第2話 『世界滅亡、《神》の存在』
◆???◆
「───その世界なんだけどさ、多分あと三年間で滅んじゃうんだよね」
そう、平然と彼女は言い放った。
「は?」
いやいや、聞き間違いだろうか? 世界が滅ぶ? それも、三年間で?
あまりにスケールの大きな、そして突拍子もない話に俺は耳を疑い、次に目の前の少女のことを疑う。
出会い頭の開口一番に神様を自称し、あまつさえ次は世界が滅ぶなどと言い始めた謎の少女、シロ。
自分が誰なのかもわからないこの状況で神を名乗る少女と出会い、今度はその自称神様に世界の余命宣告をされるなど───理解がまったく追いつかない。
あまりにも情報量が多すぎる。この状況にしてもそうだが、説明を省くにもほどがあるだろう。
「どういう意味、なんだ……?」
「スフィリア───連邦だけの話じゃないよ。この世界は、全ての大陸は、これから三年後に滅ぶ。それを私は知ってるの」
「いや、なんで……どうして、その世界が滅ぶんだ。一体、何が起こるんだ……?」
「それは……」
シロはそこで言いよどむと、かすかに顔を暗くして俯く。
「……ごめん。まだ、言えない。けど、いつかわかるよ。君なら」
君なら、とは一体どういうことなのか。だが、今はそれよりも聞くべきことがある。
「何を言って……いや、それよりもなんで俺にそんな話をしたんだ」
彼女の発言の、意図がわからない。もし仮にシロの言うことが本当だったとしても、それを俺に言って何になるんだ。
そんなのを聞かされたところで俺にできることなどこれから三年間、来るかもしれない未来に子犬よろしくビクビク怯えて過ごすことくらいしかない。
「そうだね」
頷いたシロは、再びじっと俺を見る。
「三年後、世界は滅ぶ。これはいずれ必ず訪れる《運命》で、避けられない未来。でもね、安心してアオイ君。君は全く何もできないわけじゃない。解決策はあるの」
「解決、策?」
「そう。それはたった一つだけ。おまけに難易度もすっごく高くて、達成できる可能性も限りなく低い、細い糸を手繰り寄せるようなやり方」
目線を一瞬足元へと落としたシロは、しかしすぐに顔を上げると、俺にフッと近づいて続けた。
「けど、お願い。アオイ君」
互いの息がかかりそうなくらいの距離で、黄色い瞳に一瞬俺の姿が映る。
「───君には、世界のどこかにいる《神》を見つけ出して、倒してほしいんだ」
「……え?」
やはりこいつの言っていることは、訳がわからなかった。
《神》を見つけ出して、倒すだと? 一体何をどうやって、《神》を見つけ出すというのか。いや、そもそもそれ以前にそんなことが可能なのか?
「びっくりした?」
平然とそんなことを言い放ち、俺の顔を覗き込んでくるシロ。
俺は恥ずかしさと衝撃の雷に打たれ、咄嗟に身をのけぞらせる。
「ちょっ、近い‼ ってそうじゃなくて、いきなり何言ってんだお前⁉」
「あはは、やっぱそんな反応になるよね。大丈夫大丈夫! スフィリアは広大だけど、探せば《神》はきっと見つかるよ。どこにいるのかー、なんて質問には答えられないけど……それを成すための力は、わたしがあげるからさ」
「いや、力とかの問題じゃなくてだな!」
それはつまり先ほどの話と合わせてまとめれば、三年以内に広い世界のどこかにいるらしき《神》とやらを探し出し、それを討たねば世界が滅んでしまうということか?
