第13話 『《騎士団(クラン)》のお仕事』

 翌朝、俺が目覚めると視界はぐわんぐわんと揺れ動いていた。


 何事だ、まさか体調不良かと思ったが違う。どうやら俺は誰かによって物理的にゆすられているらしい。


 つまり、誰かが俺を起こそうとしてくれているのだ。一体誰が───。


「朝ですよ! 起きてください!」


「んん……」


「おはようございます、少年。 昨夜はよく眠れましたか?」


「エルシェか」


「当たり前でしょう。ほかに誰がいるんですか、まったく」


 目を開けきるとそこにいた青髪の少女、エルシェが呆れたような顔で俺を見ていた。

 ふと気になり横を見てみると、数メートル離れた隣のベッドにはもう誰も寝ていない。

 壁にかけられていたコートも消えているところを見るに、あの少女はもう起きてどこかに行ってしまったのだろうか。隣のベッドにはこれまたシワ一つないシーツが綺麗に畳まれており、まるで人の気配を残していなかった。


「あの子、もうどっか行ったのか?」


「え? ああ、少年のルームメイトですか? 彼女はもういませんよ。また夕暮れか夜頃に帰ってくると思います」


 口ぶりから察するに、エルシェはあの黒髪の少女についてある程度知っているらしかった。まぁロアさんの話を聞いたあたりでは彼女をここに連れてきたのはエルシェらしいし、当然と言えば当然か。


 結局昨日は教えてもらえなかったけど彼女の名前ぐらいはやっぱり知っておきたいし、せっかくならエルシェから聞いてみるか───と、口を開こうとしたところでふと窓の外の景色が目に入った。


 まだ朝日が差し込んでいないのか、外はかなり薄暗い。

 時折鳥の鳴き声が聞こえてはくるものの、いまいち朝なのか夜更けなのか判別しづらかった。


「ちなみに今は、何時なんだ……?」


「朝の4時です」


「早いな……いや、俺が知らないだけでこれがこの世界の普通なのか?」


「ふっ、騎士の掟第19条! 『騎士たるもの、常に規則正しい生活を心掛けよ』です。一日の始まりから規則正しく調子を整えてこそ、この島の平和と安寧を守るに相応しき騎士であるというわけです。わかりましたか少年。返事ははいです、それ以外は受け付けません」


 最初から思ってたがその騎士の掟ってやつ、ほんとにあるんだろうか。なんかその場で適当言ってないか? 真実は怪しいところだが、ひとまず今は突っ込まずに置いておく。


「ちなみにロアさんは?」


「……まだ寝てます。あの人、朝弱いので」


 ああ、うん……なんとなく、そんな気がした。疲れてそうだもんな、あの人。ゆっくり休んでほしい。そう切実に思った。


「ともかく! 支度ができたならさっさと行きましょう。時間は有限、なるべく早く向かわなくちゃいけません」


「行く? どこにだよ」


「気になりますか? ふっふっふ、そうでしょう。そうでしょうとも」


 エルシェは腕を組んで地面げにうんうん頷くと、ビシィッ! と人差し指をこちらに向けてドヤ顔で言い放った。


「さぁ行きますよ、少年───レーヴェの秩序と治安を守る、誇り高き私たち《騎士団クラン》のお仕事に‼」


 ◆レーヴェ 《騎士団クラン》の農園◆


 ぱちん、ぱちん。


 俺は今、ハサミを持っていた。もちろんただ持っているだけではない。

 目の前に実っている赤い大きな大きな果実───プフェロ、といったか。その実を持ってハサミで切り離し、足元にいるエルシェに手渡していく。


 早い話が、ここは畑だった。


 俺たちが寝泊まりしているあの建物、本部から都市部を抜け歩くこと十分程度、出てきた木々が生い茂り自然豊かなエリアの一角にそこはある。


 周りにある他の農家の持つ畑と比べ、規模はそれほど大きくはないものの様々な種類の果物が育てられているらしく、曰く質と種類にかけてはどこの農家にも引けを取らないとのこと。


 俺が昨日食べたベレンなる果実もここで収穫されたもののようで、なるほどやはりそれらしき実もちらほらと見える。


「そうそう、その調子ですよ、少年。あ、芯は余裕をもって切り離してくださいね」


「これが《騎士団クラン》の仕事なのか?」


「はい。今はちょうどプフェロの収穫時期なんです。これが終わったら一段落して、お休みの時期に入るんですけど……私ではたまに台座を使っても身長が届かないことがあったので助かります」


 プフェロをハサミで切り離し、手渡すついでに俺とエルシェは会話する。


「副業とはいえ、なにせこれが私たちの収入源ですからね。《騎士団クラン》に寄せられる事件はたまに逃げ出したワンちゃんやネコちゃんの捜索ぐらいなので、それだけじゃ食べていくのはなかなか厳しいんですよ」


