process 2 闇の研究室

 地球外生命体が人を襲った事件の続報が入ってきた。


 世界ですでに25例の類似事件が報告されており、各国は対策に乗り出している。民間の船舶の航行を規制し、海や川の遊泳・接近を禁止する国も出始めた。

 更に各国の代表が集まる国連総会では、寄せられた様々な情報を精査し、アメリカ海軍が撮った未知の生命体による事件だと断定した。これにより、各国に警戒を促す非常事態宣言がなされた。


 非常事態宣言に伴い、日本の防衛大臣の会見が明日なされるとの情報が駆け巡り、そこで具体的な政府の方針が発表される見通しだ。

 世界中で対応が急がれ、各国の国民が注目するニュースは、経済的にも社会的にも変化が訪れることを意味していた。


 そうは言っても、大学へ通う身の関原には今のところ影響は出ていない。日々、目の前のことをこなしていくだけだ。

 興味がないわけじゃない。宇宙という巨大な空間で何が起こっているのか。どんな可能性を秘めているのか。惑星たちはどのようにしてできたのか。

 他分野から刺激を受けることはたくさんある。そしてロボット工学は、この緊急事態にどのようにして関わっていき、人々の助けになり得るのか。探求せずにはいられない。


 関原は図書室から出る。素粒子物理学と書かれた本や、重力子発生装置開発の可能性という難しそうな本を持って、廊下を歩いていく。


 関原は廊下を歩きながら腕時計に目線を落とす。そろそろ時間だった。

 防衛省の記者会見を見るつもりはないが、二次元三次元にかかわらずそういった情報を目にしていると、特に意味もない時間のはずなのに気にしてしまう。


 白を配した廊下はよく清掃されており、床には埃1つない。ロボット工学科のOBが製作したという細い円柱型の清掃ロボットとすれ違い、一瞥いちべつする。

 形は車の進入を防ぐガードポールより一回り大きい。埃や砂などの小さな物なら吸い込むことができる。

 他にも液体やしつこい汚れを落とす清掃ロボットも校内を回っているため、用務員が校舎内の清掃をする必要はない。やるのはトイレ掃除と階段の掃除、校舎敷地内にある外の掃除くらいだ。


 廊下の左側に、腰壁の上に並ぶ窓の外は曇り模様で、今にも降り出しそうだ。今日は晴れだと聞いていたが、ここに来て外れる可能性が出てきた。傘を忘れてしまった関原は、タクシーを使うしかないことを覚悟する。


 関原はロボット工学科の研究室に辿りつき、ドアを開けた。中へ入ると、関原の視界に真っ先に入ってきた。

 木城が艶めいた机の上に座り、顔を下げている。椅子にシューズを履いた足を載せ、関原へ体の正面を向けている。しかし、顔はうつむかせたまま。左手を机について、右手を額に添えている。


 なんとも不思議な体勢でいる木城の様子に、関原は動きを止めてまじまじと見ていた。


「何してんだ……」


 恐る恐る関原がそう声をかけると、伏せていた顔をゆっくり上げた。長い髪に隠れた顔が露わになり、意味ありげな瞳が関原を見つめる。


「ようこそ、ここは闇の研究室。これから起こることは他言無用。うフフフ……」


 関原は不審な目を逸らし、近くの机に本とバッグを置いて丸椅子に腰かける。

 木城は無反応を決める関原に不服そうな顔をする。


「何しに来たの?」


「何しにって……」


 関原は茶色い髪を無造作に掻いた。


「ここはまず人が来ない。本を読むには最適な場所だろ」


「今ここにいるんだけど?」


 木城は腕組みをして挑発的に投げかける。

 関原は嘆息たんそくし、重ねて置いた一番上にある本を取る。


「君は研究室でガヤガヤするタイプじゃない。それに、どこで本を読もうが僕の勝手だろ」


 関原はつれない言い草を吐き、開いた本に目を落とす。


「あっそ」


 普通の人であれば、本を読むのに適した環境ではないだろう。慣れ親しんだ空間だからか、妙に落ち着く場所になっていた。なぜ理科室や科学めいた部屋がこんなにも落ち着くのかは、関原の幼少時代にある。


 幼少時代、関原は理科の好きな少年だった。特に好きだったのが機械関係。機械と言っても可愛いものである。

 動力つきの自動車模型を親に買ってもらって自分で作ったり、リサイクルショップで売っていた古いオルゴールを直したりしていたくらいだ。だが、似たようなことをしていると、だんだん物足りなくなってくる。


 もっと新しく、ワクワクするような物を作りたくなって、日々作る物が凝っていき、気づいたら大人が驚くような物まで作れるようになっていた。


 関原にとって、作ることが人生そのものだった。何かを作り続けていくうちに、たくさんのものが見えてくるのだ。

 どんな人が使ってくれるのか。どんな人の笑顔があるのか。そんなことを考えるまでに、工学というものは奥深く、その深淵を覗いてみたくなる。飽くなき探求心を胸に宿し、日々創造していた。


 そうしていく間に、時間は過ぎ去っていく。

 10分の時間、周りにまったく関心を示さなかった関原だったが、鈍い大きな音が鳴って、集中力が途切れてしまった。

 関原は唐突に鳴った方へ顔を向ける。すると、素早く体がさえぎった。デニムにシャツ姿の体がスクッと立ち上がり、関原に真顔を突きつける。赤いメガネの奥は、何見てんのと言いたげに牽制けんせいしていた。


 あきらかに変だった。顔は平静を装っているが、口を開けば人をもてあそんでいるかのような言葉をつらつらとしゃべるのに、無言の圧力でもって意を示す態度はらしくない。


「なんだ?」


 たまらず、関原から口を開いた。


「べつに」


 静寂が木霊する。互いに視線を交わし、微動だにしない。

 関原は黒目を別のところへ向けるも、すぐに木城を捕捉し直す。妙な緊張感を察知し、眉をひそめた。


 関原は唇を結んだまま、手元に視線を移す。まだ数ページしか読んでない本を閉じ、立ち上がった。

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