process 9 晴れ舞台

 8月の日差しが照りつける日本。そこらじゅうで蜃気楼が浮かび上がっていそうな暑さに、人々がうんざりしている頃、海を越えて約9360キロを移動。飛行機で8時間のフライトをし、降り立った食の王国、ベルギー王国。ブリュッセル国際空港から車で15分の会場に、関原たちはいた。


 強いブルーのカーテンはベルベットを纏い、クリーム色を基調とする内装は権威的でおごそかであった。

 天井窓からし込む光が、ダイヤカット柄の赤いカーペットが敷かれた廊下を鮮やかに魅せている。


 モダンな茶色の扉の向こうから、大きな拍手が響いてきた。中に入れば、観覧席にいるスーツの人やめかし込んだ人が、壇上にいる関原に拍手を送っている。

 関原はシャワーのような拍手喝采にお辞儀をし、舞台袖に下がっていく。関原の視線の先には、腰に手を添える木城が待ち構えている。

 ライトピンクのジャケットにブルーホワイトのシャツと、スモークピンクの膝丈スカートといういつもよりかしこまった格好に身を包んでいた。


「お疲れ様」


 木城は微笑を携えながら舞台袖に戻ってきた関原をねぎらう。


「君は余裕そうだな」


「今回で3回目よ。作品の発表も学校で何回もやってるんだから、慣れていてもおかしくないでしょ」


「君の肝を分けてほしいよ」


 木城はおかしくて吹き出しそうになり、口に手の甲を持っていく。


「……発表前に笑わせないでちょうだい」


 そう言いながら、木城は体をくの字にして笑いをこらえる。


「笑わせるつもりはなかったんだが……」


 関原は困惑を滲ませた。


「さあ、お次も帝明光大学の生徒さんです。あの未確認飛行物体を彷彿とさせるロボットを製作されたようですね。木城満穂さんです。どうぞ!」


 司会進行を務めるダンディなおじさんが木城の登壇を促した。

 すると、木城は笑うのを止め、一度ゆっくり深呼吸をした。


「おかげでいい感じで発表できそう」


「そ、そうか……」


「それじゃ、トロフィをさらってくるわね」


 木城は関原の横を通り過ぎ、舞台に歩いていく。

 関原は振り返り、木城の背中を見送る。

 不思議な気持ちが心を占めていた。ロボティクスコンテストは個人の作品を発表し、一番素晴らしい機械を作った者が優勝できる。立場上、木城とはいちライバルになる。だが、製作を手伝ったこともあってか、木城の発表がうまくいくことを心の底から願っていた。


 木城が壇上の中央で観覧席に正面を向くと、マイクイヤホンを通して木城の一声が会場に放たれた。


「ご紹介にあずかりました。帝明光大学の木城満穂です。私は今年で3回目の出場となりますが、光栄なことに、2年連続で優勝グランプリをいただきました。今回も、2年連続で優勝グランプリをいただいた名に恥じない作品ができたと、自負しています」


 木城は満場の観客を前に堂々とした口調で話していく。


「私の話を長々と聞いていては眠くなってしまうでしょうから、まずは私の作品をお見せしたいと思います。これが、私の作品です」


 そう言うと、木城はキザっぽく指を鳴らした。静まる会場に渇いた音が響く。

 それを合図に、会場の上で青い発光体が浮かび上がった。機体上部を回転させながら、暗い会場の上を飛び回っていく。

 舞台上に注目をしていた観客は、舞台袖から出てくるものだと予想していた。

 しかし、作品が出てこないことに戸惑う様子が数秒ほど会場を満たしていく。徐々に解消されることは、想定の範囲内だった。


 観客が続々と見上げ、飛んでいる飛行物体に気づき出す。驚きはざわめきとなって沸き立ち、謎の飛行物体を視線で追う観客が増えていく。中には周りの観客が声を上げるまで、飛行物体が頭の上で飛んでいることに気づかなかった。


 飛行音があまりに小さかったのだ。会場の天井まで、一番後方の席でも10メートルはくだらない。

 縦横無尽に飛ぶ物体に観客は首を左右に動かして追うが、飛行物体は急加速する。すると、驚愕の色を濃くした喚声かんせいが上がり、一瞬でどこかに消えてしまった物体を探し出した。


 会場の横幅は最大で50メートル。それを2秒足らずで駆けた物体は、スピードを緩めて壇上にいる木城の下へ向かう。舞台の天井から降り注ぐ光の中に入った物体は、円盤型の外形を現した。

