第8話 夜美の秘密

 アキハバラ特別自治区の王城であてがわれた部屋で目覚める。

 まだまだ僕が目覚めないと思っていた双子のメイドは紅茶を飲みながら、談笑に耽っていた。僕が起き上がったのに慌てて、紅茶を置き、体裁を取り繕いながら、何事も無かった様にスカートの裾を摘まんで、頭を下げる。

「「お早うございます。お客様」」

「おはよう。のりちゃんにお願いしたいことがあるんだが、アポイント取って貰えないかな? それと朝食の用意をお願いしたい」

「「かしこまりました。暫し、お待ち下さい」」

 オレンジの髪のメイドは一礼して退室し、ブルーの髪のメイドも一礼して、自分達のティーセットを片付けて厨房へと向かった。

 用意されていたラフなズボンとシャツに着替えて、朝食を頂いていると、部屋を荒々しくノックして丸井が転がりこんできた。

「おい、竜司。昨日、家に帰らなかったじゃないか! 携帯も電源切っているし、何してたんだよ!」

「定時連絡してこなかったのはお前も同じじゃないか? 心配しなくても冬コミには仕上げるから、一晩連絡取れないくらいで騒ぐんじゃないよ」

「真っ先に伝えたいことがあったんだよ」

「僕にか? イラストの枚数でも増えたのか?」

「俺は結婚するぞ!」

 丸井は興奮して叫んだ。おすまし顔で控えていた青髪メイドの眉がピクリと跳ね上がる。

「それはリアルでか? アルゴでか?」

「アルゴでだよ! バルキリ-のメンバーのリリス・アルカと言えば分かるだろ?」

「それで僕をほったらかして、定時連絡もして来なかったのか。けれど、アルゴで結婚する意味あるのか? 子供を作れるシステム無いだろ?」

「あるよ! アルゴってフリーセックスの世界じゃないか? 結婚することで、お互いに一人の相手と添い遂げるんだ」

「相手のリアルの情報知ってるのか?」

 丸井はきょとんとした顔をした。

「そんなのアルゴと関係ないじゃん」

 なるほどと僕は一人納得した。アリスお姉さんの言う通りだ。結婚までしようと考えてもアルゴとリアルは別物なのだ。それが常識と言うことだ。

「まっ、おめでとう。日取りが決まったら教えてくれ」

「いや、まだプロポーズは正式にしていない」

「……おひ」

「それとなく臭わしてはいるし、承諾らしき言葉は貰っているよ。イブの夜に正式に申し込むんだ。それより、お前はどうなんだ? 初デートの感触はどうだった? イブの夜にやれそうか?」

 僕はその言い回しが不快になり、感情を顔に出して言った。

「そう言う意味では難物だよ。そんな態度で臨めば斬り殺されるのがオチだろうね」

「のりちゃんから命令して貰おうか?」

「無理矢理は好きじゃない」

「だけど、お前。セックス出来ないと意味が無いじゃないか?」

「意味はあるよ。セックスはこの際、問題じゃないんだ」

 その時、部屋の扉がノックされた。「どうぞ」と答えるとオレンジ髪のメイドが部屋に入ってきた。僕の前でスカートを摘まんで一礼すると言った。

「のりちゃんは直ぐ会われるとのことです。私室まで来て頂きたいとのことです」

「分かりました。案内を頼みます」

 そう言って、僕は丸井の肩を叩いた。

「まぁ、お互い頑張ろう。僕は僕にやれることをするよ」


 のりちゃんの私室はかっての王の寝室だった。ただっ広い部屋の中央に、天涯付きの巨大なベッドがおかれている。のりちゃんは、私服なのか寝間着なのか分からないが、膝まであるだぼだぼのTシャツを素肌に羽織っている。首を通す穴が大きすぎて、肩が片方はだけて見える。下着はピンクのパンティ一枚だ。男を自室に招き入れるには、随分、ラフな格好である。

「スター・ドラゴンはん。今日はえらく早いログインやない? しかも、うちに用事なんて、夜美となにかあったん?」

「今のところ順調ですよ。覗いていたんじゃないんですか?」

 のりちゃんは小首を傾げてテヘッと笑った。実に可愛らしい仕草だった。

「夜美はVIPやからな。一人にさせる訳にはいかへんのや」

「今日から、専用のアトリエで夜美と二人っきりで絵を仕上げるのだけど、やはり、監視が付くの?」

「……いや、アトリエは電波暗室にするよ。内側からしか解除出来んヤツ♪」

 のりちゃんはニヘラといやらしい笑みを浮かべて僕の瞳を見る。

「その方が都合ええやろ?」

 僕の絵の描き方は特殊だ。人物はまず裸体で描き、その上から衣服を着せると言う手間をかける。批評家は僕のイラストが人気を獲得したのは、この描き方で人物に真実みとエロスが加わり、肌の感触が絵から見て取れるからだと言う。

 その批評が当たっているのかか否かは分からぬが、僕独特の手法は周知のものとなっている。

「どうだろう? 絵を描く時は欲情しないし、秘め事は起きないと思うけど、惚れてるからね。どうなるかは分からない。夜美は刀を持ち込むと言っていた。一刀両断されて、助けが来ないのはやだな」

