第7話 これは浮気になりますか?
ログオフして、アルゴセンターのダイブルームを出た僕は、駄目元でアリスお姉さんに連絡を取った。
「これから会えますか?」
返事はすぐに来た。
「会えるよー! どこで待ち合わせ?」
僕はアルゴセンターの側のファミレスを提案してみた。
「分かった-。そこなら30分で行けるよ。喫煙席で待ってて」
煙草を吸わない僕には喫煙席は苦痛なのだが、誘った立場として否やは言えない。
「それでは30分後に」
そうメッセを送った。
タイヤのきしむ音が、駐車場で高らかに響き、ファミレスの客の目を奪った。真っ赤なポルシェカマロが減速せずに駐車場へ入る所だった。ポルシェカマロは駐車場内でもさほどスピードを緩めず、見事な縦列駐車を決めた。プロのレーサーが乗っているのかと思った。注目していたファミレスの客から感嘆の声が上がった。
どんな人が運転しているのか注目が集まる。
運転テクもさることながら、今時、ポルシェカマロなんて骨董品のじゃじゃ馬を乗る酔狂な人は珍しい。今は目的地を入力すれば、オート運転で運転手なんて要らない時代だ。
誰もが運転手に注目した。
颯爽と現れたのは、黒の皮コートのグラマスな金髪美人だった。大胆なデコルテラインのセーターからは扇情的な胸の谷間が覗いている。ミニスカートとブーツ姿で、黒のニーソが作る絶対領域は異性の目を引きつけて止まない。
思った通りアリスお姉さんだった。
「ごめん。遅れた? 用意に手間取ってしまって、急いで来たのよ」
「いえ。時間通りですよ。どうぞ、暖まるものでも頼んで下さい」
アリスお姉さんはココアを頼むと三分の一程飲むと、シガレットケースから細い煙草を取り出し、銀のZippoで火を付けると、紫煙をくゆらせ、妖艶な笑みを浮かべた。
「で、どうしたの?」
僕は周囲からの視線を気にしながら、切り出した。
「実はアリスさんには報告しないといけないと思いまして……」
「うん?」
「僕、アルゴで恋人が出来ました」
恥ずかしいので、感情を極力殺して、そう言った。
アリスお姉さんは息を飲んで目を丸くした。意外に子供っぽい表情だった。
「早いねぇー。もう寝たの?」
「いえ、手を繋いだ程度です。キスもしていません」
アリスお姉さんはちょっと考え込む。
「―――それで恋人と言えるのかなぁ? 思い込みじゃないかしら?」
「相手が特殊な娘なんです。ねえ、アリスさん、バーチャルの世界ですら、男性アレルギーを起こすのは何が原因だと思います? 実際、手を繋いだだけでもキスした以上に凄いことなんですよ。その娘、過去に言い寄った男を斬り殺している位ですから」
アリスお姉さんは口笛を吹いた。
「そりゃ、過激な上に相当の重傷だね―――」
そこでアリスお姉さんは口をつぐむ。腕組みして考え込む。
「貴方、今、アキバ特区に滞在しているんだっけ?」
頷くと、アリスお姉さんは身を乗り出して来た。
「まさか、貴方の相手ってアキバ特区の軍事宰相の夜美? 彼女、言い寄って来たタナトス王国の王子を斬り殺しているのよ。ちょっとした国際問題になったのよ!」
「その夜美です」
「よくそんなVIPと知己を得たわね。そうかぁ~。相手は夜美かぁ~。そりゃ、手を繋いだだけでも事件だわ。わたし、夜美はレズなのかと思っていたわ。あの夜美が男に気を許したなんて信じられないわ。アキバ特区はイブの夜の一夜の恋人斡旋しているけど、夜美は普通の男女交際自体が難しいわよ」
「それで、アリスさんに訊きたかったんです。夜美の男嫌いは何が原因だと思います?」
「わたしは夜美さんじゃないから分からないよ。でも、あそこまでの男嫌いは相当のトラウマがあるんでしょうね。幼少期に長い期間、性的虐待を受けていたとかじゃないかしら? なんで、アルゴにアクセスしてまで、そんな難しい女性を選んでいるのよ? アルゴは性的に開放的な世界だよ? もっと簡単な女性いくらでもいたでしょう?」
例えば、わたしとか。
アリスお姉さんは色っぽく付け加えた。
ありがたい話だが、僕は敢えてスルーして話を続けた。
