第23話 『神格の代償と、答え合わせ』

「ぐっ……! ……いや、勿論わかってる。話すよ。全部、俺が覚えてることを……」


 俺はギリギリと右腕を押さえつけ、全身を猛スピードで駆け巡る痛みに必死に耐えながら、横になってレイナと話していた。


 そう───お忘れではなかろうか。『神格化』には、相応の代償が伴うことを。


 最初よりも長く、そして激しく『神格化』を使ったためだろうか。

 憲兵局が密輸業者を連行して行ったのちに俺を待ち受けていたのは絶叫するような代償、即ち全身を駆け巡るあの激痛だった。


 その場にいた二人(エルシェと、レイナもなんだかんだ肩を貸してくれた)に支えられなんとか《騎士団クラン》の私室まで戻ってこれたはいいものの、今ではこうしてベッドの上で全く動けなくなっている始末だ。


 悲しいことにこれほどの痛みでは手足を十分に動かすことさえままならない。


 だから俺は今こうして横になり、とりあえずは身体を休めて体力の回復に勤しんでいる、というわけである。


「いてて」


 幸い痛みのピークはすぐに過ぎ去ったが、それでも時折針でつつかれたかの如く鋭い熱が迸る。まだしばらくはここから動けなさそうだ。


「少年、大丈夫……なんですよね? 一通り身体を調べましたが、やはりどこにも怪我は見当たりませんでしたし……まだ、痛みますか?」


 そして───この部屋には俺とレイナとさらにもう一人が存在していた。


「ああ、大丈夫だエルシェ。この間と同じ、もうちょっとすれば完全に痛みは無くなるはず……っ」


 俺はベッドの右脇から心配そうに覗き込む、青い髪の少女に笑いかける。

 彼女は俺が外で痛みに体勢を崩すや否や慌てて駆け寄り、真っ先に《騎士団クラン》の本部まで肩を貸してくれた。


 その後も怪我のチェックやら何やら色々と世話を焼いてくれたのだが、本当に俺は彼女に心配をかけてばかりで申し訳なくなる。


「まだあまり動かないほうがいいです。無理はしないでください」


「そうだな……ありがとう」


「でも、少年。私も聞きたいです。お前が何者なのか……密輸業者の男たちと戦ったあの時見せたあの動きは、一体なんだったのか。聞かせてくれますか?」


 既にエルシェには見られてしまったし、レイナにも何かしら感づかれている様子だ。この状況で彼女ら二人を相手に嘘をつくことはもはやできないと、俺は諦めてすべてを話した。


 目覚めてすぐに、シロと名乗る謎の少女に出会ったこと。そして彼女に告げられたこと───三年以内に世界のどこかにいるとされる《神》を見つけ出して倒さねばなにやら世界が滅ぶらしいこと、それを阻止した暁にはなんでも願いを一つ叶えられるらしいこと。


 そして───そのための力として授けられた、『神格』。これを用いて最初に遭遇したベスタを倒したことまで、話せることはすべて話した。


「……これが、俺が目覚めてから体験した、俺が覚えてることの全部だ」


「三年以内に《神》を見つけられなければ……世界が滅ぶ、ですか……!?」


「とてもじゃないけれど、にわかには信じがたいお話ね。幻覚でも見たんじゃないの?」


「はは……だよな。けど、現にあの自称神シロに授けられた『神格』とやらは俺の中にある。そうでもなけりゃ今こうして痛みに悶てる理由も説明が付かないからな。だから……俺はあながちあいつが幻だとは思えないし、あいつの言ってることが嘘だとも思ってない。俺が人間でない、って部分も含めてな」


「少年……」


 おっと、少し自虐的になってしまったか。


「悪い。ただ……こう、ちょっと不安でな。一体俺は誰で、何者なんだろうってさ。ふとした瞬間考えるとすごく怖くなるんだ」


 自分が何者かわからない恐怖というのは、なかなか他の人に伝わりやすい類のものではないかもしれない。


 けれどある時それを考えると、俺は底知れぬ不安と恐怖がどこからか湧き上がってくる。『自分』を確立する土台がどこにも存在しないが故の恐ろしさは、おそらく体験しなければわからない。


 もっとも、彼女らにそんな思いをしてまでわかってほしくはない。体験しないに越したことはないのだ。


「俺に残ってるのは名前だけ。それ以外は、何も……故郷も、家族も、大切な人の顔も何一つわからない。おまけに人間でも、神様ですらないとなると、本当に俺ってなんなんだろうなって。……と、話が逸れるな、ごめん。そんなことはひとまず置いておくとしてだ。何か聞きたいこととかほかにあるか?」


 エルシェは「いえ……」と首を横に振る。レイナは何も答えなかったが、沈黙が何よりの返答ということだろう。


 どこか重苦しくなってしまったその場の空気に耐えられず、俺は話題を変えることにした。


「そういえば、レイナはこれからどうするんだ?」


「私?」


 自分に話が振られるとは予想外だったのだろう、虚を突かれたような表情でレイナはぱちくりと一回瞬きする。


「そうね……ベスタに関する情報を集めに、旧列強のどこか、セルビオーテ辺りにでも行こうと思ってるけど」


「旧列強?」


「スフィリアを構成する全11の国家・自治区の中でも、《大戦》の前の時代に特に強大な国力をもってして世界に君臨していた5つの国々をそう呼ぶんですよ。依然連邦内でも圧倒的な影響力を有しているので、たしかに沢山の情報が集まりそうですが……」


