process 6 ログ

 鳥頭の人型機械をカーペットに立たせる。一度肩透かしを食らったせいか、30分前まであった緊張とわずかな高揚感は立ち消えていた。

 というのも、ロケット発射5秒前みたいなこの状況は、今回を含めて二度目になる。初回は起動しなかった。やはり無理だったとすんなり諦めようとしたが、肝心の本体動力源の状態を確認していなかった。


 マイ工具から小さなドライバーを引っ張り出し、背中にある横幅1センチの電池ボックスを開ける。そこに乾電池やボタン電池を入れるスペースはない。あるのは箱の中を縦に伸びる細い棒状の物だけ。

 銀色に光る細い棒は、対になる箱の内壁につながっている。そこにピンセットで電池シートを巻き、針金で留めれば動力源の設置は完了となる。


 色々とトラブルはあったが、ようやく起動にこぎつけた。説明書を見返し、両手に抱えたコントローラのスタートボタンを押す。


 すると、GAS-5の瞳が緑に光った。

 半球の下部表面をスワイプし、ロボットが移動する。手作りロボットとは思えないスムーズな動きは目をみはるものがある。

 コントローラ上部側面にあるRボタン、またはLボタンを1回押すとパンチを繰り出す。2回だと連続パンチ。


 照準は半球上部の表面を指定の方向にスワイプする。が、この微調整が半端なく難しい。少し操作を誤れば、鉄もどきの拳が思ったところに行かないし、素早く上にフリックするとアッパーになってしまう。身軽な動きは格闘ゲームを立体的に観ているように感じる。


 更にこのロボットには隠し玉がある。RとLを同時に押せば、GAS-5は羽を広げた。さすがに鳥のような自然な羽の広げ方にはならなかったが、その姿は威厳猛々しい。

 羽は飛ぶためのものじゃない。ただの装飾であると同時に、能ある鷹の爪を隠すためのものだ。羽の内側に隠した細い銃身がGAS-5の両肩についていた。

 関原は半球を横切る帯の真ん中に設置された丸ボタンを押す。2つの銃身は3連の弾を射出する。


 口から種を飛ばすような射出音を鳴らして勢いよく飛び出した小さな弾は、棚に当たって床に転がった。本来なら着弾した弾は砕け、中に入っている染料が飛び散るはずだが、劣化と共に硬くなったらしい。

 カーペットに散らばる5ミリ程度の弾を見下ろす関原。目を細め、コントローラを持った両手を太ももに落とす。


 懐かしい記憶に触れている。だがそこには分厚い曇りガラスが阻んでいた。感じられるのはガラスから伝う温かな熱と、ぼんやりとした光。もう届くことはない、残像だ。

 自分も老いたなと軽く笑い、スタートボタンを押して停止する。GAS-5を持ち上げ、お菓子箱の中にしまう。散らかした物も片し、引き出しを閉じ、段ボール箱の中にコントローラとお菓子箱を入れ、閉じようとした時だった。


 段ボールの隅に見えた白い紙片。クシャクシャの紙片を入れておくなんて、ガサツ極まれりと言わざるを得ない。捨てようと思い、手に取った。

 いろんな物にもみくちゃにされた紙片を広げてみる。元はメモ用紙だったようだ。そこにはボールペンで『table』という文字と、アルファベットが2行に配して羅列されていた。


 関原はまじまじとメモ用紙を見つめ、推察に及ぶ。数秒固まっていた関原は、メモ用紙を手にパソコンへ向かう。ネットで『table SNS』と文字を打ち、検索をかけた。


 引っかかった検索一覧を見ていくと、既視感のある名前とアドレスに視点が定まる。タッチパッドの上で指を滑らせ、ポインターを合わせてクリックした。

 パステルブルーとホワイトを基調とするサイトが表示される。

 ここで既視感は薄まってしまったが、確認せずにはいられない。ログインをクリックし、窓枠にメールアドレス、パスワードを入れ、エンターキーを押した。


 ログイン画面に重なるように出てきた小さな別タブ。

 そこに『静脈認証をしてください』とメッセージが躍る。

 関原はパソコンの電源ボタンの横にある黒枠に人差し指を添えた。黒枠のふちが白く点滅し出す。

 小さな別タブのメッセージは変化し、『本人確認しました』とのメッセージが出た途端、小さなタブは消える。

 画面全体も切り替わり、好きなアニメに出てくるロボットのアイコン、ユーザ名とIDが右隅に表示された。


 マイページをクリックして、左端一覧のマイページメニューのメールボックスを開く。連絡先ごとに表示されたメッセージルームが並んだ画面になる。

 ユーザーは3人のみ。その中でも異質な、『天才メカニッカー・K』のユーザ名。

 引き寄せられるようにクリックする。青と白のボーダー柄が下へ流れるモーションの背景に、メールの内容がつづられていた。


 ————2079.11.23

 とても微笑ましく、快活な雰囲気を感じる文言が並んでいた。


天才メカニッカー・K『メカトロニクスの本、まだ?』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『1章読みおえたばかりだよ』

天才メカニッカー・K『は? 遅くない?』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『仕方ないだろ。むずかしい専門用語多いんだから』

天才メカニッカー・K『どこがわからないの? おねえさんが教えてあげるよ』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『オマエ、俺と年変わんないじゃん!!』


