process 5 世界の話題

 それから1ヶ月が過ぎ、春から夏へ向かう準備を進める季節となっていたが、すでに暑さがやってきているようで、じんわりと汗が伝う日も多くなっている。


 作業服姿で、人型の機械の試作品の腕にある神経モジュール交差受信部の製作の一部を手伝う。


 ほとんどの作業はベルトコンベアに固定された様々な種類のロボットアームにより製作されるが、神経伝達測定器の試験動作確認と小さな破片やゴミの除去作業は人力だった。

 作業は協力してくれる企業の作業員の説明を聞きながら、メカトロニクス概要論を受講する生徒が交代で行った。

 講義が終わり、それぞれ現場解散となった。


 工場を出て、杉崎と共に歩道を歩く。


「あ~シャワー浴びてぇ……」


 覇気のない杉崎の声がため息交じりに鳴いた。

 工場の中は外の気温よりも少し高かった。鋳造工程などがあるため、どうしても中の温度が上がってしまうのだ。

 そのおかげで作業服の中の肌着やら下着やらはびしょ濡れになってしまう。さすがにネットカフェのように簡易のシャワー室はないため、できることは大型のタオルを持参の上、清拭をするくらいである。


「……なあ」


「なんだ?」


 関原は工場内の廊下にあった自販機で買った飲料水を口から離し、杉崎へ目をやる。


「最近、木城来ないな」


「そうだな」


 関原は興味なさげに応える。


「なんでかな?」


「さあ、体調でも悪いんじゃないか?」


「やっぱりそう思うか?」


 関原は今にも溶けてしまいそうな杉崎をジトリとした視線を投げる。


 別の日、大雨が降り注ぐ本日。こうなると外でくつろぐ者はいなくなる。

 そうして何気ない日々を繰り返してく。誰だってそう思っていた。

 しかし、今日は何かが違う。原因は誰もが分かっていた。


 顕著な症状はどこでも見られる。講義室、自習室、廊下、食堂。口々に同じ内容を話していた。


 関原も科学の研究に従事したいと思う身だ。関心があったのは間違いなかった。


 ゼミでは環境型建築ロボットの可能性について1時間ほど議論が交わされ、解散の頃合いを見計らった浜浦教授が腕時計に視線を落とす。


「そろそろ、終わりにしようか」


「先生、質問してもよろしいですか?」


 1人の女子学生が手を挙げる。

 浜浦教授は「なにかな?」と快く受ける。


「漁船の乗組員が襲われた事件って、宇宙船に乗ってきた地球外生命体の仕業しわざって、本当なんですか?」


 空気が変わった。ずっと話したくて仕方がなかったという風に、女子学生は前のめりだった。浜浦教授は微笑み、「ああ、そうみたいだな」と頷いた。


「でも、あの写真がホンモノかどうか分からないじゃないか」


 女子学生の1つ先輩にあたる男子学生が疑問を投げかける。


「アメリカがそんなウソをつく理由がないもの。絶対そうよ!」


 朝からずっと、今日はどこもかしこもその話題で持ちきりだった。

 事の発端は、世界でしのぎを削り合っている宇宙開発事業での事故だ。



 大規模な太陽フレアによる影響で、宇宙の環境は様変わりした。

 地球周回軌道でまわっていた人工衛星は、ほとんど使い物にならなくなり、多大な混乱があった。

 それがおよそ15年前。金星へ飛ばす技術は確立されていたため、すぐに着陸調査のプロジェクトは着手された。


 日本の乗組員が調査に入ることもあって、日本のメディアでもよく見られたが、当時はその話題を口にしたがる現象は起こらなかった。


 金星への着陸に成功したとの吉報が入って————それから間もなく、乗組員との通信は途絶えてしまった。


 それから7年の月日を経て、行方不明になっていた宇宙飛行船が宇宙空間で観測された。金星から飛び立ったのだろうとの推測から、地球に向かっている宇宙飛行船の軌道を予測し、関係機関が保護に向かった。


 宇宙船が発見された時には海上に不時着しており、海の底に沈んでいた。船内を捜索したが、乗組員の発見には至らず。宇宙船には誰もいなかった。


 大気圏内に入った時に緊急脱出をした可能性もあるため、付近を捜索するとの方針が示され、話は流れた。


 そして、宇宙船の乗組員の安否が不明の中、入れ替わるように別の話題が世界のニュースに躍り出た。漁船が何者かに襲われる事件が頻繁に起こったのだ。


 何かをぶつけられたような跡が船体のいたるところに残されており、船内には乗組員の死体が転がっていた。

 また、殺され方は異様の一言に尽きる。鋭い突起で鼻や耳などを貫かれていた。それは脳にまで達していて、あるはずの脳は丸ごとなくなっていたのだ。


 世界を震撼させる猟奇的殺人事件は、世界中で報告されており、海賊や国際犯罪組織の仕業しわざなどの憶測が飛び交うこともあった。


 しかし、それらを吹き飛ばす情報が、アメリカ政府からもたらされた。

 アメリカ海軍により撮られた1枚の写真。船体に並んで泳いでいる生物は顔を出してカメラの方を見ている。トカゲにも見えるものの、あまりに大きいその姿は、誰にも呼称できない未知の存在であった。


 酷似する数々の事件が海上で行われていることや殺害方法の猟奇性を踏まえ、アメリカ海軍が発見した生物による犯行の可能性が高いとの意見が多く挙がっている。

 そんな映画みたいな話がアメリカ政府の公式発表で行われてしまっては、不安を抱かざるを得ない。


 一方で、遠く離れた場所で起こったことなど知らないと、現実味のない話に好奇心すら覚える人もいた。

 日本ではどちらかと言えば後者の考えが多い。関原も、部屋の中の空気からそれをひしひしと感じることができた。

 注目の話題が交わされたせいか、本題よりも熱がこもっている。

 真ん中の席で腰を下ろす浜浦教授は、微笑しながら白い口髭を撫でつつ、口を開いた。


「まだ詳細が分からないからなんとも言えないところもある。だが、もしあの生物が地球外生命体で、世界の海で人を襲っているとしたら、人類の脅威になるかもしれない」


 浜浦教授は自身の発言を噛みしめるかのように低い声で話し、2つの肘をついて両手を絡ませた。

 厳粛な雰囲気を放つ浜浦教授に学生たちの勢いが鳴りを潜め、不安を誤魔化すための明るい空気を打ち消してしまった。

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