process 9 研究所観覧
研究開発の役割の確認と予定を話し合い、軽く1時間の会議となった。それから関原たちは草柳の指示の下、多くの貸し会議室が入っているビルから出て、ワゴン車に乗せられた。
ワゴン車の中はごく一般的な内装で、座席も狭い。高速を走るワゴン車に揺られ、隣の人と肩がぶつかる。特に男同士はそうなりやすかった。
クマのある男とロン毛の男は不快感に顔をゆがませて目線を交わしたが、すぐに2つの視線は逸らされた。クマのある男は前の席にいる草柳にどんよりとした目を向ける。
「政府所有の車が、まさかこんな家庭的車だとは思わなかったよ」
「申し訳ありません。政府から研究費を捻出してもらうので精いっぱいだったもので、研究に関係のない物のほとんどは低コストで済ませるしかありませんでした」
草柳は淡々と返答する。クマのある男は小さくため息を零し、足を組んで目を瞑ってしまった。
ワゴン車の窓には手作り感漂うカーテンがかかっている。草柳からは「カーテンを開けるのはご遠慮願います」と釘を刺されているため、運転席と助手席以外はカーテンがすべて閉められていた。
開けようとしても、草柳が座る2番目の席から最後部座席までつながっているロールカーテンで
今まさに木城がこっそり外を見ようとしたが、後部座席の一番左側に座る黒服に睨まれ、断念した。
その一部始終を間に挟まれながら目撃していた関原は、木城の挑戦に呆れながら緊張感を持て余していた。
「ワゴン車は普通だが、この警戒感はお役所の関わるものだと感じるな」
関原がそう呟くと、木城は気の抜けた声を潜める。
「研究内容が内容だからね。放電体質の人間を兵士にしようと大々的に公言する国が複数出てる以上、他の国にも放電体質の人間はいるんじゃないかって話題沸騰よ。この国も例外じゃないと思うのは自然な流れでしょ。そうなれば、この国も一般人を兵士にしようとか企んでんじゃないのか
木城はクーラーをガンガンにきかせている車内にいても暑いと感じるようで、顔の前で手を扇いでいる。
「来ないものだと思ってたわ」
関原に横目で訴える視線は何かを見透かそうとするようにじっとりしたものをはらんでいる。
「あなたみたいなのは安全策に走りがちだから、怖気づいたんじゃないの?」
「ユーモアとしては80点ってところか」
木城の肘打ちが澄ましている関原の横腹に入った。
「うっ……! 何するんだ!?」
「甘いのよ」
木城は視線を外し、小さく笑う。関原は少しの疲れを感じて息をつく。
「ありがとう」
「は? ドМ?」
木城は体を遠ざける。
「違う」
関原は気恥ずかしそうに目を閉じている。
「君が背中を押してくれたから、僕はここにいるんだと思う。だから、ありがとう」
木城はニヤリと笑みを携え、腕組みをする。
「感謝したいならそれ相応の物を用意してほしいものね」
「はあ……君らしい回答だ」
「褒めてくれて嬉しいわ」
そうやって軽口を叩き合いつつ、関原たちを乗せたワゴン車は順調に走っていく。
ワゴン車から降りて真っ先に目に入った建物は、何層もの円を積み上げた姿をしていた。
「ここ、大手半導体デバイスの子会社じゃないの?」
金髪の女性は、駐車場の壁につけられた看板の専用駐車場の文字に視線を留めながら、疑問を投げかける。
「表向きはそうなります」
草柳は端的に答える。
「つまり、公にできないんで箱だけ取りつくろったわけか」
古和覇田は辺りを見回しながら呟く。
「いえ、この建物は本物です。実際に社員が働いていますし、事業実態も正規のものです。建物の中に増築を施して研究施設を作りました」
「ふふ、隠すのに必死過ぎて笑えるわね」
お団子ヘアの女性は卑しい笑みを浮かべる。
草柳は感情の
清涼な内観が広がる開放的なエントランスは関原たちを出迎えた。
様々な人々が行き交うエントランスは、スーツ姿の人だけでなく、おしゃれな私服に身を包んだ人も堂々と歩いている。多くが私服である関原たちがいても、悪目立ちしていなかった。
エントランス中央には円柱型のエレベーターがあり、正面玄関と向かい合わせに受付があった。一見普通の会社のエントランスだが、天井から降り注ぐ柔らかな青い光がエントランス内を満たしている。
受付にいる事務員の手元では、天井から見下ろした映像がモニターで常時視聴可能で、モニターの端にスキャン情報と認証確認の情報が一覧になって表示されていた。
関原たちは草柳の先導に従い、エレベーターに乗る。9人が乗った1つのエレベーターはほぼ満員で閉じる。1から6のボタンの前に立つ草柳は、6のボタンを押したまま1のボタンを押すと、全ボタンが1回点滅する。そして1のボタンを押した。
すると、ロン毛の男が口笛を吹いて驚いた表情をする。
「隠しフロアなんて秘密結社みたいじゃないか」
草柳は振り返り、「失礼」と人混みを掻きわける。後ろに向かうと、鏡の前に立ち、「ao430osh8552」と呟いた。
「ベースメントID入力。眼球の毛細血管を解析。ベースメントID、草柳裕哉氏の登録情報と一致」
エレベータ内に響く男性の声は、鏡自体が細かく振動して発せられていた。
「同乗者のスキャン開始。画像データと照合.......。全9名、関係者リストと一致。研究所への立ち入りを許可します」
すると、エレベーターが下降し始めた。
「毎回こうして研究所に入らなければならないと思うと、気が滅入るねぇ」
ロン毛の男は辛気臭いため息をついた。