 天才メカニッカー・Kとメールをし出した頃だろう。自動保存されたメールの中でも古いものだ。2079年。関原は8歳になる。わずかに残る記憶とも合致する。

 天才メカニッカー・『K』。イニシャル。頼りにならない記憶では照合しようがない。頼みの綱は、関原の記憶を補助するデータだけ。

 1つ1つ確認していくと、自身の口が話したものと似ている文面を見つける。


 ————2081.05.02、これが別れる前のメールのようだ。一番残っている記憶と関わる話だと推測できる。


超天才メカニッカー・ソウヘイ『明日行ける?』

天才メカニッカー・K『うん、おばさんがいいって』

超天才メカニッカーソウヘイ『そっか。よかった』

天才メカニッカー・K『寂しい?』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『少しだけ』

天才メカニッカー・K『素直だね』


超天才メカニッカー・ソウヘイ『これでよかったのか?』

天才メカニッカー・K『?』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『その……言い出しっぺのオレが言うのもなんだけどさ。誕生日会みたいな方がよかったんじゃないかって』


天才メカニッカー・K『怖気づいた?』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『んなわけあるかっ!!』

天才メカニッカー・K『その様子じゃ、明日も私が勝っちゃうね』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『その高い鼻をへし折ってやる』

天才メカニッカー・K『トラウマ級の敗北を味合わせてあげるわ』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『言ってろバカ! 第一次最終戦は絶対俺が勝つ!』

天才メカニッカー・K『第一次最終戦、か』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『そうだろ?』

天才メカニッカー・K『うん』


 第一次最終戦。その後のメールのやり取りで察することができる。

 面白味のない結果だった。一時休戦のすえ、もっと卓越したロボットを作れるようになるために、力をつけようとしていた。

 それぞれどんなことを学び、挑戦しようとしているかが伝わってくる。まるで交換日記みたいだ。しかし結局、第二次が開戦されることはなかったわけだが。


 それからというもの、親友の彼女とは離れながらも連絡を取り合い、近況や何気ない会話をしていたようだ。頻度にバラつきはあれど、交流は続いていた。時には遠距離にいる彼女のところへ足を運んだこともあるらしい。

 その形に変化があったと感じるのは、メールの頻度と内容を確認するに、別れて3年が経過した頃だ。


 ————2084.07.05、年齢を重ねて大人びた様子がうかがえる。


 天才メカニッカー・K『重力加速度増幅器を使った金属加工ができる工場に見学してきたわ。建物全体が微弱な震動を受けてるのに、私たちがいた操作室には届いてなかった。固有振動数の影響みたい。重力加速度増幅器もすごいけど、加圧に耐えられる鋳型いがたも特殊な製造方法らしいわ。その製造方法を聞いたけど、企業秘密って言われた』


 ————2084.07.11


 天才メカニッカー・K『学校の授業ってなんであんな退屈なの? こんなことなら、海外の学校に行った方がマシかも。ほぼマスターしてるものばかりで、新鮮味がない。昨日はズル休みして、国立天文台にXRダイブしてきた。一般閲覧できる研究論文を3つ読んできた。人工惑星を宇宙に展開して宇宙道を開発、だって。あなたはできると思う?』


 この辺りから天才メカニッカー・Kばかりがメッセージを寄せている。当時13歳の関原の反応はなかった。


 天才メカニッカー・Kは薄情な関原に対し、『おーい』と呼びかけたり、『息してる?』と冗談めかして投げかけていた。さすがに反応がないことを心配したのか、『どうかした?』というメッセージや、『もし悩みがあるなら相談乗るけど?』という文字が淋しく残っていた。


 これにも関原は反応していない。数日経つと、何事もなかったように天才メカニッカー・Kの近況が流されていた。


 過去の日々をなぞるように見ていく関原の瞳。情報を受け取っているうちに、妙な冷感が肌を這いずり回っている。

 自分に何があったのか。どうしてあの子のメッセージを無視し続けているのか。過去の自分に答えを求める。関原の問いに答えるやり取りは、しっかり残されていた。


 ————2084.08.18。この日、親友との関係に決定的な亀裂が入った。


超天才メカニッカー・ソウヘイ『今まで返事できなくてごめん』

天才メカニッカー・K『あ、生きてた』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『なんとか』

天才メカニッカー・K『よかったよかった』


超天才メカニッカー・ソウヘイ『もうここで色々報告してくれなくていいから』

天才メカニッカー・K『なんで?』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『やっぱ、僕には無理だったみたいだ』

天才メカニッカー・K『なに言ってんの?』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『わかったんだよ。どれだけ実力をつけても、人に気に入られるようにしないと何もできなくなるって。僕はもうダメみたいだから、何も報告できることはない。だから、ここで話し込んでも時間の無駄になると思う。キッシーは、そのまま頑張ってロボット技術者の道を進んでほしい。応援してるから』


天才メカニッカー・K『意味、わかんない……』

天才メカニッカー・K『なんでそうなるの? 何かあったなら話してよ。力になれるかもしれないし』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『君には関係ないよ』

天才メカニッカー・K『約束は?』

超天才メカニッカー・ソウヘイ『ごめん……』


天才メカニッカー・K『わかった。もういいよ。ただの口約束だもんね。子供同士の口約束なんて、なんの合理性もないし。それでも、技術者になるのは私の夢だから。私は夢を叶える』

天才メカニッカー・K『ここには来ない。あなたとは二度と話したくない。卑屈になったあなたと話していても、なんの有益性も感じないと思う』


天才メカニッカー・K『さよなら』

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