いや、訳がわからない。なぜ、世界が滅ぶのか。なぜ、《神》とやらを討たねばならないのか。そして肝心の《神》は一体どこにいるというのか。
全くのヒントもなしにそんなことができるとは思えない。せめてもう少し、情報が欲しい。
「つーか、お前も神様なんだろ? お前を見つけろってことか?」
「う、そこを付かれると痛いんだけど……私は君の神様だからね。《神》とは違う───いや、案外私だったりしてね? ともかく! それは三年以内に答え合わせできると思うよ」
「それに」
そんなこちらの訴えなどお構いなしといった様子でシロはぴんと人差し指を立てる。
「もしそれができたら、私からご褒美をあげる。なんでも一つ、君の願いを叶えてあげる」
「願い?」
「そう。使い切れないほどの富を望んで億万長者になるも良し、どこかの国の支配者になって何者をも従えるような絶対的な権力を握るも良し。あるいは、そうだね───君の失った記憶を取り戻す、なんて願いでも叶えられるよ」
「……ッ⁉」
その言葉に、俺はびくんと反応する。今のは聞き捨てならない内容だった。
「……俺の、記憶を?」
「君がそれを望むのなら、ね。どう? わたしの話、乗ってくれる? 君にとって悪い話じゃないと思うけどな」
記憶を取り戻せるかもしれないという可能性。
それは俺にとって、世界の滅亡を防ぐよりもずっと魅力的だった。
正直、こいつの言っていることは真偽すら定かではないことだ。《神》を見つけ出して、倒すなどという突拍子もない条件を満たすために必要な情報も、三年以内の成功の見込みも自信もまるでない。
でも、だとしても。
記憶が戻る可能性があるのなら。たった一つでも、そこに繋がる手がかりがあるのなら、俺はそこに賭けてみたい。
「……わかった。お前のことを、とりあえずは信じてみる。そこで《神》を探せばいいんだな」
「ん、君はそうするよね。知ってた」
シロは白い髪を揺らして満足気に頷く。そしてぱちんと指を鳴らすと、
「それじゃ、わたしからは最後にちょっとした贈り物をしようかな! ……ううん、贈り物ってなんか神様っぽくないな……恵み? 加護? うーん……」
頭を抱え何やらうんうん唸り始めたが、悲しきかなめちゃくちゃどうでもいい事で悩んでいることだけはわかる。シロさん、あなた本当に神様ですか? 実は人間だったりしませんか?
「祝福……祝福! そう、祝福を与えます。《神》を倒すための祝福を。じゃあ目をつむってね」
「目を? なんで」
「いいから瞑る! 神様命令!」
おい神様命令ってなんだよ、という突っ込みはさておき、俺は言われたとおりに目を瞑る。
ふと、右腕に感触があった。
咄嗟に目を開ければシロが俺の腕にそっと触れている。
「ちょっ、何⁉」
「あー、つむっててって言ったのに。まいいや。じっとしてて」
次の瞬間。目を閉じて俺の腕に触れるシロの髪が突如ふわっと浮かび上がり、彼女の頭上数センチのところに───光輝く何かが現れる。
眩しい輝きを放ちながら球体から徐々にシルエットを形作っていくそれは、やがて光の輪となってはっきり視認できるようになった。
彼女の頭上、回転しながら広がるようにして大きさを増した光の輪は直径数十センチほどのサイズになったところで留まり、眩しい光を放ちながらふわふわと宙に浮く。
辺り一帯が神秘的な雰囲気に様変わりし、その中心でシロが俺の腕に目を閉じたまま触れ続けていた。
「お、おい、俺に何するつもりなんだ」
「言ったでしょ? わたしからのちょっとした祝福。えへへ、ちょっと照れくさいけどね」
数秒間が経過する。いつの間にかシロは俺から手を離しており、少し離れた場所で自慢気に胸を張っていた。
「これでよし。アオイ君、ちょっと右腕を見てごらんよ」
「腕?特に何もないぞ」
「違う違う、まくってまくって」
そこで俺はようやく自分が服を着ていることに気がつく。この服についても、何も思い出せることはない。
いつ、どこで、どのようにして入手した服なのだろう───などと考えながら腕をまくる。
するとそこには、独特の模様を描いたアザのような黒ずみが肌の表面に露出していた。
「……これは、一体」
大きさは握り拳よりも一回り小さいぐらいだろうか。
一見すればアザに見えるものの、痛みや違和感といった類のものはこれといって感じない。青空の下であるためわかりづらいが、よくよく目を凝らして見ればアザのようなものは淡い輝きを放っていた。
「それは、わたしの力の一部。君はたった今から、人間じゃなくなりました」
ん?
