process 4 羨ましい友人
海風が運んでくる塩の香り。太陽の光に照らされる海面が様々な波を作り出している。待ち望んだ波に乗り、サーファーは海の上で笑顔を咲かせる。
多少波乗りの能力に差はあるものの、うまく波に乗れている。関原にとって意外だったのは、サーフィンには疎いと思っていた木城が他のゼミ生と大差ない波乗りを披露していることだった。ここでも木城は注目の的となっていたのだ。
一方、関原はというと……。
ボードに立つこともできず四苦八苦していた。乗れるようになったのは2時間後のこと。それも、30回中わずか2回しか立つことができていない。そして31回目を行い、ボードから手を離し、立とうとしたところで海に落ちてしまった。
波に置いてけぼりを喰らい、海面から顔を出す関原。もどかしさが胸の底で沈んでまた蓄積していく。ひと際楽しげな声を耳にして視線を向ければ、木城たちが和気あいあいとサーフィンに打ち込んでいる姿を捉える。
さすがにあの中に入る勇気はなく、1人海と
引け目にさいなまれていると、関原の背後から波が襲ってきた。
関原は舌に染みるしょっぱい味を感じながら、塩水を浴びに浴びた関原の手が視界を明朗にしたその後、前の海面にオレンジのサーフボードだけが残っていた。
海の近くのお店でレンタルした黄色のサーフボードが関原のそばにあるため、関原のものではない。
すると、短髪の男が海から顔を出した。髪を掻き上げて、気持ちよさそうに晴れ晴れとした表情を見せる。
「ふぃー! 今のはデカかったなぁ」
杉崎は海の冷たさを感じないと言わんばかりにハツラツと声を上げた。振り返って、浮かない顔の関原に苦笑する。
「運動はからっきしダメってか」
「仕方ないだろ」
関原はふて腐れた口調で言う。
「ちょっくら休憩にするか?」
2人は海上で寝そべる。杉崎は仰向けに、関原はうつぶせに。波に揺られながら、空が両手を広げて澄みきった青の尊さで生命を包み込んでいく。
「驚いたよ。いきなりどこか行かないか? なんて。お前から誘われたの、初めてじゃないか?」
杉崎は空を仰ぎ、微笑みながら嬉しそうに話す。
「浜浦教授、大学を去るんだってな」
「知ってたのか……」
「ふふ、俺も誘われたからな。まさかだったよ」
少しずつ、2人の乗るサーフボードが砂浜へ近づいていく。
「俺は断るよ」
杉崎は神妙に決断を話した。
「行かないのか?」
「ああ、俺は普通に大学を卒業して、企業に雇ってもらうことにする」
「そうか……」
関原に一緒に行こうなんて言えるわけがなかった。杉崎とは同じ学科でゼミも同じとなって、仲良くなった。大学の中では一番親しくしてきたと言っていい。
自分も、今まさに行くかどうか悩んでいるところだ。そんな心境で杉崎を誘えない。そして、他にも誘われている者もいると知って、苦悩による胸の軋みが和らいだ。
「俺さ、お前らが羨ましかったんだよ」
「え?」
杉崎の目は綺麗な空を見上げ、優しさをたたえている。
「お前と木城を見てるとよ。あれ、俺ここに何しに来てたんだろって、なんか後ろめたくなってさ。いつも顔を合わせりゃ喧嘩ばっかだけど」
関原は苦い顔をして押し黙る。
「でも、本気でロボット工学を学びに来てんだって、
杉崎は柔らかに微笑んで、関原に視線を注ぐ。純然な、たった1つの思いが真っすぐに向けられた。
「応援してるよ、関原」
期待と激励。羨望を
関原は簡単に頷けなかった。らしくない杉崎の無垢な笑顔に、言葉に。それが本当の思いと感じ取っただけに、無責任な返答をしたくなかった。
関原は杉崎の笑顔と言葉を受け止めることができず、うまくはぐらかす言葉も見つからない。関原には、無言でもって返答とするしかなかった。
ひとしきり遊んだ後、関原たちはシャワーで海水を落とし、着替えを済ませた。海の家に集まった浜浦ゼミ生は、テーブルに並んだ数々のジャンクフードを囲んでいた。
出来たてほやほや。まだ湯気の立つ料理すらある。すでに成人済みの者もいるが、車で来ていることもあったり、お酒を飲めない人もいたりと、飲み物はジュースやお茶になった。
食事を大勢で囲むなんていつぶりか分からない。なんというか、妙な気分だった。
「木城さん、聞きましたよ。浜浦教授が入る政府の防衛科学部門のチームに入るって」
ゼミ生の1人が興味津々の様子で声を張り上げた。
「ええ」
「大学辞めちゃうんですか?」
「そうね。すぐに始動するみたいだし」
「ちょっと残念です。もう少し、一緒に学べると思ってたのに」
後輩から口々に名残惜しい声が飛んでくる。
「相談くらいならいつでも乗るわよ」
「関原さんも、行かれるんですよね?」
当然のように聞かれた。変に嘘をつく必要もないだろうと、関原は口を開いたが。
「もちろん。私の部下になると思うけどね」
関原は動揺を隠せない。
「2人がいるなら日本は安全ですね」
「あたし応援してます!」
「ふふ、ありがと」
言い出すタイミングを逃し、ますます言いづらくなった。何を考えているのか。不満を滲ませた視線で睨むが、木城は涼しい顔で会話を続けていた。
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