 レーヴェ……というか連邦も、どうやらなかなか世知辛い世の中らしい。


「けれど本業でないとはいえ、やるからには当然全力です。幸いにも《騎士団クラン》の果物はレーヴェでも評判を頂いてますし、これからもしっかりとおいしいプフェロやボルトカを栽培していくつもりです」


「……やっぱり、《騎士団クラン》って実際はプロの農家だよな?」


「なっ───何を言っているんですか少年! いいですか⁉ これはあくまでも副業であって、《騎士団クラン》の本来の仕事は悪を裁き人を救う善行なんです‼ もちろんやるからには全力を注ぎますが、あくまでもこれは副業‼ 生活のためにやってるだけの副業ですから‼ 勘違いしないでくださいね⁉」


「わ、わかったわかった! わかったから! 台座を揺らすのはやめろエルシェ! 落ちるから‼」


 ガタガタ揺れる台座に必死に捕まりながら、俺は落ちないように踏ん張る。


 ……もう農家さんでいいんじゃないか、それは。

 なぜ彼女がそこまで『騎士』であることにこだわるのかはわからないが、ともかくこの仕事にもきっちり責任と誇りを以て望んでいるらしかった。もっともそうでなければ、あの味は引き出せないだろう。


「そ、そうだエルシェ……」


 うっかり彼女の地雷を両足で踏み抜いてしまったらしき俺に対し、わーわー騒ぐエルシェをなだめるべく俺は話題を別のものに切り替えようとした。


「そういえばあのベスタの件は、なにか捜査とかするのか?」


 孤島であるはずのレーヴェにおいてなぜか突然出現した人類の脅威である凶暴な獣、ベスタ。本来大陸の《観測領域》と呼ばれる一部地域にのみ生息するらしい彼らが、なぜ海で隔てられているはずのこの島に出現したのか。

 エルシェは昨日、《騎士団クラン》もまた独自に動くといっていたが。


「……そうですね。その件に関しては、今日から調査を初めようと思います。もちろん衛兵局が私たちの倍の人員と規模で捜査を開始していると思いますが、《騎士団クラン》だって負けてはいられませんからね」


 エルシェは一転した真剣な表情でぐっと拳を握りしめると、一度大きく頷いてみせた。


 そんな彼女の傍らでハサミでぱちんぱちんとプフェロの芯を切りつつ、俺は考える。


 俺をあの橋の上で助けてくれた、名も知らぬあの黒髪の少女。彼女が消えていった先の裏路地にあのベスタは現れた。


 ということは、もしかしたら両者の間には何か関係があるのではないか。あの姿を隠すような見た目といい、極端に人と(もしくは悲しいことに俺だけを避けているという可能性もある)会話をしたがらない点といい、やはり彼女には引っかかる点が多いように感じる。


 一度だけでも良いからちゃんと話をしてくれるといいのだが……。


「よし、だいたい終わりましたね。そしたら次はこの箱を持ってくれませんか? 本部まで運びます」


「あ、ああ。わかった」


 気づけば作業は終わっていたらしく、俺は次の指示を出されていた。見ればあの裏路地に転がっていたような木箱には先ほど収穫したプフェロが綺麗に並べられながら入れられており、これを持てばいいらしい。俺は腰をかがめると、木箱の両側を掴み、ぐっと力を入れて───。


「ぐっ……‼」


 あれ? おかしいな。持ち上がらないぞ。姿勢や力の入れ方が悪いのか?


「ふんぬ……っ‼」


 木箱は一ミリとて動く気配がない。まるでどっしりと構え、天までそびえ立つ山のようである。いやいや、まさかそんな重いはずないだろう。きっと今のはそうだ、手汗とかで滑ったんだ。それだけだ。そうに決まっている。


「うおおお……‼‼」


 う、動かない……! どうして⁉ なぜだ⁉


「……少年」


「いや、ちょっと待っててくれエルシェ。今こいつを……ぐっ……‼」


 隣を見てみれば、エルシェがどこか憐れむような眼差しでこちらを見ていた。いやいやエルシェさん、待ってくださいよ。ねぇ。あとちょっとですよこんなの。見ててくださいよ、今にひょいっ……!とッ……!


「っ、んぬぬぬぬぬぬっ……ふっ……‼」


 もはや何をしているのかわからないような声を出し始めた俺をついに見かねたように、横からエルシェが代わって木箱を持ってくれた。

 その途端あれだけ重かったはずの木箱はひょいと持ち上がり、俺の手から離れていく。


「はぁ……そういえばお前は、昨日腕に痛みがあるって言ってましたね。まだ痛みが残ってるんだったらさっさと言ってくださいよ、まったくもう……」


 どうやら昨日の怪我(怪我ではないが)のせいにしてくれたようで、「少年はそっちの箱を持ってください」と近くの一回り小さな箱を指差すと、木箱を抱えて俺より先にすたすた歩き出していく。


「あっ、ちょっ待っ……!」


 申し訳なさと無力感が入り混じった複雑な心境で彼女の背中を追いかける。


 ───その後も農作業やエルシェの手伝いをやって、最終的に部屋に戻ったのは夕暮れ時だった。

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