世界は愛で包まれている~two souls of the mechanic~

國灯闇一

1.昔のふたり

process1 室長の歓迎会

 東防衛軍基地。防衛省が管轄する地球外生命体——名をブリーチャーとも呼ばれる専門対処基地の1つである。


 新たな人類——ウォーリアは今やブリーチャー殲滅に欠かせないヒューマンリソースとなり、各国は重宝していた。その分ブリーチャーに狙われやすく、サポートする一般人も基地に住んでいる。


 防衛省関係者も住んでいるこの施設では、数千という自衛官、ならびに技術士たちが、日々日本の安全を守るためにそれぞれの仕事に邁進まいしんしている。

 中でも、国民の注目度が高いのは、攻電即撃部隊こうでんそくげきぶたい通称【ever】と、防雷撃装甲部隊ぼうらいげきそうこうぶたい通称【over】。日本が誇るブリーチャー対策専門の殲滅部隊。

 命を張って戦う姿は、国民の目に映りやすく、時に英雄と称される。


 しかし、彼らは機体スーツという機械を身に纏うことで、やっとブリーチャーという驚異的な能力を持つ生物に対抗できる。機体スーツなくして、ウォーリアは英雄になれはしない。


 また、彼らの特殊な体を戦闘に特化させるためには、様々な工夫が必要である。

 科学的アプローチによる心身のサポート、組織的防衛戦略の立案・運用、防衛費や物資の支給。これらの環境を整備できるからこそ、多くの国民が今を生きられていると言っても過言ではないだろう。


 最近になって、東防衛軍基地に転属となった木城満穂きしろまほも、隊員を支えている1人である。そして、一部の隊員と技術士の厚意こういにより、木城の歓迎会をやることになった。


「では、木城満穂室長の歓迎会を始めたいと思いまーす!! はい、拍手~~~!!」


 座敷の一番端の席につく特殊整備士の海堀詩音かいほりしのん音頭おんどをとると、拍手が木霊こだまする。テーブルには水の入った6つのグラスと箸、それとおしぼりが並んでいる。

 竹中由姫子たけなかゆきこ隊長と島崎いずな、防雷撃装甲部隊over所属の生島咲耶いくしまさや隊長が軽く拍手をする中、同部隊所属の栗畑かりんは楽しそうな様子で音を立てていた。


「あなたたちまで来てるとは思わなかったわ」


 木城は対面に座る生島咲耶に舐めるような視線を向けて言う。

 生島は透明感のある顔をしかめる。


「詩音にどうしてもと言われたので、仕方なくです」


「咲耶ちゃんに祝ってもらえて嬉しいな」


 木城は不敵な笑みを浮かべる。


「そのいやらしい笑みで見ないでください。セクハラです」


「そんな警戒しなくてもいいじゃない」


 木城はおどけるようにねてみせる。


「あれ? 隊長と木城さんってお知り合い?」


 栗畑は交互に2人を見やる。

 すると、木城は腕組みをして饒舌じょうぜつに語り出す。


「咲耶ちゃんが防衛軍に入った頃、日本はウォーリア遺伝子の検査はできても、女王クイーンの遺伝子を判定する技術がなかったの。それで政府間で調整して、アメリカの科学技術部が訪問して検査したのよ」