気のせいだろうか? 今なにか、サラッととんでもない爆弾発言が聞こえた気がするのだが。
いやいやいや、さすがに聞き間違いだろう。きっとそうだ。だって、さすがにねぇ。
「すまんシロ、よく聞こえなかった。もう一回頼む」
「君はたった今から、人間じゃなくなりました」
ああ、《神》よ。現実とはどうしてかくも残酷なのでしょうか。
あろうことか今の彼女の台詞が、その前に聞いた台詞と完全一致してしまうだなんて。
「……冗談だよな、シロ」
「……冗談じゃないよ、アオイ君」
「……」
「……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ⁉」
思わず叫んでしまった。当然だ。ただでさえ意味不明な状況に混乱している最中、さらに突然こんなことを言われれば誰でもこうなる。
「ちょっおま嘘だろ、え……⁉ 人間じゃなくなったってえ、どういうこと……⁉ 死んだとか⁉ 死んだのか俺は……⁉」
ということはここは天国か地獄のどちらか……⁉え、俺もしかして死んでたのか……⁉ 考え出せばキリがない。いくつもの説が浮かんでくる。
「あははっ、いい反応だねー! アオイ君」
しかし当の神様(自称)といえば、どこ吹く風といったご様子である。むしろ慌てふためく俺のこの反応を予想していたかのように、そしてそれを楽しむかのようにケラケラ笑っていた。コイツ……。
「大丈夫だよ、安心して。まだ半分は人間だからさ」
ま、まだ半分は人間、だと?本当に俺を安心させるために言ったのかそうでないのかは定かでないが、そのシロの一言は俺にさらなる混乱をもたらした。
半分は人間。それはつまり、既にもう半分はそうでないということか。であれば人間でないほうの俺とは、一体何なんだ。そもそも俺は、何なんだ。
「今の君は───半神半人。神の力の一部をその身に宿した、人間とも神様とも解釈できるあやふやで曖昧で、未知なる存在」
「半神……半人だと?」
おそらく自分の記憶がここに残っていたとしても、まず間違いなく聞き慣れてはいなかったであろう単語だった。神と人が混じった存在など、聞いたこともない。
「そう。といってもまぁ、日常生活に代わり映えはしないと思うよ。半神はあくまで自らの意思によって神の力───神格を引き出すことができるだけ。普段は普通の人間か、それ以下ぐらいの力しかないの」
まとまらない頭で、俺はなんとか情報を整理し飲み込もうとする。
たった今、俺はシロの力の一端をその身に取り込んでしまった。彼女曰く、俺は人間ではなく人間と神のハーフ、半神となったらしい。
え?
「もしこの力───
「いや、だからそれはどういう……」
後半になり言葉尻を濁したシロは、「さて!」とその両手をぱぁんと合わせ鳴らすと、とびっきりの笑顔をこっちに向ける。
「そろそろ時間かな? それじゃあアオイ君、さっき言ったこと忘れないでね。君は三年以内に、世界のどこかにいる《神》を探し出して倒すこと! そうしたらご褒美に、わたしがなんでも君の願いを叶えてあげる! だからそれまでは、しばしのお別れだ! ていっ!」
とん、と軽くシロが俺を突き放すようにして押す。
たったそれだけの動作で俺の身体は彼女から一メートルほど離れていき───そして不意に足元の感覚が、消失した。
まずい、なにか嫌な予感がする。
ここは空、そして今俺の足元にはなんの感覚もない。
なんとなく、なんとなくだがこの後の展開がこう、予測できてしまうような、そんな気がした。
「はぁ⁉ いや待てっ、まだ何も俺は───!」
途端に、青空だけの世界で働き始める重力。
視界が反転し俺は頭から真っ逆さまに雲の海へと落下していく。
待て待て待て、これで終わりか? それはないだろう、シロ。
まだ何もわからないぞ。まだほぼ何も教えられてないぞ。
こんな状況で、俺はどこに落とされるんだ。
「ぐ……意識、が……!」
だんだんと遠のいていく意識の中、俺は頭上でほほ笑む白い少女に意味もなく手を伸ばす。
最後の一瞬、なぜか彼女の声ははっきりと聞こえた。
「───やっぱり、君は覚えてないよね。わたしのことも、あの人のことも」
待ってくれ、せめて最後に一つ、一つだけ聞かせてくれ。どうして、どうして。
「シ……ロ……」
どうして君は、そんな悲しそうな笑顔を浮かべているんだ?
◆
「……う」
ふと感じた柔らかい感覚に、意識がはっきりとしていく。
「ここは……どこだ」
重い身体をなんとか上体だけ起こし、俺は周囲を確認する。
あの神を自称する少女、シロとの会合からどれだけの時間が経過したのかはわからない。だが少なくともその記憶までは保持しているようでほっと安心したのもつかの間、俺は次の瞬間には凍りついていた。
なぜか?それは自分の置かれた状況の一部が、視界を通して明らかになったためだ。
「……マジかよ、おい」
目の前に真っ先に広がったのは、鉄格子。
俺の正面にある灰色のそれは無機質に冷たく、鋭い光を放ちながらまるで壁のように部屋の一面を覆っていた。
そう、端的に申し上げれば───ここは、牢の中だったのだ。
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