第10話 ホワイトクリスマス。
十二月初めに夜美の絵が完成した。
自分でも納得の出来と言うか、実力の120%の渾身の出来映えとなった。
「これ夜美か? 別人に見えるわ。観音様みたいやないか?」
「わたしも同意見。でも、ここまでのレベルの作品、アルゴに無いじゃない? オークションに出したら、美術品として最高の額がつくこと間違いないと思うわ」
夜美は言葉を失った様子で頬を上気させて、絵に見入っている。
「気に入った?」
そう尋ねると、夜美は潤んだ瞳をウルウルさせて、僕を見つめたと思うと、両目から滝の様に涙を流し、僕に抱きついてきた。
「ありがとう。本当にありがとう! 家宝にするわ!」
その姿を見て、のりちゃんと二条院の二人は、
「熱いね! お二人さん!」「焼けるわ。スター・ドラゴンさん、わたしもこんな風に描いてくださいな」とはやし立てる。
「このレベルを求められても無理ですよ。夜美への愛が描かせた作品ですから」
「恥ずかしいことを言わないで!」
夜美は抱きついたまま、僕の腹の肉を捻った。
二条院さんは、それを見て「キャーッ!」と叫んで、こう続けた「恥ずかしい台詞禁止! 恥ずかしい態度禁止!」
「せやけど、スター・ドラゴンはん? こんだけの作品。今度出す画集に収めなくて良いの?」
「夜美の為だけに描いた作品だからね。それに他の作品とタッチが変わるから、バランスが崩れるんだよ。で、夜美。これから画集と同人誌の制作に入るから、週に一回。三時間しか会えなくなるけど、良いかな?」
「我慢するわ。それにわたしもスケジュール無理してきたから、その方が平常勤務に戻りやすいわ。」
「じゃあ、これから金曜日の夜に午後7時に待ち合わせで良いかな?」
夜美は僕の手を両手で握ると、
「楽しみに待ってるわ!」と目を輝かせた。
「あぁあ~~」
のりちゃんと二条院の二人が同時に大きく息を吐いて、言った。
「この二人。相手のことしか見えていませんわ」
「そうやなぁ~ せやけど、あの夜美が男しか見えなくなるなんて思わへんかったから、良いことやん。祝福したろや?」
「あの夜美に男なんて、先超されるなんて、不条理だわ。悔しいわ。のりちゃんかて、そんな気持ちあるやろ? そりゃ、祝福するけどね」
二条院五月が壁に飾り付けた絵を睨む様な顔で言った。
僕は夜美とじゃれるのを止めて、のりちゃんと二条院さんに向き直る。
「あっ。すいません。お二人のこと忘れた訳じゃないですよ」
「ごめんね。のりちゃん、五月。で、更に申し訳ないけど、今日は二人っきりにさせてくれない?」
夜美の言葉に二条院さんとのりちゃんは二人合わせて目を合わせ、二人して抱き合い、高い奇声を上げた。
「夜美に言われちゃ、訊くしかないわね」
のりちゃんは笑みを含んだ瞳を僕に送って来た。
「すいません」
僕は二人に深々とお辞儀をした。二人きりになると、夜美は僕に抱きついた。
「ぎゅっとして」
夜美が甘える。僕は夜美を抱き返す。
今のところ僕たちの性的接触はここまでだ。一度、キスをしようとしたことがあるが、夜美は驚いた様に目を丸くして、顔を背けられた。「ごめんなさい」と夜美は言った。謝ることじゃないと伝えたが、白けた空気が流れた。夜美のリアルの過去を思えば、こういう態度も頷ける。だが、夜美は僕の欲求に応えられないことに深い罪悪感を覚えたようだ。
「……なんとかするから……クリスマスまでに治すから。イブまでに絶対なんとかするから……」
俯いて、何度も呟いている。
僕は夜美の頭に手を乗せて撫でる。イブには『アキハバラ』の北の山脈の中腹に位置する建物全部が巨大な大理石をくり抜いて作った遺跡で、神々が棲み処と言う伝説のある広く大きい高級ホテルを予約している。ここからはイブの夜に『アキハバラ』のそこかしこで打ち上げられる花火を一望出来る。
近くの川で捕れるウナギによく似た「ハンザ」と言う川魚の料理で有名である。部屋は最上階のスィートをのりちゃんが予約してくれている。「夜美には内緒やで」イタズラっぽくのりちゃんは笑ったものだ。
「同じホテルでジョンさんも部屋を取っとるで。プロポーズやってな。ワラやで、ホンマ」
のりちゃんの言動には「リア充。爆発しろ!」という気配が感じられた。
毎週金曜日のデートと言っても、クリスマスまで三回しかない、僕はアリスお姉さんに全てを話し、その対処を尋ねた。
「なんで、わたしにそう言うこと訊くのかな~」
アリスさんは、そう言いながらも、「とにかく、貴方から手を出しちゃダメよ。彼女から自分の過去を話せる様になってからじゃないといけないわ」
もっともだと思った。アリスお姉さんはアルゴから『観光案内アキハバラ』と言う雑誌形式の電子書籍をダウンロードさせて、僕のノートに転送してくれた。国そのものが巨大なアミューズメント施設の様なこの国では、派手な刺激が味わえる巨大ジェットコースターや、定番の観覧車などが、各市にある。北の山脈から、夜の『アキハバラ』を見渡せば、そこには100万ドルの夜景が広がっている。そんな夜景の底を、僕・スター・ドラゴンと夜美は手を繋いで観光していた。
「手を繋ぎましょう」
夜美がいきなり、そう言い出したので、僕は驚いた。
「ダメ?」
夜美が下から見上げながら、祈るように手をくんでいる。好きな女にこう責められて、断れる男がいるのだろうか?
