第16話 失われたモノが11ヶ月ぶりに再び姿を現す
女は少々気まずかった。己から距離を置いておきながら、再び近付こうとしている、身勝手さを自覚していた。
しかし、A氏にはどうしても了解を得るというよりも、話を通しておきたかったのだ。マンデラー仲間の中では一番世話になった人物だった。マンデラエフェクトを認知した日付も近く、親近感が湧いた人物だった。
親近感と言えば、最初に出会った時は彼らがマンデラーとは気付かずに相互フォロワーになっていた、年齢は離れているが高校時代に体育の授業で槍投げを経験した共通点があるE 氏、年齢も誕生日もひとつ違いなF氏とも親近感を抱いていた。後に両氏とも女同様マンデラーであったと分かったのである。女よりもマンデラ現象が明白で、彼らはマンデラエフェクトを受け入れていたように思えた。女には不可能なことだった。
どうしても受け入れたくはない女は彼らと距離を置いた。が、完全な決別は叶わなかった。ことの大小は問わず、何事かは必ずや起きた。その際に頼れるのは必然的にマンデラーである彼らに他ならない。背景を熟知、察知して理解を示してくれるのは、同じ境遇を迎えた彼らが最高の適任者である。
(目撃者はマンデラ-を書き始めた時も連絡を取っているし……)
そうなのだ。目撃者~の触りを書いた時、D氏に知らせた前後にA氏にも伝えていたのだった。
女は意を決して、疎遠にして貰っていたA氏にDM(ダイレクトメール)を使って連絡を取った。勢いに任せて。
A氏は前と変わらない懐の深さで女に向き合った。女は自身に欠落している許容量を持つA氏を再び尊敬した。
A氏は、強制完了させた前作を勿体ない、続きが読みたいと、体験の記念にもすると話した。そして、ハイソックスワンポイント事件は好きであると女に告げた。
(この私はハイソックスのワンポイントが同方向に変わってしまったけど、違う世界線の私はその後で更にワンポイントが消えたらしいんだった……)
マンデラあるあるでは、突如として定位置に置いたモノが消えたり現れたりすることが生じるらしい。
女もヤカンの蓋が二泊三日で消失→出現し、当然ながら蓋はセットにして定位置に置いてあるはずがどこを探しても見つからず、三日目にしてこれまた当然の如く本体に鎮座していたのを見つけた時には少々憤りを覚えたものであった。
「Aっちに聞いて貰って良かった。前作を何とかしてまとめて、付け加えて完成させて応募してみるね!」
「うん、頑張って!」
A氏に背中を押して貰う形で決意を固めた女は、前作を見直しながら考えた。
(うーん。文章を変えたくはないなあ。でも、最終話を変えただけではまだ全部書けないし。きりの良い所で終わらせるかな?あ、そうだ、一年分くらいにしたらどうだろう。令和二年十月から令和三年九月くらいまで。それを第一部として、続きは第二部にするといいかも?)
文面を変えずに、二話分を一話にまとめて編集をしようと決めた。
その日の昼休み中のことである。
女はA氏とのやり取りを確認するべく再びDMを開いた。
(ああ、もうね、このDMが全く消え失せてしまったなんてね……キツネにつままれたって本当にこのことだよね……あれからもう少しで一年か……早いなあ。もう消えないだろうね。まさかね。今はどこから残っているんだっけ……?)
すいー、すぃーとスクロールをし続ける。一度のDMで、長めのやり取りをしていたので、なかなか最初の画面に戻れないのだ。
すぃーすぃーすぃー……。
(……ん。ヤケに長くない?あれ?こんなに長くやり取りした?)
だんだんささやかな疑問であったものが、スクロールし続ける右手に違和感と疑惑を上乗せして無意味な力が加わってしまう。
(……ん?あれ?おかしいな。こんなに長くスクロールしなくても最初の画面に行き着くはずが……んん!?)
女は見てしまった。
A氏が消えたDMをスクショして再送信をしてくれた画面を。二度目に消えた部分を。昨日までは綺麗サッパリ消失していたDMを。
「えっ!ちょ、ちょっとちょっとちょっと!!何コレ何コレ何!!えっえっ……」
スクロールしている女の手は止まらない。止めてはならないと本能が叫んでいた。本人も叫んでいた。
すいぃーすいぃーすすすぃー……。
どのくらい経っただろうか。女の心臓がバクバクと奇妙な音を発している。
「あっ!初めに消えたデスラー総統の青くない顔のヤツだ!!」
それはA氏がくれたDMであった。スクショ分ではない。A氏の返信として残っている現物だ。
「嘘っ!嘘でしょう!!まさか!!だって、全部消えて……何回も何回もスクロールしたのに、無くって!無くって!スクショして再送信して貰った分も消えちゃって!!なんで!?」
とうとう、令和三年六月二十九日の最初のページ、と呼ぶべきか。初回のDMが現れた。
しかし、プロフィールページのアイコンが現在のものである。当然の如く。
それを除けば、全てが完璧に元に戻っていたのだ。最初は女の現状確認から始まって、お互いの現象の報告やプライベートな部分に多少触れていたり、様々なヒントや情報を貰っていたりした女は、体験小説を書く際に記憶と共に大切な備忘録として参考にしていたのだった。
それがいきなり令和三年十月上旬に消え失せた。そしてA氏が親切に全ての過去録をスクショして再送信してくれたデータまで消えてしまった。
それらが全て時系列に沿って全てが現れたのだ。
良かった!と大喜びした反面、一体これは何なのだ?と力が抜けて呆けてから、 更に女は固まった。凍り付いた。信じられない現象を2年以上前から体験し続けて来たというのに。学習機能が授かっていないことに起因するのだろうか。
確かに相談した朝方には無かった。それが「よし、書き直すか何かして応募しよう」と決心した同日午後に、急に全てが現れたのだ。
長い。異様に長い。そしてスクロールを延々と続け、初回の画面に到達すると、あっけなく最新のDM画面に戻ってしまうのが難点だった。静止が効かない。スクリーンショットを撮ろうとしても、パッ、と現在の最終(最新)画面に戻るのだ。女は機械オンチである為、何故だか全く分からなかった。途中の文面をじっくり堪能したいと思った所で、いきなり現在の画面に切り替わる。宝の宝庫であるのに宝の持ち腐れとはこのことだ。
(これは……報告しないと……!)
「Aっち!!怖い!!消えた再送信分のも全部最初から現れた!スクショ出来たらするから待って!ねえ、私跳んだ!?」
A氏から返事が来た。
「なんでもありやな」
あきれ顔の顔文字が添えられていたのだった。
一週間前に感じた違和感は、正しかったのだった。
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