第4話 『ようこそ《騎士団(クラン)》へ!』

「食え」


 ───半ば脅迫のような台詞とともに、かたんと音を立てて小皿が置かれる。


「あ、ありがとうございます……あの、これは?」


「ベレン」


「プフェロ、リモネ、ボルトカと並ぶレーヴェの四大特産品の一つです。これはうちで採れたばかりの新鮮なものです」


 言葉足らずなロアさんに代わってか、またもや横からエルシェが補足を入れてくれる。


 テーブルに置かれた小皿の上には赤い木の実のような果実がいくつか乗っており、よく見れば表面には種のようなつぶつぶしたものがぎっしりと張り付いていた。

 初めて見る食べ物だ。これは果実……なのだろうか?

 その中の一つをつまみ、ひょいと口の中に入れてみる。


「……うまい」


「フッ、そうでしょう? 騎士の掟第21条、『果物は美味しくすこやかに育てよ』です。なんせ騎士たるこの私が種から丹精込めて育てましたからね。きっとレーヴェ一、いや連邦一甘くておいしいベレンなはずです」


 身を乗り出したエルシェがそう胸を張るが、いや、本当にそのくらいのレベルなのではないかと思うほどうまい。

 口に含んだ途端広がる甘みは優しく濃厚な味わいで、それでありながらたしかな酸味が舌を刺激し、味に飽きさせない深みを作り出していた。


「これ、君が育てたのか?」


「《騎士団クラン》は普段果実を栽培して生計を立てているんです。ここの水上都市は大陸からそれなりに離れた孤島ではありますが土壌が豊かですから、スフィリアにおけるあらゆる果実の栽培拠点にもなっているんですよ。……というか、わざわざこの島に来たのにベレンを知らないなんて、一体どこから来たんですか?」


「え? ああ、俺は」


「待ってください、当ててみせます。ええと……その黒っぽい色の髪に、アオイという名前は……あ、第7区連邦加盟国ノースデンの出身ですね! あちらはノースデン渓谷深くに都市を築いているので、陽の光があまり当たらず黒めの髪色をしている人が多いと聞きます」


「いや、違うけど……」


「あれ、違いましたか? ううむ、結構自信あったのですが。じゃあ、海外の《東桜》ですか?遠く離れた《東桜》の人がはるばる行商以外の目的で連邦に来ることなんて、ほとんど無いはずなのですが」


「多分、それも違うけど……」


「ううむ、降参です。じゃああとはどこが……えっ、一応聞きますけど、まさか……《帝国》では……ありませんよね?」


 ───その瞬間、一瞬。たった一瞬だったが、部屋に得も言われぬ緊張感が迸ったように感じた。

 黙って気怠げに俺たちのやり取りを眺めていたはずのロアさんさえ、どこか緊張した面持ちでこちらを一瞥しているように見える。


 な、なんだ? しかし《帝国》という地名?についても、俺には聞き覚えがない。


「違うと思う」


「あ、そ、そうですよね。ふー、ちょっと緊張しました。それにしても、なんですかさっきからその曖昧な答えは! 自分がどこから来たか、まさか知らないわけでもないでしょうに」


「ああ……実はその、まさかなんだ」


「え?」


「俺は、自分の出自も素性も、この世界についてのことも何もわからない。記憶がないんだ。全く」


「記憶がない、ですか? そんなことって……」


 エルシェはぱちくりと目を瞬かせ、ロアさんと不思議そうな顔で互いに見合わせる。


「アオイくん、それは本当なのか? ならば君は、エルシェに見つけられた路地裏でなぜ倒れていたのかも自分ではわからない、と?」


 俺は一度頷くと、再びエルシェの方を向く。


「エルシェ、俺をここに……ベッドの上まで運んでくれたのは君だったのか」


「は、はい。あの、《騎士団クラン》の果樹園から戻ってくる途中……路地裏に、倒れている人を見つけたんです。けれど着ている服は綺麗だったし、目立つ外傷もなし。ただただ静かに寝息をたてていて……それが少年、お前でした」


 俺は少年ってなんだよ、アオイだよという心のツッコミをひとまず飲み込み「そっか、ありがとな」と呟いた。そして、


「さっきから言ってる連邦とか、レーヴェとかについても俺は一切知識がない。だからその……よければ詳しく教えてほしいんだ」


 ロアさんは俺の言葉を最後まで聞き、煙とともに大きく息を吐いた。


 もくもくと白い煙が宙へと立ち上り、天井に当たって散り散りに霧散する。


「君がベレンを食べ終えたら、君の話を聞かせてもらおうと思っていたが……はぁ。その様子ではどうやら本当に何もわからないようだな」


 そして銀の灰皿に葉巻を押し付け火を消すと、


「そうだな。ならまず、何から聞かせてほしい?」


「今までの話を聞く限りではスフィリア、っていう名前が何度も話に出てきた。まずはそれについて聞かせてくれませんか」


「わかった。スフィリア───連邦とも言うな。スフィリアというのはこの島、第12自治区レーヴェが属する……いいや、加盟している国の名前だよ」


 スフィリア。シロとの会話の中で、ちらりとその存在は明かされていた。曰く『すっごくすっごく大きな国の集まり』とのことだった気がするが。


首都セントラルを有する西レヴィリアを中心に、《旧列強》のエルベラント、セルビオーレ、キュラス、ローフィなど計12……いや、今は11の国家及び自治区から構成される世界のおおよそ半分を占めるとも言われている巨大国家、いわゆる【世界連邦】だ」