 聞き慣れない単語に頭上のはてなマークを浮かべていると、横からエルシェが補足してくれる。


「旧列強となると、そうですね。ここから最も近いのはやはりセルビオーテでしょうか」


「セルビオーテ……そういやロアさんからスフィリアについて聞いた時、ちらっと名前が出てきたような気がするな」


「第4区連邦加盟国、セルビオーテ。加盟国の中でも特に古い歴史と大きな都市を持つあそこなら、ベスタについても何かしらの情報が寄せられているはずよ」


 エルシェの台詞を引き継ぐ形で、今度はレイナが答える。


「へぇ。ちなみにそのセルビオーテっていうのは、この島からどれくらいの距離なんだ?」


「だいたいレーヴェの北東に位置する第11自治区、ベイルーニャを経由して《飛行船》に乗って行けば一日とかからない距離ですね。大戦以前は陸路での移動手段しかなかったのでセルビオーテまで行くのにもかなりの時間がかかったそうですが」


「ひ、飛行船!? そんなものがあるのか!?」


 まさかスフィリアに空を飛ぶ乗り物(?)らしきものがあったとは驚きだ。衝撃のあまりつい大声を出してしまった俺に、二人のじとぉー……っとした目線が注がれる。


「……貴方、本当に何も知らないのね……」


 おい、なんだその目は。そしてエルシェまでレイナみたいな目になるな。

 黒髪の少女と青髪の少女のジト目を一身に受けながら俺は少しばかり後退する。


「ま、いいわ。貴方も元気になってきたみたいだし、それじゃ私はそろそろ行くから」


 紅茶を飲み終えたのか、不意にレイナが立ち上がる。テーブルの上に広げられていたはずのティーカップやポットはいつの間にか綺麗さっぱりと姿を消していた。


「……あぁ、そうね」


 くるりと背を向けた彼女は扉に向かって歩きだそうとしたが、ふと何かを思い出したかのように立ち止まると、懐に手を入れてそこから何やら小さな大きさの巾着袋を取り出した。


 手頃な大きさの、膨らんだ巾着袋だ。


 重力に従ってそれは右に左にかすかに揺れ動くたびジャラジャラと音を立てており、レイナはエルシェのほうまで近づくとわずかに腰を落とし目線を彼女に合わせてから袋を手渡した。


「え? あの、これは?」


「宿泊料。少ないかもしれないけれど……受け取ってもらえるかしら、騎士さん」


 困惑しながらもエルシェが袋を開き、恐る恐る中を覗き込む。俺も釣られてそちらの方向に顔を動かしてしまった。

 するとそこには───袋に溢れんばかりに詰められた何枚もの銅貨や銀貨が眩く輝いていた。うっ、眩しい!


「えっ、こんなに……!? こ、こんな沢山の額、貰えませんよ! そもそも《騎士団クラン》は保護した人からお金なんて……」


 慌ててエルシェが袋を突き返そうとするが、レイナはゆるゆると首を横に振り受け取る気配を見せない。わずかに口元に笑みを浮かべると、そっと袋に手を添えて押し戻す。


「これ、衛兵局からもらった報酬金よりずっと多いじゃないですか! こんなにもらっちゃったらレイナの生活が……!!」


「構わないわ。それほどお金には困っていないし、騎士さんにはお世話になったから。《記章クレスト》を持たない私なんかに、こんな素敵な部屋を貸してくれて……ありがとう」


 エルシェはいまだ戸惑っている様子だったが、レイナは微笑んだまま視線を逸らさない。それは、俺が初めて見る優しげな表情だった。


「さて。そろそろ今度こそ行くわね、騎士さん。また会いましょう。今度レーヴェに来た時は、もっとゆっくり話せるといいけれど」


「あ……」


 立ち上がり、レイナはすたすたと歩いていく。

 そして扉のすぐ目の前で立ち止まると、最後に俺の方を見た。


「ん?」


「そういえば貴方の名前、まだ聞いてなかったわね」


「おい、何度も名乗ってるぞ。アオイだって」


「冗談よ。それじゃ、さよなら」


 こいつが真顔で言うと(基本的に真顔しかしないが)冗談なのかどうか、全く判別がつかない。

 というかそういうの言うタイプだったのか。いや、冗談なら名前呼んでくれよ。はぁ、結局最後まで彼女が俺の名前を呼ぶことはないという訳か……。


 ……最後、か。


 俺から視線を外すと、レイナは真っ黒いフードを深く被り、ドアノブに手をかける。


 そしてガチャリという音とともに扉が開き───。


「……待ってくれ」


「───」


 ───俺は半ば無意識に、その背中を呼び止めていた。

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