process 2 進路

 講義が終わり、次の教室へ着いて、関原は適当な席に腰を下ろす。

 トートバッグから清涼飲料を取り、口に含んでしばしの休息。小さく漏れた息をつき、机に置いていたタブレットを開く。


「なあ」


 杉崎は声を潜めて聞く。


「どうした?」


「最近の木城とお前、妙に仲良くないか?」


「そうか?」


「そうだよ。はたから見ても変わったって分かるよ。何かあったのか?」


 関原はタブレットを操作しながら真顔を貫く。


「何もないよ。僕は前から木城と仲がいいとも悪いとも思ってない」


「ふーん……」


 杉崎はニヤリとする。


「なんだよ」


「いーや、べっつにー」


 杉崎は含みのある反応をし、次の講義の準備を始めてしまった。

 杉崎の術中にハマってしまうのはしゃくだった。関原は無視して、もうすぐ始まる講義に思考を切り替えた。


 5限の講義が終わり、関原と杉崎は教室を出る。

 2人は他の学生と共に歩き、玄関へ向かう。


「関原、これから遊び行かね?」


「悪い。これから浜浦教授のところに行かないといけないんだ」


「えぇ……」


「他のヤツ誘えばいいだろ」


 関原はフラれたみたいに拗ねる杉崎の反応に苦い顔をする。


「だって、みんな部活とかサークルとかで行けないって言うんだぜ。挙句にデートとかぬかしやがるヤツさえ出てきてよ……」


 杉崎の声にはぜろと言わんばかりの念が漏れ出ていた。


「そんなに彼女が欲しいなら、出会い系アプリで見つければいいんじゃないのか? 結構出会えるらしいぞ。帝明光の名を出せば、食いつきもいいらしいし」


「なっ!? ま、まさか、お前……すでに経験済みなのか!?」


 関原は嘆息たんそくする。


「聞いた話だ」


「お前はやらないのか?」


「僕はもういいよ。2年の時に懲りたし」


「モテ男みたいに言いやがって……。お前はフラれた方なんだからな?」


 そう言った後、杉崎はしばし難しい顔をして考え込む。

 関原は杉崎の珍しく真剣な様子に思わず気を取られた。そして何かよからぬ企みを秘めた、清々しいほど純粋な目で、関原を見据えた。


「なあ、木城さんとデートできねぇかな?」


「は?」


「頼む! 一生のお願い!」


 杉崎は拝むように懇願する。


 関原は辛気臭い頼みを投げられ、鼻の頭に軽く触れて眉をひそめる。


「一応同じゼミだろ。直接言えば済む話だ」


「それができないからお前に頼んでんだろォ!?」


 杉崎は分からず屋と言いたげに息を巻く。


「俺みたいな平凡な男、眼中にないかもしれないし……」


 杉崎は小さな声で女々しく垂れる。


「木城さんのタイプ、聞いてないのか?」


 関原は杉崎の熱の入れように感化され、少しくらいなら協力をしてやらんでもないと思い、考えてみるが……。


「そういう話になったことはないよ」


「そ、そっか……」


 杉崎は分かりやすくへこんだ。

 関原と杉崎は玄関を出る。

 柔らかな風が太陽の匂いを運んでくる。混ざり合う2つの自然が春の夜明けを感じさせる。

 何かが変化していく。そんな季節に相応しい。清々しい青の空を遠くに捉え、歩みを進める。

 たった一歩くらい、誰かの手を借りたっていいだろう。

 焼きが回ったらしいと、自分のお節介な思考に呆れながら足を止め、口をつく。


「分かった」


「え?」


 杉崎は呆けた顔で蚊の鳴く声で反応する。


「掛け合ってみるよ。失敗しても文句は言うなよ。仲を取り持つ役回りなんてしたことないんだ」


「いいのか!?」


「ああ」


 杉崎はスキップでもしそうな勢いで関原に迫ると、関原の両肩を掴んだ。


「マジでありがとう!!! お前はやっぱり心の友だ!」