 どうやらスフィリアというのは、相当に大きな領土を持つ国家のようだ。


「まぁその実態は国家間連合に近かったりするのだが……といっても、今は関係ないな」


「そしてここは私たちが生まれ育ったレーヴェ、スフィリア屈指の治安の良さと果実産出量を誇る水上都市を持つ島なのです」


 ドヤ顔で胸を張るエルシェを横目に、ロアさんは続ける。


「そこで《騎士団クラン》を名乗りつつ、日々ちょっとしたお仕事を請け負ったりして慎ましく果物を育て生計を立てているのが私たちというわけだ。まぁ、行ってしまえば風変わりな事実上の農家だと思ってくれればいい」


「あー! 副団長、農家って言いましたね、今農家って言いましたね!」


「……コイツはまぁお察しの通り、騎士であることに固執しててな。《騎士団クラン》じゃなくて農家っていう言葉が出てくるとうるさいんだ。気を付けてくれ」


「いいですか副団長! 騎士の掟第39条、『騎士は常に誇り高くあれ』です! 私たち《騎士団クラン》は団長の掲げた正義と誇りの崇高な志のもと、このレーヴェとスフィリア全土を守る───」


「わかったわかった、私が悪かったよ」


 わあわあ騒ぎ始めるエルシェと、慣れた様子でそれをあしらうロアさん。

 お決まりのやり取りというか、この二人からはこう姉妹のような雰囲気を感じる。


「あの、そういえば《騎士団クラン》は構成人数3名って言ってましたよね。ロアさんと、そこのエルシェと……あと一人はどこに……?」


「ああ、団長か。団長は今───いないよ」


 俺は即座に、この話題を軽々しく口にしてしまったことを後悔した。


「ははは、そんな顔をするな少年。別に死んだわけじゃないさ。ただあの人は一年と半年ほど前に首都セントラルを目指すといって突然レーヴェを旅立ってな、今も行方が掴めないんだよ」


「け、けどそれって」


「ただ、たまに手紙が届く。今までどこにいたとか、そっちはどうだとかな。……はぁ、全くあの人はいつも事後報告だから今どこにいるかはわからない。自由すぎるんだ、いつもいつも本当に……」


 空を仰ぎ、額に手を当てるロアさん。俺はなんとなくこの人の日頃の苦労の一部とクマの理由がわかったようないたたまれない気持ちになった。


「とはいえ、いつかは戻ってくるだろうからな。それまでは待つしかないさ」


「団長はすごいんですよ。強くて優しくて、騎士に相応しい人なんです」


「っと、また話が逸れたな。すまないアオイくん。聞きたいことはまだあるか」


「……いえ、もう何も。ありがとうございます、ロアさん」


「ふむ、ならば次はこれからの話をしよう、少年。時に君は、今後どこか行くあてはあるのか?」


 ロアさんにそう訊ねられ、脳裏にとある神(自称)の姿がよぎる。


『───君は三年以内に、世界のどこかにいる《神》を探し出して倒すこと!』


「いえ……まだ、どこに行けばいいのかも」


「ふむ。であれば、そうだな。君にはいきなり迷惑をかけた詫びもある。しばらくはここ《騎士団クラン》にいるといい」


「えっ? い、いいんですかロアさん!?」


「他に行くところもないのだろう? ちょうど部屋もあるし、構わんよ。ああ、ただその部屋は……いや、これは後で話すとしよう」


「あ、ありがとうございます!」


 ───最後にロアさんが少しだけ言い淀んだのが気になったが、ともかくこうして俺は《騎士団クラン》の世話になることになったのだった。


 まだこの島───レーヴェでの俺の長い長い一日は、始まったばかりである。


 ※


 ちょっと後書き。レーヴェの特産品はそれぞれ現実の以下の果物をイメージしています(といってもベレンやプフェロ以外今後登場するのかはわかりませんが)。これらの果物は海水でも育つ特殊なフルーツであり、水源の豊富なレーヴェではたくさん栽培されています。この世界では他の固有名詞を持ったフルーツがいくつか存在していますが、オリジナルとの違いは海水で育つことぐらいであとは同じです。ちなみにオリジナルの果物も普通に存在します。


 ベレン→イチゴ

 プフェロ→リンゴ

 リモネ→レモン

 ボルトカ→オレンジ

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