「僕がイラストレーターになったのは夜美に惚れ込んだからなんです。アルゴの夜美は版権得ているから、外見は完璧でした。僅かな時間でしたが、一緒に過ごして、その内面にも惚れ込みました。僕は彼女を支えたい。そう本気で思っているんです」
アリスお姉さんは、僕から離れるとソファーにどっしりと腰を下ろし、二本目の煙草に火を付けた。
「……興ざめだわ。わたしはノロケを聞かされる為に呼び出されたの?」
「ごめんなさい。僕は男女交際の経験が無いし、助言してくれる女性も皆無なんです。藁にも縋る気分で、連絡を取らせて貰いました」
「素直に言われたら、余計、腹立つわね。それって便利に利用してるってことじゃない?」
「すいません。僕に出来ることでしたら、お礼はさせて貰います」
「じゃあ、リアルでわたしを恋人にして」
思わぬ申し出に、僕は口籠もった。その様子にアリスお姉さんが言う。
「わたしって、そんなに魅力無い? 結構、自信があったんだけどな……」
「いえ、肉感的な魅力が溢れています。正直に言うと下半身が充血しています」
アリスお姉さんの目が輝いた。
「じやぁ、わたしが存分に血抜きをしてあげるわ。わたしの部屋に行きましょう」
「行きたいです。流されそうです。でも、クリスマスまで待ってもらえませんか? 僕はリアルでも夜美の支えになりたいんです」
「それはマナー違反よ」
アリスお姉さんは冷たい声で即答した。
「アルゴが桃源郷なのは、バーチャルとリアルが全くの別物だからよ。貴方もアルゴでの容姿と現実とは落差があるでしょう? 夢と現実を一緒にしては、夢が壊れるのよ。それに夜美はリアルの話は一言も口にしていない筈よ」
「はい。仰る通りです」
「年上の女として、教えて上げるわ。女は猫の様なものなのよ。足下に寄って来た時だけ可愛がって上げれば良いの。つんとすまして居る時は遠くから眺めて上げるの。無理矢理に追いかければ、逃げてしまうのよ。貴方はアルゴで夜美がこぼす愚痴を聞いて上げるだけで良いの。間違えても深追いしてリアルのことなんか訊いては駄目よ。引っかかれて手傷を負うわよ。
ちなみに、今のわたしは喉を鳴らしてすり寄って来た猫よ。ここで無碍に扱えば、二度と近寄らなくなる。わたしはキープが効く程安い女じゃないわよ?」
「今、返事を出せと?」
「リアルでは、わたしを選んでおきなさい。お互い相性が悪ければ、別れれば良いだけの話よ。その代わり、アルゴで貴方が誰と付き合おうと文句は言わないわ」
「リアルでも夜美が僕を縋れば、僕は夜美を選びますよ?」
「それは仕方の無いことでしょうね」
アリスお姉さんは妖艶に笑った。自分の魅力を客観的に理解して、その上で負けることはないと言う自信に裏打ちされた微笑みだった。
「僕はクリスマスイブまでは、夜美を裏切りたくありません」
「どう言うこと?」
「一晩付き合います。そこで僕の覚悟を見て下さい」
アリスお姉さんは妖艶な笑みと共に頷いた。
翌日、僕はアリスお姉さんの出勤に合わせて、アルゴセンターに赴いた。いつもよりも三時間程早い。
アリスお姉さんは車から降りると、伸びをして、腰を叩いた。
「ああ。腰が痛い。竜司は大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。徹夜は慣れていますし……」
「貴方の矜持は見せて貰った。あれだけ責められて射精しないとはね。わたしなんか七回逝ったのに・・・・・・」
僕は赤面して「すいません」と頭を下げる。
「本当に惚れたわ。こうなったら、意地でも夜美を物にしなさいよ」
そう励まされた。
アリスお姉さんは、車をアルゴセンターの職員用の駐車場へ止めて、真っ直ぐと職員用通路へ向かって行く。僕はその背中を見送った。戸を開けて、中に入る際、彼女はこちらを振り返り、親指を立てて見せた。僕も笑顔で親指を立てた。僕は駐車場を大回りして、アルゴセンターの正面口へ向かった。いつものダイブより3時間は早い。早いのには理由があったのだった。
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