第11話 『決意とまさかの再開と』

 ◆レーヴェ郊外:とある酒場◆


 俺があの自称女神の少女、シロから祝福として一方的に与えられた神の力───曰く『神格』。


 これを何らかのトリガー、おそらくは「右腕のアザを押さえて祈る」ことによって開放し、半神半人のこの身体に眠っているらしき『半神』としての力を目覚めさせる───これを仮にそう、『神格化』と呼ぶことにしよう。

 おそらくはもっと他に適切な良い名称がありそうな気もするが、思い浮かばなかったのでひとまず今はこう名付けておく。


 まぁ、とにかく話を戻すと『神格化』───多分、これが俺の今使える唯一の力、切り札とも言うべきカードだろう。


 裏路地で戦った黒蛇もどき、ベスタとの戦いで初めてこれを使い、現状でわかったことは大きく三つだ。


 一つ、『神格化』している間、俺の身体はまるで障壁のようなもので覆われている。重量と形のない鎧と言うべきだろうか、もしかすると常に展開しているわけではないのかもしれない。

 が、少なくともあのベスタの巨大な牙を通さない程度には強度があり、あの場において障壁はまさに鎧のような役割を果たしてくれていた。


 不死身……と考えるのは現段階ではまだあまりに危険だが、少なくとも何かしらの防御機能を備えているとは思っていいだろう。もっとも、さらに多くの検証と考察が必要なことは言うまでもない。


 そして二つ目、これも『神格化』している間の話。『神格化』している間、おそらく俺の身体能力や各種機能は飛躍的に上昇している。

 これは実際経験してみればすぐにわかった。ベスタとの戦いで俺ははじめ、奴の胴体に思い切り勢いと力を込めて鋭い木片を突き立てたのだ。


 しかし、奴の皮はいとも容易くそれを防いでみせた。厚く硬いあの皮に突き立てた木片から伝わってきたのは、まるで大きな丸太のような感触と手応えだった。


 つまるところ、俺の素の力ではベスタの防御力を超えて血を流させることはできなかったのだ。ところが神格化した後は奴の動きや攻撃、反応がまるで手玉に取るように予測できた上、俺は最終的に徒手空拳で奴を沈められてしまった。


 記憶を失う前の自分に稀代の格闘家としての才能があったのかどうかは定かではないが、多分なかっただろう。

 そうなれば俺が拳と蹴りだけで奴を沈めることができたのは、ひとえに『神格化』による恩恵であると考えるのが妥当だ。


 そして三つ目。これもまだ仮定の話に過ぎないのだが───『神格化』には、それなりの代償がある。


「っー……」


「まだ痛みますか、少年?」


「ああ。だけど、もうだいぶ楽になった。心配かけてごめんな」


 相も変わらずズキズキと痛みの主張を続ける右腕をなだめるようにさすりつつ、俺はなんとかエルシェに笑いかけた。


 ここはレーヴェの中央区から少し外れた郊外、その中にポツンと立っているとある酒場だ。酒場と言っても昼間からお酒を提供しているわけではないらしく、昼はちょっとした食堂として飲み物やら料理を提供しているそうだ。


 まぁどう考えても飲酒にはまだ適していない年齢に見えるエルシェが入れているのだから、今の時間帯は食堂になっているのだろう。

 これを本人に言ったら叩かれそうだが……。


 俺たちはひとまず休むため、痛みに思わず膝をついたあの場所から最も近いところにあったここに入り、席に腰を下ろしていた。


 店の店主らしきガタイのいい男性はやはりエルシェの知り合いだったようで、俺を見ると心配そうにサービスでボルトカジュースなる橙色の液体をグラスに注いでくれた。

 噴水広場でのエルシェの言葉通り、この島の人達は良い人たちばかりなんだな……と涙ながらにしみじみグラスを口に運ぶ。


「美味しい……ありがとうございます、こんなジュース頂いちゃって」


「何気にすんな。うまいか? はっはっは、そうだろう兄ちゃん。 なんてったってレーヴェの採れたてボルトカ生搾りだからな。 ウチほどのジュースはお前さん、連邦の首都セントラルまで行ったってそうそう無いぜ?」


 かなり酸味が強いがフレッシュで、効果があるのかは知らないがなんだか腕の痛みにも効いてきそうな味だ。裏路地でのベスタとの激しい追跡撃・逃走劇に激闘を経て、ちょうど喉がカラカラに乾いていたところに男性の心温まる気遣いもあってとっても沁みる。


「マスター、私にもボルトカジュースを一杯ください」


「はいよ……って、エルシェちゃんもボルトカジュースかい? 酸っぱいだろうよ。いつものプフェロミルクでなくていいのかい?」


「む! 子ども扱いしないでください。ボルトカジュースくらい飲めます。騎士はいつでも強くて渋くて大人なんです」


「はいはい、隣にお客さんがいるから今日は挑戦してみる訳ね。はいよボルトカジュース、おまちどうさん」


「ありがとうございます」


 エルシェは出てきた橙色のジュースをしばしじーっと眺めていたが、やがて意を決したようにグラスを両手で手に取ると一気に傾け、そのままぐびぐび飲んでいく。おお、いい飲みっぷりだ。


