4.極秘プロジェクト

process 1 少しの変化を伴って日常へ

 コンテスト終了以降、関原は大学での日々を謳歌おうかしていた。勉学に励み、着々と知識と技術を身に着けていく。充実していた。

 穏やかに流れ、季節を越した。


 関原の周りでは、ごく自然な日常の風景しかなかったが、海の向こうは目くるめく激動に巻き込まれていた。

 ヨーロッパ諸国、アフリカ、北米など、各国で地球外生命体による人的被害の報告が相次いでいる。各国政府はそれぞれ対応を国民に説明し、過度に不安がらないように訴えた。だが、海に潜む地球外生命体の全体数や殺害方法など、分からないことが多く残っており、政府の声明による不安の解消の効果は微々たるものと言わざるを得ない。


 まずは人々の安全を確保すべく、各国は迅速に防衛体制を整え、警備を強化していた。それぞれ被害の報告があった国々は、実務的な防衛の協定や地球外生命体の出現場所、生態調査の情報を伝達し合うなど、連携を深めようとしている。


 一方、宇宙船乗組員(遺体未発見)以外の被害が未だ出ていない日本政府も、この件には最大の危機感を示していた。

 地球外生命体による人的被害を出さないために、陸海空の自衛隊と警察、国の誇る防衛力を駆使し、早急に脅威に立ち向かう準備を進めていると、官房長官から記者会見で伝えられた。

 海外の国々との調整も相まって、今年の夏の海水浴は禁止の措置がなされた。漁業行為や海釣りも禁止となり、各団体からは悩ましい声が聞かれるようになった。


 国もかなり本気のようで、各都道府県警察によるドローン偵察機が24時間体制で監視を行い、違反者を見つけた際には警告音声で退去を促す。もし違反者が警告を無視した場合、海上自衛隊が直接出向き対処している。


 政府や警察などの機関の働きかけがあるものの、日本国民にはまだ現実味を感じていない者がほとんどだった。ネット上ではガセだろうと思ってネタにされているか、日本の自衛隊がなんとかしてくれるという楽観的な意見が出回っていた。


 更にネット記事には、地球外生命体ではなく、『他国が造った生物兵器』であるとか、『企業が雇った殺し屋たちの仕業を隠すための偽装工作』との根も葉もない噂まで作られ、収拾がつかなくなっている。

 衛星の画像写真が各国の公式の報道機関から出たとしても、日本はおろか、海外ですら世論は地球外生命体じゃないとの見方が強かった。


 懐疑的な見解が多くを占める中、政府関係者や軍関係者はもちろんのこと、科学的見地を持つ秀抜しゅうばつな者たちは、信じざるを得なかった。

 各国政府が公式の発表をした重みを知っている者、または地球外生命体の存在を疑っていない一般市民は言いようのない不安を覚え、善意の下に啓蒙活動に尽力する。

 すると、二分した意見はぶつかり合い、過激化した挙句、誹謗中傷が乱れ合う。


 また、必要のないことで争う言葉の銃撃戦を傍観し、嘲笑する者、憂い嘆く者。

 乱流する論調と心理は、終局の兆しを見せることはない。

 しかし、その他の者は自ら蚊帳の外になり、無関心を決め込んだ。一種の現実逃避とも取れるが、関心を示す必要がないと回答する以外になかった。


 来たる最悪のシナリオに備えるために動き出している者たちの間では、すでにその段階にはなく、現実に起こったこととして、これからどうするべきかを考えている。

 密かに万全の準備を整えるべく、急ピッチで動き出していた。


 浮き沈みする地球外生命体の話題。情報も限られた中では、一般市民が正確に掴むのも難しい。

 当然、いち学生の身分でしかない関原もそうだ。刻々と変わりゆく世界の状況を見聞きしながら、やれることは目の前のことに集中し、身の安全を適切に確保するだけ。

 一抹いちまつの不安を頭の片隅に追いやり、黒いフレームのXR眼鏡グラスを通して、目の前の女の子をまじまじと見つめる。


 黒く長い髪をポニーテールにした女の子は、くるりと回ってみせた。

 紫のスカートが空気を含んで揺れる。コルセットと一体になったスカートは裾の片横にリボンをつける。ベージュのパフスリーブブラウスを着こなす女の子は、関原の横でウィンクしてみせる。


「グルーランドアップステーションの神宮かなみやリリーです! わたしはXR技術の使い方を提案するために作られた、バーチャルコンシェルジュなんだよ。企業だけじゃなく、個人の創作やカルチャートレンドにも活用できるXRは、幅広い分野で応用できる感覚補足技術に進化してるの。でも使い方がよくわかんな~いって思ってるそこの君! わたしがしっかりアドバイスしてあげるから、一緒にXRを体験してみよう!」


 神宮リリーは自己紹介を終えると、立ち姿に戻る。

 関原はパソコンの画面に視線を向け、キーボードの上で指をさばく。

 関原の操作に従い、神宮リリーの体がゆっくり横回転する。髪を束ねるシュシュがヘアゴムに変わり、赤や黄色、アクアブルーと変更されていく。


 パソコン画面と関原の隣。2人のリリーが違う次元で関原のそばで変化していく。

 モーションの欄をクリックし、様々なモーションにカーソルを合わせると、3Dモデルの神宮リリーが愛嬌のあるモーションをしてくれる。

 同じように、ロボット工学科の学生たちのそばにも神宮リリーが1人ずつ立っていて、色々話していた。


 神宮リリーは一方的に話すだけでなく、質疑応答にも対応できるようだ。

 XR眼鏡グラスの耳かけの部分から伸びるマイクが、着用者の学生の声を拾い、会話してくれている。


「関原崇平ってどう思う?」


「うーん……ちょっと苦手かも」


 神宮リリーは苦笑しながら木城の質問に答えた。


 本来、XR眼鏡グラスで見ることができる神宮リリーは、個人データと照合して着用者だけに見える仕組みだが、木城が作る神宮リリーは学生たち全員に見えていた。

 当然、木城の向かいの席にいる関原にも神宮リリーとの会話は筒抜けとなっていた。関原は顔をしかめ、陰気な視線を木城に向ける。

「何をしてるんだ」


「隠し仕様があると楽しいでしょ?」


 木城はからかっていると言いたげな笑みを投げた。


「僕を知っている人じゃなきゃ出てこない質問だろ」


「説明欄に書いておけば、面白半分に聞いてくれるわ。それに、関原崇平の名が一気に知れ渡るのよ? 感謝してほしいくらいなんだけど?」


 これ以上冗談に付き合うのも無駄だと思い直し、自分の作業に集中することにした。


 神宮リリーはXR技術の普及と使い方について説明してくれるインターフェースプログラムだ。

 今回の講義に協力してくれるグルーランドアップステーションの厚意こういにより、開発された神宮リリーを使って、XRの理解を深め、応用の方法を模索するのが目的となる。

 グルーランドアップステーションも、神宮リリーの利便性をよりよくするために、帝明光大学の学生に体験してもらい、質の向上を図ろうとしていた。

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