「ああ、その科学技術部の訪問団に木城さんがいたんだ?」


「ご名答」


「よくよく考えれば、色々おかしかった」


 生島は恨めしく木城に視線を突き刺す。


「検査するだけなら、検体をアメリカに送ればいい。わざわざ訪問する必要がない」


 木城は不服そうな表情になる。


「私の意向じゃないわよ。アメリカだって、女王クイーンがいなくて焦ってたんだから、その検体をくすねてクローンでも作れたらなぁとか考えてたんでしょ」


 生島と木城の間に生じている空気を悟り、竹中が呟く。


「何やらワケアリのようだな」


「……うん」


 いずながまじまじと2人のやり取りを見ながら首肯する。


「そのワケを知りたいと思わない? 思うよね!?」


 海堀はニタニタとした顔つきであおり出す。


「おもーう!」


 栗畑が箸を持った手を高々と突き上げた。


「かりん、はしゃぎ過ぎ」


 生島が栗畑をたしなめる。


「えーいいじゃないですかぁー。隊長の初々しい時代を聞けるなんて滅多にあることじゃありませんから」


「咲耶ちゃんが入隊した当初は10代だったもんねぇ。それはもう初々しかったわよ~。ほんと肌がスベスベで、ずっと触っていたくなっちゃうくらいね」


「はえ?」


 栗畑は首をかしげる。

 嘆息たんそくした生島の顔は少し赤らんでいる。


「いや~アレは過激だったね~」


 海堀は何かを思い出すかのように目を瞑りながら噛みしめ、何度も頷いている。


「せっかくいいところだったのに邪魔されちゃったのよねぇ」


 木城は心底残念そうに言う。


「よくもまだ政府の職に就けてますよね」


 生島はモノトーンな口調で嫌味を吐く。


「まあ優秀だからね~」


 木城は茶色の横髪を耳にかけて自慢げな顔をする。


「で、何をされたんだ?」


 竹中は飽き飽きした様子で問いかける。


「そりゃあもう、体の隅から隅まで調べまくっていたんだよ!」


 海堀は興奮気味にまくし立てた。


「わーお!」


 栗畑は誇張したリアクションで盛り上がりに発破はっぱをかける。


「検査よ。けんさ」


 そう言うと、木城はコップの水を口に含んだ。


「そういえば、関原崇平とも知り合いって聞いたけど」


 いずなは気になっていたことをおずおずと口にする。


「ええそうよ」


「うちの部下も話してたな。関原さんと木城さんが機体スーツ開発のメンバーだったとか」


 竹中隊長は記憶を辿りながら口にする。


「へー! すごいね」


 栗畑は感嘆の声を上げる。


崇平そうへいとは防衛軍基地ができた頃から知り合い、ですか?」


 いずなはためらいがちに聞く。


「いえ、もっと前。大学の頃からよ」


「そうだったのか」


 竹中は少し驚いた顔で言う。


「長さなら、詩音の方が付き合い長いんじゃない?」


 木城は視線を海堀に投げる。


「んーまあ直属の上司だしねぇ」


「あの人、なんか素っ気ないよねー」


 栗畑は眉尻を下げて話す。


「そうか?」


 竹中は半疑を投げかける。


「そうだよぅ。すごい丁寧な対応してる風だけど、用事と関係ない話をすると興味ゼロが顔に出てるからつまんないんだよねぇ」


「それが関原崇平っていう男よ。人付き合いっていうものをわずらわしいって思うタイプだから」


 そう語る木城は笑みを咲かす。


「あ! いいこと思いついた!」


 栗畑は両手を合わせてパチンと鳴らし、黄色い声を上げる。すこぶるはしゃいだ栗畑の声は、みんなの視線を集めた。


「木城さんの歓迎会ですし、昔の話、聞かせてくださいよ!」


「昔?」


 木城は怪訝けげんな顔をする。


「木城さんの学生時代の話とか、関原さんとはどんな感じだったとか!」


「あーいいね~。私も満穂さんの大学時代は知らないから興味あるかも」


 海堀は栗畑の意見に賛同する。


「期待するほど華やかな大学生活じゃないわよ?」


 木城は澄ました表情で無駄に上がっているハードルを下げようとしたが、2人の目色は輝きに満ちている。


「それでもいいの! 今日の主役は満穂さんなんだから」


 木城は、なんでそんなに人の過去に興味を持つのかよく分からないといった表情で困惑する。と、妙に熱い視線を感じ、視線を向けた。前のめりになっているいずなが無言の圧力をかけてきている。

 木城はこれは逃げられそうにないと観念した。


「分かったわよ。話せばいいんでしょ話せば」


 木城は投げやりな口調で言い、戸惑いながら話の切り出しを思案する。


「そうね……。私の大学時代。関原あいつと私、そして、私たちの恩師。私たちは彼の意志を汲み、あの機体スーツを作ることになった」


 木城はふわりと微笑する。


「あの時から、すべてが始まった……」

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