3.科学の道を選ぶ者たち

process 1 ライバル

 課題やレポート、研究。毎日何かに追われているような、そんな日々。やってもやってもどんどん追加されてくる。

 それが当たり前の生活になってきた。要領もある程度分かってきたのもある。苦にも思わなくなって、充実した日々を淡々と消化する。


 扇状に広がる講義室にいる生徒たちを見渡しながら、浜浦教授が背にしている教壇では、電子プロジェクターが垂れ下がっている。フレームはなく、ホログラムで浮かび上がらせている。

 浜浦教授の声は薄暗い大きな部屋の中によく届いているが、浜浦教授の感覚では普段の声量と変わらない。ストライプの入った水色のTシャツの胸元にピンマイクがついており、それが声を拾い、壁につけられた3つのスピーカーが拡散していた。


 浜浦教授が1つの話題を話し終え、教卓の上に置いたパソコンに向かい、右下に表示された時間を見て、予定通りに終えたことを確認する。


「じゃあ、次週は人と機械の適合化による社会生活についてやろうと思う」


 電子プロジェクターが消えると、部屋の中が明るくなった。それを合図にするかのように生徒たちが続々と席を立つ。


「ああ、木城君、木城君はいるかい?」


 浜浦教授の声がスピーカーから流れ、友人と話しながら机の上にあったタブレットや教材、資料をしまっている木城は、面食らった様子で浜浦教授を見やり、手を挙げた。

 浜浦教授が木城を捉えると、見つけたことを知らせるように軽く手を挙げる。


「木城君、今日空いている時間があれば私の研究室に来なさい。話しておきたいことがある。時間をメールで伝えてくれ。調整するから」


 講義室に残っていた生徒たちは反射的に2人のやり取りに注目していた。

 同じ講義を受講していた関原にもそれは届いていた。


「おい、関原」


 すると、隣から何か言いたそうな微笑みを漏らした杉原が顔を寄せてきた。


「なんだよ」


 関原は顔をしかめながら警戒心をかもした。


「気ぃ落とすなよ~」


 関原は余計な心配をする杉崎に嫌気が差す。


「どういう意味だよ」


 なんとなく言いたいことを察しながらも話に乗る。

「お前だって浜浦教授に一目を置かれてる。だから、気にすんなって言ってんだよ」


 杉崎は何もかもお見通しであるという風に、ニタリと笑って励ます。


「心配してくれてありがとう。こう言えば満足か?」


 関原は素っ気なくため息交じりに返す。


「刺々しいなぁ。そんな露骨に呆れなくてもいいだろ」


「君のお節介を一生分聞いたら、誰だって呆れるよ」


 関原は席を立ち、講義室を出ていく。杉崎も後をついて廊下に出る。

 羽目殺しになった窓ガラスが壁面の役割を成している階段の踊り場へ、他の学生と行き交いながら下りていく。


「僕は浜浦教授に好かれるためにロボット工学を勉強しているわけじゃない」


「まあ、そりゃそうだろうけどさ」


「僕は好きでロボット工学を勉強しに来ただけだ。もし浜浦教授の研究室で働けなくても、僕はいいと思ってる。ロボット工学の分野で働く場所なんて、世界中のどこにでもあるわけだし」


 そう口にした関原だが、すべて吐き出した後には、ほんのり痺れを持った苦味が喉の奥へ入り込んだ。

 階下へ向かう関原の背に、太陽の光が煌々こうこうと照らす。能面を決めた顔を、太陽は見送るのだった。


 関原は本日すべての講義を受講し終え、自宅でまったりと過ごしていた。

 石膏せっこうボードを貼りつけ、見映えよく塗られた壁が周りを囲む5畳半の部屋。

広くはないが、物を溜め込まない工夫をすれば、快適に過ごせる場になる。必要最低限の物だけを集約させた部屋は、実に効率がいい。関原のしょうには合っている。


 小さな本棚には教材の本がずらりと並び、はだけた掛け布団が載るベッド、機器工具やらパソコン機器類などが入った柳製のバスケットがあったり、日用品や文房具を入れるシンプルなチェストが整然とした生活感をいろどっている。

 机もシンプルで、本を立てるブックスタンドもない。今机の上にあるのは、パソコンと白いマグカップに入ったコーヒーだけだ。


 関原の目はパソコン画面につきっきり。SNSのグループチャット画面が毎秒ごとに更新されていき、文がどんどん上に流れていく。

 時々こうやって科学や数学のことを話して、学んだことから応用できるものを考えてみたり、未来にはこんな物ができる、あるいはできてくるんじゃないかと色々話題が飛び交っている。


 大学から離れてもやることは科学的なこと。深く体に染みついた科学オタクのさが。温かいコーヒーを一口含み、舌に残る苦味を吐息といきする。これが関原のオフタイムだった。

 本人はストイックなつもりはない。好奇心がそうさせる。

 心浮き立つ感覚は、好きな音楽を聴いた時に感じる高揚と酷似していた。


『今度のnwrcのグランプリは誰になるかな』


『今回は第一候補がいないかもしれないからチャンスかもね』


『いやいや、外国勢にも有力候補はいるから、お前にチャンスが巡ってきてるわけじゃないだろ』


『冷めること言うな』


 数分くらいずっと会話を眺めていた関原は、突き動かされたようにキーボードを打った。


『第一候補がいないかもしれないってどういうことだ?』


『あれ、知らないの関原君?』


『同じ大学で同じ学科、しかもゼミまで一緒なのにw』


『仕方ないだろ。バチバチやりあってる2人なんだからw』


 ここでもイジられ、関原の顔がゆがむ。


『質問に答えてくれ』


『まだ作品、出されてないぞ』


 関原は驚愕のあまり一瞬固まった。いつもの木城ならもう出していておかしくないはずだった。

 残り2週間もない。何かあったのだろうかと考えてみると、今日浜浦教授に呼ばれていた光景が思い浮かぶ。しかし、木城のことだ。もう仕上げに入って間に合う見通しも立っているに違いない。

 湧き上がろうとしていた気の迷いを押し込め、強引に納得させる。


『そうだったのか』


『これでお前にも注目が集まるぞ』


『帝明光大学大学院代表、関原崇平君』


 関原は茶化しに入ったネット仲間のノリに微笑する。


『代表制じゃないだろ。あくまで個人戦だ』


 確かに木城がコンテストに出られなくなれば、優勝できる可能性は高まるし、注目も浴びやすくなる。各国の研究機関から声がかかることだってある。でも、果たしてそれで満足できるのか……。


 関原は机に肘をついて口元を触る。画面を見つめる瞳は離れぬまま。

 チャット画面が流れていく間も、関原の頭は同じことばかり考えていた。

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