「おっ、行ったな。味の感想はどうだい?」


「……」


「……おいエルシェ、すごい顔なってんぞお前」


 シュールに震えながら鳥みたいに口をすぼめ、頭をふるふると横に振る少女を申し訳ながらにちょっと面白いなと思いつつ、そのまま少し休んでいると、いつの間にか右腕から全身の痛みは完全に引いていた。


 エルシェは「さて」と立ち上がると、


「ではそろそろ戻りましょうか。少年の腕の痛みも収まったみたいですし」


 持っていた報酬分の銀貨で支払いを終え、彼女に連れられて店の外に出ると、外では既にもう日が落ち始めていた。


「なんというか、疲れたな……」


騎士団クラン》での目覚めからベスタとの戦い、そしてその代償を経験して俺は今、一つの決意をした。


 あの力は、基本的に使わないで封印しておこう、うん。


 勿論先ほどのように俺や他人の生命が脅かされるような緊急の事態であれば話は別だが、それでもできる限りは使わないようにしたい。


 なぜなら、いつでも好きなように発動できるかは不明だし、発動できたとしてもそのたびに毎回あのような代償を払わなければならないのだ。

 神の力『神格』の開放、すなわち『神格化』は決してタダではない。

 シロの言葉から考えるに現状把握しているほかにもリスクがある可能性もあるし、あの力に頼りきりになるのはあまりに危険だ。できれば使いたくはない。


 俺はなるべく『神格化』を使わず自分の力だけで生きて、三年以内に《神》とやらを見つけ出し、そして記憶を取り戻すのだ。

 その時に、この力は返してしまおう。よし、そうしよう。人間に戻るんだ!


「やるぞ、俺はやってみせる……!」


 こっそりと拳を握りしめ、初めて見るレーヴェでの夕焼けの前に決意を顕にする。


 隣ではエルシェが「なんだコイツは……」みたいな顔をしているが、今は置いておくとしよう。


 ◆《騎士団クラン》本部 談話室◆


「おかえり。初めて見るレーヴェの街並みはどうだった?」


 夕暮れ《騎士団クラン》の本部に戻ると、俺たちを出迎えてくれたのはロアさんだった。まぁ現状騎士団《クラン》にはロアさんとエルシェの二人きりしかいないようなので、当たり前といえば当たり前なのだが。


「はぁ、疲れました……まったく少年が怪しい裏路地にいたりするから……」


「ふっ、その様子だと随分楽しめたみたいだな」


「なッ⁉ 楽しめたってなんですか副団長⁉ 私は今日一日すごく大変でしたよ、もう!」


 彼女らの自宅でもあるはずの《騎士団クラン》の本部に戻ってきても尚、そのマントを外す気配もなくエルシェはどかっとソファに座り込む。エルシェにとってそのマントは、単なる服装ではなくもっと大事な別の何かなのかもしれないな、などとぼんやり考えていると───。


「そうだ、アオイくん。準備が整ったよ。また部屋まで案内するから、ついてきてくれ」


 そうロアさんに言われ、俺は再び部屋の扉の前まで案内された。


「ここで休むといい。今日は慣れないことばかりで色々と大変だっただろう?」


 その言葉に、今日一日の記憶が次々と想起されていく。


 ああ、本当に色々なことがあった。ありすぎるような気すらしてならない。


 レーヴェと呼ばれるこの島で目覚め、ロアさんとエルシェの二人騎士団《クラン》と出会い。世界の半分を占めると言われている巨大な連邦国家───スフィリアの存在に、裏路地に消えていった謎の黒髪の少女。

 そしてあの黒蛇もどきこと恐るべき魔獣ベスタとの戦い、それから俺の『神格化』。


 知るべきこと、考えるべきことはまだまだ山のようにある。


 記憶のない俺が、この未知の世界で生きていくのだ。

 これからはきっと大変な道のりになるだろう。だけど、俺はいつか必ず自分の記憶を取り戻してみせる。


 だから今日はもうとりあえず休んで、明日からはまた頑張ろう。ああ、本当に濃い一日だった……眠くなってきたな。


 俺は大きく息をつくと、扉に手をかける。


「ああ、そういえばアオイくん。言うのを忘れていたが───」


「え?」


 その瞬間、俺は凍りついた。


 あの時よく見ておけば、気づくこともできたはずだ。

 部屋の脇、俺が見ていた左端のベッドの真反対側。そこに───右端にもまた、同じようにもう一つのベッドがあったということを。

 だが、今この場において最も重要な事項はそれではない。


「その部屋はだ。悪いが今日から君には、しばらくの間彼女とルームシェアしてもらう」


「───」


 扉の向こうで俺を見つめているのは、赤く、それでいて冷めきった赤色の瞳。

 例の黒髪の少女が、そこにはいた。

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