2.犬猿の仲

process 1 プレゼンテーション

 帝明光みかどめいこう大学大学院。茨城県にある学園都市に作られた、創設18年とまだ歴史の浅い大学ではあるが、理系学生たちが一度は憧れを抱く大学の名として有名になっていた。


 その知名度を上げた立役者的学科がロボット工学科。

 世界の科学雑誌に載るほど有名な教授を迎えたこともしかり、日本でもロボットやAIなどのテクノロジーに注目が集まっていることもあって、日本有数の難関大学の名を手にした。


 未来的なスタイリッシュさを感じさせる大学構内にある、理工学部棟の一室では、ロボット工学科のゼミで出された課題について発表が行われていた。

 机と棚、本やファイルなどがある薄暗い小さな部屋で、学生たちがテーブルを囲み、前に立つ女性の話に耳を傾けている。


「この3つの対策を取ることで、クマの被害を減らせると思います」


 肩甲骨まである金髪、赤いフレームのメガネの女性——木城満穂きしろまほは、彼女の横にあるボードに映る図と、それを解説する文字を指示棒で差しながら考察を述べていく。

 前で発表する木城の話しぶりは、この大学で教鞭きょうべんる先生みたいな素振りだった。


「更に、農業への被害も格段に減ることが期待されるでしょう。以上です」


 木城の話を聞いていた関原崇平かんばらそうへいは、渋い顔をして木城を睨む。関原の視線に応えるように、木城は視線を合わせ、薄く笑った。

 その時、パッと電気がついた。

 四方形の深い茶色の机を囲む10人の大学院生の視線が、一様にゼミの先生である白髪の男——浜浦零豪はまうられいごい教授に向いた。


「ありがとう木城君」


 木城はボードの近くの席に座る。

 浜浦教授は両手を後ろで組み、白い口髭の間から覗く口に笑みを携える。


「うん、非常に面白い。今木城君が発表してくれたことについて、何か疑問点や意見を」


 すると、早速関原が手を挙げた。

 それを見た周りの院生たちの顔が引きつる。


「はい、関原君」


 白髪の男は関原を指名する。


「クマの餌となる人工のフキですが、これを山中に撒いたことにより、人工のフキしか食べなくなることは考えられませんか?」


「どういうことかしら?」


 木城は腕組みをしてニヤリと笑む。


「味を覚えたクマがえり好みをし、逆にクマが街に降りてくる可能性があります。人工のフキが人間により撒かれたものだと理解し、餌を求めて街に下りてくるのではないでしょうか?」


「もちろん、絶対に下りてこないわけじゃありません。ですが、このレポートで示したのは、あくまでクマが街に出没する可能性が減るということ。ちゃんと資料を読めば、そう主張していることは言うまでもないと思うのですが?」


 同じ机を囲む院生たちはそれぞれ『始まってしまった』ことを悟った。


「僕が懸念しているのは、これまで以上に増える可能性です。この資料によれば、人工のフキの栄養価がとても高い。山中で自然に育つどんぐりや山葡萄などとは比べ物にならないレベルです。これを山の中に撒くとなれば、人を襲う可能性は上がるのではないでしょうか」


「あえて栄養価の低いものを山の中に撒いても、クマは食いつかないわ。第二の対策として、2045年論文の遠離芳香えんりほうこう剤を使えばいいわけだし、実績は周知のことでしょ?」


「まだあります」


 木城は呆れたと言わんばかりに嘲笑ちょうしょうする。


「今回実験の被験者となったのは動物園で飼育されているクマです。このレポートで対象となるはずのクマは、自然の山に棲むクマのはずです。動物園で飼育されているクマと山に棲むクマを同一視するのは妥当性に欠けるのでは?」


「動物園で飼育されていたクマは、2ヶ月前に街に下りてきたクマで、山に返す前に動物園が飼育したいと名乗り出て飼われるようになったクマよ」


「なら、資料にそう記しておいてください」


「それはごめんなさい。それくらい分かってるものだと思ってたわ」


 ギスギスした空気に気圧けおされる院生たち。白髪の男にいたっては苦笑いを浮かべて2人を見守るばかり。

 院生の1人が、どうにかこの空気を変えようと、勇気を振り絞って口を開いた。


「だ、だけど、クマの棲む山に餌を撒くのは斬新な発想ですね」


 ぎこちない笑みを浮かべる院生の杉崎東里すぎさきとうりはそう切り出した。


「そうだな。食べられなかった餌は、山で育って木になって実を落とすのもいいと思う」


 ゼミの中で古株の院生の男が杉崎に同調する。


「ありがとうございます」


 木城は自然な笑顔でお礼を言う。


「人が餌を撒くのもいいけど、山の傾斜や地面の環境に長けたロボットが餌を撒くのもいいんじゃないか?」


「ああ、それいいですね!」


 杉崎は興奮した様子で先輩のアイディアに感嘆する。

 関原は一変した空気に出る幕を失くし、厳しい表情で視線を逸らした。

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