「まだデートができるって決まったわけじゃ……」


 関原は杉崎のテンションの上がりっぷりに当惑するも。


「んじゃ! またな!」


 颯爽と駆け出してしまった。

 関原は長い髪をクシャクシャと軽く乱す。引き受けてよかったのかと、疑念の芽が顔を覗かせているのを無視できなかった。


 理工学部がある3号館へ向かった関原は、浜浦教授の執務室のドアをノックする。


「どうぞ」


 浜浦教授の声を聞き、ドアを開けて入る。

 イエローグリーンの壁紙に囲われた部屋には、記念品や賞状が並べられた棚が壁際に置かれていたり、観葉植物が窓のふちいろどりを添えていたりと、清凉感かぐわしい雰囲気に包まれていた。

 執務机の前で簡素な丸椅子に座っていた浜浦教授は、椅子を回転させて関原に向き直る。


「ああ、関原君」


「お忙しいところすみません」


 関原は浜浦教授に近づく。


「仮想光子制御装置の調整は終わってます」


「ありがとう。助かるよ。まあ座りなさい」


「失礼します」


 関原はゼミ討議や発表の時に座る丸椅子に腰かける。


 浜浦教授は不意に微笑を浮かべる。


「関原君も4回生か」


「はい」


 関原は薄く笑い返す。


「就職先はもう決めているのかな?」


「いえ、まだ検討中です」


「関原君のことだから、相当オファーが来てるんじゃないか?」


「まあ、ぼちぼちです」


 なんとも反応しづらかった。

 浜浦教授は太ももに腕を置き、手を組み合わせると、引き締まった面持おももちで切り出す。


「決めかねているところ申し訳ないんだが、君にお願いしたいことがある」


「はい?」


「私と一緒に来てくれないか?」


 シンプルなメッセージの衝撃は関原の脳を揺らした。


「どういうことでしょうか?」


「私はこの大学を辞める」


 耳の奥で響くような錯覚に囚われてしまうほどに、虚無感が肩に下りてきたみたいだった。


「そ、そうですか……」


 関原は落ち着き払って相槌あいづちを打つ。


「いつになるんですか?」


「早ければ、来月末にはここを出ることになるだろう」


「寂しく、なりますね」


 関原は自分を納得させるように言った。


「大学を出た後は防衛装備庁に入る」


「おめでとうございます。すごいですね」


 関原が純粋に褒めるが、浜浦教授の顔は厳粛さをはらんでいた。


「海外で起こっている地球外生命体による被害事件。政府は日本でも起こることを想定しているようだ。私もその意見には同意せざるを得ない。微力ではあるが、政府からの依頼に応じることにした」


 あふれ出る危機感が神妙な表情に深く刻まれる。


「そこで、関原君には防衛装備庁に新設される開発プロジェクトチームに入ってほしい」


 関原は動転し、言葉に詰まる。


「僕が……ですか?」


 浜浦教授は微笑みをたたえる。


「チームの人員には、チームリーダーになる私が推薦できる枠が設けられていてね。君さえよければ、チームに入ってもらいたいと思ったんだ」


 関原の胸が早鐘はやがねを打つ。嬉しかった。尊敬する浜浦教授からついてきてほしいなど、身に余る光栄に他ならない。

 反面、自身はまだ学生だ。科学者としては半人前以下だと自己評価している。いきなり大学を飛び出し、日本の防衛を担う右腕のような組織に入っていいのだろうかと、素直に喜べなかった。

 困惑する関原の様子を見兼ね、浜浦教授は口を開く。


「無理にとは言わない。大学の卒業資格を取って、実績を作ることだって人々のためになるはずだ。君の人生は君が決めるべきだ。返答なら私が大学を去る前日、5月30日までにくれたらいい。ゆっくり考えてくれ」


「……はい」

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