 コンパクトなドローンの大きさ。目を惹く円盤型の中央が膨らんでいる姿は、まさしく人々がUFOの名をまず一番に想像する。滑らかな飛行軌道を見せるUFO型のドローンは、木城の頭の上を旋回し出した。


「これが私の作品、『完全自律型観測ドローン』です」


 派手に登場したドローンに、観客の食いつきようは舞台袖からも手に取るように分かった。観客の意識が木城のペースに呑み込まれていく。そんな感覚が会場の空気をいろどっている。


「今みなさんの目で確認されたように、このドローンの最高速度はこれまでのドローンとは別格の速さを誇ります。このドローンなら、リニアモーターカーの窓から並走するドローンを見ることができるでしょう」


 旋回せんかいしていたドローンは木城の右上で滞空を始める。


「完全自律とはいえ、このドローンはしっかり人間の命令を聞くことができます。自身に組み込まれたプログラムに反するものでない限り、一定の命令を理解します。たとえば、『チリのハドソン山の噴火状況を撮影』と命令すれば、マップ情報や衛星画像データを読み込み、照合して現地へ急行します」


 木城がドローンの機能の詳細を説明している間に、ドローンはゆっくり降下し、舞台の上に着地しようとしていた。


「このように、ドローンの機能をそのままに、離着陸もスムーズです。そして、このドローンの最大の魅力は撮影機能にあります」


 ドローンは中央のふくらみの頂点の蓋を開け、小さな球体を出した。黒い球体は少しずつ回転を始める。


「地上の撮影はもちろん、周囲、360度を同時に撮影することができます。撮影対象にフォーカスしたズーム機能も搭載されており、画素数、解像度も最新鋭のカメラとさして変わりはありませんので、詳細な画像を求めるニーズにも対応しています」


 満ちあふれる自信。そこに暗い研究室で悩める木城はいなかった。


「説明は以上となります。ご質問がありましたら、なんでもお聞きください」



 茜色の光が飽和する街の中、関原たちは宿泊先のホテルへ向かっていた。

 道行く先々に並ぶ建物は、そびえ立つように歩道に隣接している。建物と建物が連なる集合住宅といったところだろう。


 歩道と建物の境界のきわにドアがあり、歩道側の外壁一面だけでも5つも窓がある。カーテンが閉まっていなければ、家の中が見えてしまうほど歩道に近かった。

 外国の人たちは気にならないのだろうかと、関原は来るたびにいつも不思議に思っていた。


 とはいえ、落ち着いた色合いのレンガ造りの建物は、その街の奥ゆかしい雰囲気を感じられる。

 スマートな路面電車、伸ばした枝木にたくさんの黄緑の葉をつける街路樹、石畳の道。ベルギーのブリュッセルには今回の分を合わせて3回おもむいているが、今回が一番気分のいいベルギー訪問だった。


 関原の前を歩くゼミ仲間は、浜浦教授の後をついていく。これから祝賀会とあって楽しげな声が飛び交っている。


「木城さん、3年連続の優勝グランプリって初らしいよ」


 同期の女子生徒は興奮した様子で話す。


「そうみたいね」


 木城はまんざらでもないという顔で応える。


「つかみは完璧だったし、観覧者からの受け答えも的確で分かりやすかったです」


「食いつきがすごかったよな。あきらかに木城の作品だけ、俺でも知ってる有名な人たちがひっきりなしに質問してたし」


 木城はゼミ仲間の話題の中心になっていた。称賛の嵐を受けるも、謙遜など木城の頭にはない。


「今回は私の最高傑作と言っても過言じゃありませんでしたから。ま、当然の結果ですよ」


 木城は鼻高々と言い切る。さっきまで称賛を送っていた仲間は反応に困った様子だった。会話を聞いていた関原は小さく笑う。


「お前、何ニタついてんだよ。キモいぞ」


 杉崎は隣を歩く関原に苦言を呈す。

 指摘された関原は気まずそうに顔を引きつらせ、下手に誤魔化した咳払いをする。


「なんでもない。気にしないでくれ」


 あっという間に、夏は過ぎ去っていく。ほろ酔いのベルギー在住の通行人、家族団欒だんらんの声、街路樹の枝で休むカササギ。どこにでもある何気ない日常は連綿と紡がれる。

 いつまでも、このありきたりな幸せが続くと、誰も疑っていなかった。

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