第44話 気分が落ち込んだ時は餃子!③
「もう大丈夫か? いや、大丈夫なわけないか」
「……いえ。もう大丈夫です」
三十分ほどして、京子は泣き止んだ。
二度ほどご近所さんが通り過ぎていき、すごい目で見られてしまったが、京子の家から母親が出てくるということはなかった。
「とりあえず、車に戻るか」
「はい」
俺は京子を連れて、自分の車へと移動する。
車に乗るまでの間、京子は一言も喋らなかった。
(何を話しかけたらいいんだ?)
俺は、どうすればいいのか分からなかった。
俺のコミュニケーション能力ははっきり言って低いのだ。
落ち込んでる女の子への声のかけ方なんて、俺の会話テンプレートの中に存在しない。
かと言って、今の沈黙も結構きつい。
「……サグルさん」
「ひゃい!」
いきなり声をかけられたので、変なところから声が出てしまった。
ひゃい ってなんだよ ひゃい って。
「……くすくす」
京子は少し驚いたような顔をした後、おかしそうに笑う。
(あ。笑った)
俺はふっと胸を撫で下ろす。
京子が笑顔を見せてくれたなら、バカみたいな声を出した甲斐があるというものだ。
いや、意図して出したものではなかったですが。
「くすくす」
「笑いすぎじゃないか?」
「ごめんなさい。でも、ひゃいって、ひゃいって……」
「悪かったよ。変な声出して」
京子は押し殺したような笑いを続ける。
どうやらツボに入ってしまったらしい。
それにしても、笑いの沸点低くないですか?
(いや、それだけ緊張してたのかもな)
緊張した状態だと、笑いの沸点は低くなると聞いたことがある。
人間は緊張がほぐれた瞬間が一番笑いやすいらしい。
重要な会議とかだと、くだらない親父ギャグでも笑ってしまうし、怖い先生の前だとちょっとした事で吹き出してしまったりする。
テレビなんかでもそれを利用して笑いを取ったりしてるそうだ。
「何か美味しいものでも食べに行くか?」
「そうですね。行きましょう! サグルさんは何か食べたいものとかあるんですか?」
「そうだな。……餃子とか?」
「餃子……」
しまった。女の子相手に餃子は失敗だったか?
落ち込んだ時はにんにく料理とかが良いってネットかどこかで見たから提案してみたのだが。
にんにく料理に女の子を誘うのはダメだというネット記事も見たことがある気がする。
「いいですね! 餃子! この辺に美味しい中華のお店とかありましたっけ?」
だが、俺の失敗を気にせず、京子は乗ってきてくれた。
心なしかその目はキラキラしている。
もしかしたら、餃子とか好きなのかも。
(……そういえば、俺の好きな料理はカレーとハンバーグって教えたけど、京子の好きな料理とか聞いてなかったな)
京子とは色々と話をしたが、好きな料理についてとか、聞いたことがなかった。
主にうちの台所は京子が支配しているため、俺が料理を作ることはあまりないと思う。
気づけばいろんなものが増えていたり、調理道具の置き場所が変わってたりしたからな。
勝手にいじると怒られそうだ。
でも、こうやって外食に誘ったり、たまに俺が料理を作ったりもするかもしれないし、京子の好きな料理とかも聞いておいた方がいいかもしれない。
車での移動中にでも聞いてみるか。
「……せっかく車を借りたし、宇都宮あたりまで行くか?」
今日、俺はカーシェアで車を借りていた。
帰りに京子がどうなっているかわからなかったので、電車よりも車のほうがいいと思ったのだ。
地図検索して、京子の家のすぐそばにコインパーキングがあることはわかっていたし。
結果から言うと、車で来て正解だったと思う。
今日は京子は学校を休むと朱莉が学校に連絡しているはずだ。
それに、ダンジョンに潜るつもりもない。
そのため、今はかなり時間に余裕があるのだ。
じゃあ、餃子の本場に行くべきだろう。
餃子といえば宇都宮。
宇都宮といえば餃子だ。
「いいですね! 宇都宮!」
「よし、じゃあ、行っちゃうか。宇都宮」
俺は手早くカーナビをセットして宇都宮へのルートを検索する。
大体ここから二時間くらいかかるらしい。
意外と遠いね宇都宮。
今いるところは東京で、宇都宮は栃木なんだから、遠くて当然か。
道路の状況にもよるが、着く頃にはいい感じにお昼時になってるだろう。
「行きましょう! しゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ!」
京子は車の進行方向を指差しながら元気に号令をかける。
カラ元気だと思うがカラ元気も元気のうちだ。
落ち込むよりはずっといいだろう。
俺は車を出発させた。
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