「解除キーは受け取ってるでしょ?」

「ああ」

「なにが不安? うちに何を聞きたいん?」

「僕が欲望を抑えられる様になる話。夜美の男嫌いの理由だよ。リアルで夜美が何を経験したのか? それが知りたい」

 詰め寄る様に僕に顔をつきつけていたのりちゃんは、僕から離れるとベッドの隅に腰を下ろした。そして、その横をぽんぽん叩いて、僕に座るよう、促した。

 僕が座ると、のりちゃんは体を預けて来た。Tシャツの隙間から、豊かな乳房と勃起したピンクの乳首が見えたので、僕は天井を見上げた。麝香の香りが鼻孔をくすぐった。

「ここで、うちがスタードラゴンさんの精気を全部吸い上げた方が話早無い?」

「それは夜美への裏切りになる」

 のりちゃんは笑顔を浮かべた。

「ホンマに惚れとるんやなぁ~」

「実は、今日。夜美のヌードデッサンをすることになっている。だから、間違いは犯したくない。その為には、夜美の過去を知っておく必要があると思うんだ」

 のりちゃんは目を丸くした。

「ヌードデッサン? あの娘が承知したん? えらい気の許しようやな」

「覚悟の籠もった目をしていた。だから、彼女の過去が知りたい」

「―――今日はスタードラゴンさんの最初の命日になるかもしれんな」

 のりちゃんは嘆息して、そう言った。

「これは、ウチとアンタだけの秘密や。夜美にも言うたらアカン。その約束守ってくれはるか?」

「もちろん」

「ホンマは夜美の口から話させなアカン話や。そこ弁えてな」


 ―――話は想像を絶した。


(11)

 夜美は7歳の時、一級建築士で自宅を事務所にしていた父を突然亡くした。和式の便所できばっていて、脳溢血で亡くなったとのことだった。冬の朝の出来事で、便所が開くのを待っていた夜美が第一発見者だった。夜美は壮絶に泣いたらしい。

 まだ若く、家も相続した母親は、食事だけを用意して、夜美を家に一人にして、男遊びに耽った。やがて母親は新しい父親として、どこかの大学の哲学の准教授を連れて来た。幼い夜美の目からもチャラチャラした若造に見えたそうだ。哲学の准教授の収入は微々たるもので、亡父の遺した物はこの若造と母に食いつぶされて行った。夜美が十歳の時である。

 新しい父親は「夜美ちゃん。夜美ちゃん」と母よりも夜美をかまい、その為、夜美は突然、掌に煙草を押しつけられるなどの迫害を実母から受けるようになった。

 新しい父親は夜美が眠っている所に、突然、抱きつき体をすり寄せると言う奇行を働いた。「愛しているよ」と言いながら。夜美は不眠症になり、学校も休みがちになった。

 母は他にも男がいたようで、数日、家を空けることが度々あった。そういう時、酔った父親は泣きながら、夜美にすがった。男に抱かれても夜美には嫌悪と恐怖しかなかった。 夜美の十二歳の誕生日の夜。家に母はおらず、新しい父親は夜美にドレスを与え、目の前で着替える様命じた。酔ってはいなかったが、夜美は今まで以上の恐怖に男の言う通りにした。

 すでに女の体なりつつある夜美の裸体を男は血走った目で見据えた。

 ドレスを着終わると、男は奇声を発して夜美に襲いかかり、ドレスを裂き、夜美を丸裸にした。夜美は人間とは思えぬ悲鳴を上げたが、男は自らも裸になり、夜美を押し倒すと「これは愛の儀式なのだよ」と言いながら、まだ発育していない夜美の膣にいきり立った一物を挿入した。夜美は痛みに呼吸も出来ず、失神した。異変を察知した隣の家が、警察を呼んだ。夜美の幼なじみでその家の娘であったのりちゃんは親の制止を聞かず、木刀を持って家に押し入り、まだ腰を振っている男の脳天を割り、夜美の体を引きはがしたのだった。

 地方紙はこの事件を大々的に報じ、夜美の母は大きな非難を浴び、早々に雲隠れした。大学の准教授は調べると多くの余罪が明るみになり、実刑判決を受けた。

 夜美には法的後景人がつき、しばらく施設で過ごしたが、本人の強い要望で元の家に戻った。実父がデザインして建てた自宅に夜美は執着した。そんな夜美を毎日学校へ誘いに来たのがのりちゃんと二条院さんだった。三人は仲良く登下校し、夜美の家で遊んだ。夜美は社交性を取り戻しつつあった。

 三人は中高一貫の女子校へ入り、のりちゃんのお父さんが顧問を務める剣道部に入部。たちまちに頭角を現し、三人は剣道部のエースとなった。

 そんな三人が始めた新しいバーチャルリァリティーのゲームがアルゴで、三人は寝食を忘れてプレイし、ついにはアルゴからの収入で食べていけるまでになったのだと言う。

 三人は今もリアルでは寝食を共にしているのだと言う。

「うちらは皆、一人っ子やったから、もう姉妹そのものなんよ。覚えといて」

 のりちゃんはそう言って話を打ち切った。夜美を傷つけたら只で済まさんぞと言う思いの籠もった一言だった。


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