時間がたっていた。関原は神妙な表情で隣のデスクに視線を向ける。静かな部屋で同じくデータのまとめ作業をしていた木城は、一見集中して取り組んでいるようだが、その顔には不満が色濃く表れていた。

 関原は目を細めてじっと木城を凝視する。すると、木城は関原を一瞥いちべつし、不機嫌な表情と同居する口調を滑らした。


「何か言いたそうね」


 木城はパソコン画面に顔を突き合わせ、手を動かしながら関原の視線に不快感を示す。


「同じ部屋で仕事をするんだ。不満そうな空気を感じ取ってしまうのも無理ないだろ」


「あなたは不満じゃないっての?」


 関原は椅子の背から体を離すと、タッチパッドでパソコンを操作する。


「できることなら研究開発の中枢に関わりたいとは思ってる。だけど僕らは最近までロボット工学科の大学院生だったんだ。いきなり日本の命運を握るかもしれない研究の中心メンバーにはなれない。それでも研究員として関わってることに変わりはないだろ」


研究員だけどね!」


 嫌味ったらしく強調する木城は刺激されたのか、ここぞとばかりに不満を吐露する。


「何が准研究員よ! 私たちのやってることって要は雑用でしょ。こんなのそこらの機械に任せればいいのよ!」


 関原は悪態をつきながら手を休めていないことにある意味感心する。

いつこの部屋に誰かが入ってきてもおかしくない状況だ。このまま木城に悪態をつかせ続けるのは忍びない。


「その辺にしておけよ。皺が増えるぞ」


 あからさまにギロリと瞳が動く。


「今なら誰にも見られず殺せるわね」


「本気、じゃないよな……?」


「もしここが密室だったら殺してたわ」


 悪態をやめさせるために自分に敵意を向けるよう挑発したつもりだったが、少し言い過ぎたと後悔し始める。


「こんな機会、滅多にないだろ。科学に触れてる人間なら、知らない人はいないくらいの人たちと一緒に研究できてるんだぞ」


「は? なんのこと?」


 関原は驚愕を露わにして木城を見る。木城は依然としてポカンとしている。


「君が知ってたのは浜浦教授だけなのか」


「浜浦教授は大学で会ってんだから知ってて当然でしょ」


 関原は渋い顔をして後ろ髪を触る。


「本当に知らないんだな」


「あなたのその回りくどい言い方、どうにかできないの?」


 関原は気だるそうに席を立ち、部屋を出て行ってしまった。

 木城は怪訝けげんな顔で首をかしげ、データのまとめ作業を再開する。時折カタカタとキーボードが鳴り、ホイールが引かれる音が立つ。

 ほどなくして関原が戻ってくる。手には雑誌が握られている。席につくと、雑誌を机に置いた。

 木城は音を立てた雑誌に視線を流す。表紙には『singularity』の文字と銀河の写真が飾られていた。


「君に解説するのは恐縮だが、失礼を働かれてしまうとせっかく掴んだ機会が台無しだ。簡単なプロフィールくらいは知っておいても損はないだろう」

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