僕たちは、恋人繋ぎで『アキハバラ』の王都・ワルシャワの歓楽街を歩いていた。
僕は高級スーツに柔らかい羊の皮に黒に近い緑に染めたコートに身を包んでいた。このコートは僕が『虐殺都市』と言う小説のアニメ化で、イラストとキャラクターデザインを手がけた作品のものだ。アニメの小道具はグッズ化され、どういう訳か、その売り上げの一部は印税の形で僕の口座に振り込まれている。
夜美は白磁のような下地に椿を大きくあしらった振り袖を着ている。コスプレ姿の老若男女がクリスマスモードではしゃぐ中、僕ら二人の格好は異彩を放っていた。
「妙なコスプレが目立つね。あんな作品ないと思うけど……」
「どれ?」
「たとえば広場の噴水の側に腰をかけているアベックとか」
そのカップルは白い皮鎧を身につけた銀髪のエルフと、そのエルフに首輪をつけられ、鎖を握られている、黒い皮鎧のダークエルフだ。
夜美はそちらをチラリと見るとクスクスと笑った。
「あれはシルフィア様とドロス様のコスプレよ」
「誰? それ?」
「ウソ! 知らないの? 七大英雄の第一座と第三座の怪物よ。DVDもたくさん出ているでしょう?」
「俺、最近アニメですらまとめサイトで読んでるんだよ。後はイラスト描いているか、寝てるか、アルゴにダイブしてるかだよ」
「あ、そうか。ダイブしても王城から出たこと無かったものね。シルフィア様は高位エルフで現精霊王よ。血風隊と言う軍を使役して、法王様の命で戦に赴くの。わたしとのりちゃん、五月は血風隊のメンバーなのよ。」
「ドロスはなぜあんな扱い受けているの?」
「ドロス様は、どんなに振られても、シルフィア様に付き従っているの。それで、私生活ではシルフィア様はドロス様に首輪をつけていると言う噂が広がっちゃってね。ああいうコスが増えたのよ」
「実際はどうなの?」
「あのお二人の関係は複雑で、わたし達にはわからないわ。でも、いくら、シルフィア様でも首輪をつけたりはなさらないと思うわ」
「シルフィアはまともなんだ。だとしたら、そのドロスと言う人もシルフィアも気の毒だね。モデルとなる人物への誹謗となるコスプレは関心しないな」
「ドロス様はダークエルフで、剣の腕ではアルゴ一と言う方よ。本人がここに来たらコスプレ連中は恐怖で失禁するでしょうね」
「そんなに怖いの?」
「気を放たれたら、わたしなんか身動ぎ出来なくなるわ」
「そう言う男なら、一度、絵にしたいな」
「今度、お伺いしてみるわ。でも、絵にするのなら、なんと言ってもシルフィア様よ。アルゴ三大美女の筆頭よ。お姿はまるで天使よ」
「僕の天使は君だよ」真顔で言うと、
夜美は真っ赤になって、ぶんぶんと顔を振った。
「シルフィア様を知らないから言えるのよ。その美しさから魅了の魔法が放たれている様なお方よ。慈母の裁きと言ってシルフィア様に殺される相手は虜にされて、笑みを浮かべて死ぬのよ!」
「じゃあ、シルフィアに会うのは避けよう。君以外の天使なんていらないからな」
「なによ! 恥辱責めしてるの?」
夜美は僕の胸をポカポカと叩いた。僕はそれをギュッと抱きしめる。夜美は体の芯から力を抜いて、全身を僕に任せる。僕は夜美の唇に軽くフレンチキッスをした。数度、フレンチキスを交わしてから、お互いにお互いを求めてディープキスをした。
アルゴでのディープキスは互いの遺伝子情報などのやり取りでもある。儀体は性を抵抗なく深く楽しめる様、思考が快楽を求めると、性器から媚薬が分泌され、脇の下からフェロモンが分泌される仕組みだ。ディープキスも興奮が高まると媚薬が分泌される。
夜美は目がトロンとして、股を無意識に僕の足にこすりつける。
「ホテルへ戻ろうか?」
僕の言葉の意味を察して、夜美は恥ずかしげに頷いた。
部屋に入ると、夜美は主電源を切り、部屋を真っ暗にした。僕は驚きに声を漏らす。夜美が後ろから僕を抱きしめる。
「お願い。わたしの好きにさせて……」
蚊の鳴くような声で夜美が言う。僕は背筋を伸ばし、頷いた。