「申し訳ありません。門外不出の研究を守るため、万全のセキュリティ対策を徹底しております。面倒でしょうが、ご理解ください」
草柳は操作盤の上に表示された数字を一点に見つめながら話す。白く光るゴシック文字は00と表示されていた。
「いいさ。いつものことだし」
ロン毛の男は苦笑いを浮かべて返す。
エレベーターの電子標示板が01と表示される。エレベーターのドアが開き、浜浦教授と草柳を除く者たちは、初めて見る施設の内観を見渡した。エントランスとは打って変わって、薄暗い通路が左右に伸びていた。
ステンレスの
「研究施設というより、ただの地下通路にしか見えないな」
クマのある男は猫背ぎみの体を伸ばして疑念を示す。
「この階は研究所への玄関フロアです。また、来客のためのプレスルームを併設しております」
草柳は辺りを見回す関原たちの様子を見ながら説明する。
「玄関からまた玄関。ここまで来ると、怪しい施設臭が極まっていて誰も来たがらないかもね」
木城は臆面もなく淡々とした口調で言う。
「研究所の玄関フロアは陰湿な雰囲気ですが、他の階は至って普通ですのでご心配には及びません」
「他の階?」
関原は疑問を投げかける。
「こちらです」
そう言うと、草柳は再び前に出て先を歩き出した。関原たちもぞろぞろとついていく。
「他の階ってことは、まだ下があるの?」
お団子ヘアの女性がめんどくさそうな表情で問う。
「はい。別のエレベーターで下ります。下りようと思えば、階段でも下りられますが、なにぶん段の多い階段ですので」
「先ほどのエレベーターでは下りられないのか?」
古和覇田は
「あのエレベーターは表向き『テクニカルスペース』の所有となっています。エレベーターの点検・修理の際は、外部業者の出入りが予想されるため、他の階へ下りるエレベーターは別にしています」
「でも、ここに下りられた時点で勘づかれる危険性を残すのもマズいんじゃないか?」
ロン毛の男は少々汗ばんできた体を気にして、ショルダーバッグから出した扇子を扇ぎながら尋ねる。
「このことはトップシークレットで『テクニカルスペース』の社長だけに話をつけています。例の地球外生命体対策の避難シェルターという名目で、社員には伝達されていますのでご安心ください」
同じ景色が続く廊下は1本道ばかりで、プレスルームらしき扉は見当たらない。関原は疑問に思いながらも特に言及することはなく、地下エレベーターに乗り込んだ。
地下エレベーターの操作盤は上から2列に配して、1階から5階まであった。眼球の毛細血管を読み取り、IDを伝達すると、音声アナウンスが応えた手順を繰り返し、地下2階へ下りる。
エレベーターのドアが開くと、暖色を帯びたハイライトが研究所の一端を照らす。透明な窓に囲まれた
「ここは研究員たちが集まる会議室です。他にも簡単な検査、または小規模の実験が行われています」
草柳はそう説明するが、案内される他の者たちの顔は曇りがかっている。
「とてもいい施設だと思うけど……人少なくないか?」
設けられた部屋の数はざっと15部屋ほど。平均して8畳から12畳くらいの広さだが、部屋に誰もいないところもあった。
「こちらのフロアを活用するのは、ミーティングや薬品を扱う実験などで使用されます。研究員のほとんどは、ラボや専用実験室、作業室で活動しています」
関原たちの前を通る白衣姿の人たちは、珍しげな視線を向けると、会釈を返して通り過ぎていく。草柳や浜浦教授は手を上げたり、微笑んだりと反応を返すが、よそ者感を自覚する関原たちは見送るくらいしかできなかった。
「それじゃ、観覧はこの辺にしておこう」
浜浦教授が唐突に案内を終わらせる。腰の後ろに両手を回しながら関原たちの前に躍り出て振り返る。
「本来ならちゃんと施設内を紹介するべきだろうが、思ったよりも事態は差し迫っている。急で申し訳ないが、君たちにはそれぞれのラボに出向いてもらいたい」
「現状の把握、といったところですかな?」
古和覇田が察したように微笑する。浜浦教授は首肯する。
「地下3階。生化学ラボ、
「あの……」
関原は話の腰を折るようで嫌だったが、おずおずと割って入る。
「僕たちはどうすれば?」
関原は木城を
「君たちは各ラボの調整役に回ってもらいたい。私の下で学んできたとはいえ、分野外のことはまだ分からないだろう。彼らから学びながら、少しずつ戦力となってもらいたい」
「分かりました」
関原はしっかり答えたが、木城は厳しい顔つきで口を結んだままだった。
「さあ、今こそ我々の英知を結集させ、この国、いや……世界の幸せのために、力を尽くそう!」
浜浦教授は語気を強めて激励した。
草柳は首元のネクタイに触れて結び目を上げると、関原たちから注目を浴びる浜浦教授の隣に立つ。
「長い長い戦いが始まります。必ずやこのチームが、我が国の未来を担う力となることを、私は信じてやみません。
集められた8人の精鋭。それぞれ思い抱かれ、誘われるように踏み入れた。目も当てられない異様な事態が起こり得る可能性を知っていた。
自身に宿る知識と技術が役に立つかどうかは分からない。だがもし、他に講じられる対策が水泡に帰すのであれば、それを無視するわけにはいかなかった。
守りたい想いを未来へ紡げるのなら、力を惜しむ理由はない。集められた8人の精鋭に温度差は多少あれど、少なからず目的に向かう強き意志は、各面々の表情に刻まれていた。
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