第22話 『少女の正体』

 ◆《騎士団クラン》本部 私室◆


「そうね───以前、貴方に黒い竜について聞いたことがあったでしょう?」


 翌朝。慣れた手付きで湯気の立ち昇るティーカップをくいっと傾け、同居人───もとい、ベスタ専門の殺し屋と名乗った黒髪の少女は視線だけをちらりと俺の方に向けた。


 その赤色の瞳は相変わらず冷ややか、といううよりも無感情で───喜怒哀楽のいかなる感情もそこに見出すことはできない。俺は彼女の方に顔の向きを合わせると、


「ああ……そういえば、黒い竜について知っていることはあるか、なんて聞かれたっけか。それがどうかしたのか?」


「それが私の目的。いえ、目標……といった方がより正鵠を得ているかもしれないけれど」


 目的、そして目標。意味に違いこそあれど、どちらも指している対象は一つだろう。

 彼女の口から出てきた黒い竜こそがその目標というと、一体どういうことだろうか。


 レイナは俺の顔を見て疑問の意思を汲み取ったのか、補足するように言葉を続けた。


「あまり弁が立つほうではないから率直に言ってしまうけど、私はその黒い竜を追っているの。このスフィリア全土を巡って、ベスタを狩りながらその報酬を資金にしてね」


「ベスタを狩りながら……つまりは狩人ハンターってことか」


 そういえば以前連邦にはベスティアを相手に戦い、その報酬だけで生計を立てる人たちがいるとエルシェが話していた気がする。


「ええ、人によってはそうとも言うかもね。けれど、個人的に私は殺し屋という肩書きのほうが気に入っているわ。私がベスタを殺す理由は報酬だけじゃないから」


「というと、他に理由があるわけか」


「そう。私が奴らを殺すのは、そして黒い竜を追っている理由はどちらも同じよ」


「同じ? どういう理由なんだよ」


「なんだと思う?」


 そこでレイナはふーっと息を吐いて、ティーカップの湯気を俺の方へと飛ばす。だが湯気はそれなりに離れた俺までは届かず、途中で霧散して消えていった。


「個人的な事情から、か」


「満点の解答ではないけれど、仕方がないから今回は正解にしておいてあげる。そうよ。私は個人的な事情からスフィリア、あるいは世界の何処かに存在する黒い竜を探してベスタを殺す旅をしている。レーヴェに来たのは、ここでベスティアの密輸業者に関する情報を掴んだから。……もっとも、獲物の一部は誰かさんに持っていかれたようだけどね」


 なるほどな。毎日夜明けから夕暮れにかけて忽然といなくなっていたのも、あの裏路地で見かけたのも、その調査をしていたからだったのか。


「最初会った時もあの路地でベスタを探そうとしていたのに……途中で貴方が追ってきたのがわかったからその場を後にしたけれど、まさか奥まで進んでいってあろうことかサエルと遭遇してしまうなんて……おまけにそれが同室になるなんて、本当になんの因果なのかしら」


「あ、あれは……というか、やっぱり初めて会った時の事覚えてるじゃねぇか!」


「はぁ、当時は私以外の同業者に先を越されたと思ってたわ。けれど……違うみたいね。騎士さんの話を聞く限り、あの個体を倒したのは貴方なんでしょう?」


 真っ赤な瞳にじっと見つめられ、まるで胸の奥が見透かされるような感覚を覚える。この状況で今さら隠し通すこともできないかと俺は自白する覚悟を決めた。


「……そうだ。アイツは、俺が倒した」


「あら、意外に潔く認めた。もっと食い下がるかと思っていたけど」


 またもやティーカップを口の方に持っていくレイナ。


「ここで嘘を貫き通せる自信がない。だってお前、俺が認めないと徹底的に追求してきそうだし」


「貴方が私という人間を理解できた気になっているのは気に入らないけれど、この短い期間で私がそういう性格だというのを見抜いた点については評価してあげる」


 最近───といってもここ数日の話だが、なんとなく俺はレイナとのコミュニケーションの取り方がわかってきた気がする。


 彼女の口調のきつさは相変わらず歯に衣着せぬ物言いだが、普段からそこに特別悪意が含まれているわけではないのだ。

 あまり気にせず、ちょっとしたスパイスくらいに思っておくのがちょうどいいかもしれない。


「まぁ、何がともあれ私たちの相部屋もこれで終わりね。《騎士団クラン》さんと貴方にはそれなりにお世話になったし、お礼……ではないけれど、それで今こうして私のことを話しているわけだし」


「……えっ⁉」


 不意に予想だにもしていなかった発言が彼女の口から飛び出し、俺はつい思わず素っ頓狂な声を出して聞き返してしまった。


「え?」


 だが意外にも、あちらの方からも気の抜けたような声が返ってきた。


 見ればレイナは小首をかしげ、不思議そうに俺が驚く理由がまるでわからないといった様子であった。


「だってそうでしょう? 私がここに来たのは、ベスティアの密輸業者を捕まえるためよ。そしてその目標が達成され報酬もこうして得た以上、私がレーヴェに残る理由はどこにもない。違う?」


 そう。レイナがベスタを狩り、俺たちの窮地を救ってくれたあの後───通報を受け駆けつけた憲兵局によって、あの密輸業者の男たちは運んでいたベスタ諸共憲兵局に回収されていった。


 当然その報酬も速やかにその場で支払われ、何枚もの銅貨・銀貨が俺たちに渡されたが、相談した結果その分け前は三人で均等に分けることになったのだ。


 未だに俺はこの世界の経済事情、連邦内での通貨価値についてはっきりとは知ることができていないが、俺たちに支払われたのがなかなかの金額であろうことだけはエルシェの反応からおおよそ察しがついた。


「そ、そうか……元気で、な。レイナ」


 俺に彼女を引き止める権利などない。


 俺が目覚めてからヴァネリアでできた数少ない知り合いの一人であるレイナがこの部屋からいなくなることには正直寂しさを感じるも、彼女にも彼女のやるべきことがあるのだろう。


 それを邪魔するわけにはいかないし、したくもなかった。もっとも、仮に俺が何か言ったところで行動を変えるレイナではあるまい。


「ええ、貴方もせいぜい頑張って。機会があればまた連邦のどこかで……と、その前に」


「その前に?」


「さすがにそろそろ私からも質問して構わないかしら?」


 そう言うとレイナは目を細め、俺の方に身体を向け直す。


 その赤い瞳はまるでこちらを見下すように───否、彼女は本当に見下しているのだ。単なる表現ではない。実際に現実として、彼女の目線は俺よりも遥かに高かった。そしてその理由は、


「説明を求めるわ。具体的には、そうね───貴方のその現状について」


 ───俺がベッドの上で仰向けに横たわっているのに対し、一方レイナはソファに腰掛けてそんな俺を眺めているからに他ならないからだった。

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