ホテルの部屋は街に面して、大きなガラス戸となり、百万ドルの夜景とメリーゴーランドが見える。ガラス戸の外に露天風呂があり、湯に浸かりながら景色が楽しめる。花火の打ち上げが始まれば、温泉に浸かりながら、180度の角度で花火が眺められるのだ。
などと考えているうちに、僕は全裸にされていた。僕の一物はディーップキスの時から、勃起しっぱなしだ。夜美はおそるおそる一物を握る。掌の感触に一物がビクンと大きくなる。
「グロテスクな造形だと思わない?」
「この間まで思っていたわ。初めて貴方のを握った時、可愛い。愛しいと感じたわ。貴方のだけは可愛くて愛しいわ。不思議ね。造形だけ見たら唾棄すべきものなのに……」
夜美はそう言ったと思ったら、跪いて、僕のを咥えた。背筋をゾクッとする快感が走った。僕は着物の襟元から手を突っ込み夜美のロケットオッパイを愛撫する。乳首を指で転がしてやると、夜美の体がピクンと跳ねた。
「夜美。君も脱ぎなよ。もうすぐ花火が始まる。風呂へ行こう」
ドーンと腹に響く音がして、眼前に大きな光の華が咲く。
僕たちはそれを見上げて声を失う。夜美は僕の両足の間にすっぽりと収まると、背中を僕に預けた。うなじを舐めてやると艶っぽい声が漏れた。
夜美は「話、訊いてくれる?」と、僕の顔を見ない姿勢でリアルの自分の過去を語った。
話し終えた夜美を僕は後ろから抱きしめる。夜美の尻の谷間に僕の一物が挟まる。
「あ、あぁ、ぁ~」
もう堪らないと言う声を夜美が上げる。
「大丈夫になった?」
「大丈夫じゃないよ。だけど、貴方ののは特別……あ、ああ、あああああ」
夜美は腰を上げたかと思ったら、片手でぼくのを握り、一気に挿入した。そしてリズミカルに腰を振る。儀体だから破瓜の痛みなどはない。夜美の好きにさせていたが、異常な快感に堪らなくなり、僕は激しく腰を振り、後ろから夜美を突き倒した。予想外の僕の乱暴な動きに、夜美は「死ぬ! 死ぬ! 許して!」と意味不明な叫びを繰り返し、僕が達するまでに三回意識を失い、僕が達して大量の精液を夜美の膣に放出すると、狼のような遠吠えを上げて同時に果てた。
僕たちは湯船の縁に折り重なって倒れ込む。
体験したことの無い快楽だった。
夜美は半ば気を失っている。僕も息を整えるのがやっとだ。
しばらく、気を失った様だ。上気した頬に何か清涼な感覚を覚えて、僕は顔を上げた。球状の夜の闇の底から白い祝福の印の様に粉雪が落ちてくる。
「夜美。夜美。雪だよ。ホワイトクリスマスだ!」
「うわー」
夜美が子供の様な声を上げる。
「ねぇ、ドラゴン?」
「なに?」
「貴方のわたしの中で堅いままだよ。雪を見ながら今度はゆっくり味わってしょう?」
その笑顔は間違いなく天使のものだった。
アルゴは楽園だと、その日まで僕は信じて欠片も疑いもしなかった。
教皇庁と北の大国・グノーシスとの間に戦争が起こりそうだと言う話が飛び交い、メイドまでが心配気な顔で駆け回っている印象があった。
のりちゃんは公務に就く時の正装(某メイド喫茶のメイド姿だが……)で、周辺諸国の代表団との面談に追われ、夜美は騎士団の本格的な戦用の訓練に一日を割き、僕と会うのは夜の僅かな時間しか無くなった。
リアル(現実)の世界にいても僕の心のざわめきは消えなかった。
そしてその日が来た。
のりちゃんの執務室に僕とジョンは呼ばれた。
白の革鎧に身を包んだ女傑三人が厳しい表情で立っていた。
「シルフィアはんから、血風隊の指揮官として前線へ来るよう命令があった。せやから、これが今生の別れになるかもしれん。ホンマに世話になった」
「そんな……。復活の魔法もあるのでしょ? 死にに行くような事井言わんでください」
三人は憂いを含んだ表情となり。その言葉に応じる事はしなかった。
「竜司。生きて帰るつもりだが、確約は出来ない」
私が帰らぬ時は、時々で良いから思いだしてくれ」
その言葉に頭が混乱して、僕は返事が出来なかった。
翼竜に跨がり、三人が飛び立つのを僕と丸井は思考停止のまま見送ったのだった。
(了)
アルゴ・ホワイトクリスマス 桐生 慎 @hakubi7
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