process 6 共同制作

 それからというもの、2人は作業を分担して、コンテストに出すドローン製作に取り組んだ。互いに時間の都合が合わなくても、連絡を取りながら製作の過程を共有し、それぞれ違う時間、場所で、作業を進めた。


 作業を進めていくうちに、関原は木城が作ろうとしていた特殊なドローンに驚かされた。こんな複雑なものを作ろうとしていたのかと。


 新幹線と同じくらいのスピードで移動でき、周囲の映像を高速で撮影し、データを転送する。

 それらをすべてドローンが勝手にやってくれる自律型のドローン。耐久性に優れ、雨風による影響も微々たるもので、飛行が可能らしい。こんな高性能なドローンを作るには、様々な分野の知識が必要だった。


 1人で作ろうとした木城に脱帽の念を抱くも、コンテスト提出期限1週間前に聞いた進捗状況では、いくら木城が恵まれた才能を持っていたとしても、まず不可能なスケジュールであった。

 同時に、2人でやっても間に合うか微妙なラインであると分かり、一気にやる気を失いそうだった。


 それでも時間を割いて、製作に打ち込んだ甲斐もあり、テスト飛行を何度かできるまでになった。収集したデータをまとめ、コンテストに出す資料に添付。あとは製作過程などを記載した資料づくりと集積回路の調整をすれば完成というところまで進んだ。

 しかし、時間はギリギリだ。研究室に泊まり込みでやることになった。


「研究室に泊まって作業とか、どこかの誰かさんみたいで嫌なんだけど」


 パソコン画面に向き合う木城は、文章を打ち込みながらぼやく。


「研究者を目指す院生なら泊まり込みも珍しくない。今のうちに慣れておいても損はないはずだ」


 関原は木城のいるパソコンフロアから3つの段を下り、ワークフロアの机でドローンと対している。先が細いドライバーや樹脂接着用の工具などを使いながら、最終の組み立てに入っていた。


「規則正しい生活をしながら研究するのが私のスタイルなの。泊まり込みばっかやってたら、自堕落な生活になるだけよ」


 木城の声はここ数日の疲れが混じっているのが如実に感じられた。

 時々こうしてぽつぽつと話をしながら、お互いに担っている作業を進めていく。


 研究室の外では悠々自適な学生たちの姿が散見される。友達と他愛のない話をしながら帰路へおもむく者、大学祭に向けて活動する学生たちの活気のある声。夕刻に映える大学内の風景は、充実した学生たちの気に満ちている。

 輝かしい未来を担う在学生たちは、どんな未来を創るのだろうかと期待を寄せるように、夕陽が照りつけていた。


 空に黒幕がかけられる。すると、たちまち厚い雲が空を覆い、稀に見る大雨が降り出した。

 地を打ちつける雨は、傘を持たない多くの人々を困惑させる。やむなく雨の中を走る人たち。手傘ではどうにもならない。数秒足らずで髪は水気を纏う。排水溝を流れる音が構内の端で鳴っている。

 強弱を作りながら降る雨は、やむ気配を見せず、時間はあっという間に過ぎていく。


 関原は工具を机に置いた。ドローンを持ち上げ、回す。足の関節を手動で可動させる。納得した様子で首肯し、ドローンを置き、伸びをした。緊張していた体がほぐれ、無意識に唸り声が出る。息を吐き、振り返る。

 木城はまだ資料を作成していた。画面を見つめたまま、時折キーボードを弾いている。


 関原は部屋の端に視線を移した。教授席に置かれたデジタル時計は0時に入ろうとしている。

 関原は立ち上がり、机の間を通り抜けていく。部屋の端、段差下の手前にある腰の高さくらいの冷蔵庫を開け、買い置きしていた菓子パンやホットドッグなどが入った袋を取り出す。

 狭い流し台の上に袋を置き、栄養ドリンクをクイッと口に含む。栄養ドリンク独特の果汁と薬っぽい後味が尾を引く。


 関原の目は自然と窓に向いた。

 もやがかかったような白い窓に打ちつける雨は、まだ続いていた。時折空気を鳴らす風の音も聞こえる。栄養ドリンクを飲みながら、次にやらなければならないことを考え、締め切りに間に合うか逆算してみる。

 関原は少しの安堵感を噛みしめ、飲み慣れた栄養ドリンクと袋を持って、席に戻っていく。


「手で触らないでよ」


 唐突に木城が話しかける。木城の目は画面に向いたままだ。

 あまりに突然で、立ち止まった関原は面食らって視線で疑問を投げる。木城はわずかに関原を一瞥いちべつし、淡白な表情で口を動かす。


「糖分がついた手で触れたらつくでしょ」


 関原は心外だという風に険しい表情をし、椅子を引き寄せて座る。


「それくらい心得ているよ」


 今日関原ができることは何もなくなった。なら、部屋を後にすればいいのだが、傘を持たずに大雨の中を帰りたくはない。特に必ず帰らなければならない用件もないことだ。予定通り、泊まり込みを決めるのだった。

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