第14話「目撃者はマンデラー」のさわりを書き始めた後に新たな兆しが

 タイトルを決めて、女は映画早送り版を見ただけで、何も考えずに「目撃者はマンデラー」を書き始めた。書いているうちに、タイトルの目撃者が主人公ではないことが分かって来た。

 女は主人公の姉に自身の体験を少々付け加え、そして作中のSNSで女の現実世界で起きたことと全く同じ出来事を書き記すことに決めた。

 登場人物のひとりが、、だ。

 世界線違いの女の呟きを見たフォロワーたちの存在は、実際には7名になるが、そこは多少フェイクをかけた。

 おそらく、リアル世界のログを辿れば明白である。中には鍵を掛けたり外したり忙しい者も存在するので、検証結果は度々煙に巻かれることになったりもするが致し方ない。

 (殆ど真実だし、SNSを見れば当然に証拠は残ってるし。フェイクは1割だしね。シツコイと思われようが私はやる!)

 体験小説は令和3年7月分を最後にして、4月中に強制完了させていた。マンデラ小説と勝手に名付けた「マンデラーの恋人」も書き上げた。それらにも女や他のマンデラーたちの体験も取り入れた。次はを取り入れることにした。1秒でも早く、マンデラエフェクトという現象から離れたい、逃れたいと思い、世界中の人々に認識されたならば、この現実世界はどうなるだろうか、とだけが頭を占めていた。

 少しずつ導入部を書いたところで、それまで画面を見て、中に入っていた自分が「サイレントモードの脳内スクリーン」を見ていることに気が付いた。

 (ああ、に情報が無いからなんだな。資料を探して読まないと……)

 女の中に「情報や知識」が不足すると、脳内スクリーンは「サイレントムービー」になってしまうのだ。映像は流れるが、会話が全く分からない。モノローグも入らないし、会話と会話の間に入る「ナレーションのようなもの」も脳内には入って来ない。

 8月に入り、日常の雑務に追われているうちに、パタッと脳内スクリーンは流れなくなった。

 (ちょっと休もう。あ、そうだ、D さんにご報告だけしておくかな……あちらはよく思われてはいないと思うけど)

 一方的にマンデラーのフォロワーたちと縁を切った形となった女である。自身がブロックして縁を切らせて貰った者も少なくなかった。

 それぐらい、女は切羽詰まっていた。なにもかも。

 おそるおそるD氏に報告と礼を述べた。女以外のマンデラーは、殆ど全員が懐の深い人物だ。年齢を考慮しなくとも、女よりしっかりしていて人間が出来ている。

 単に女が狭量で経験値の心許なさの現れなのである。そこは自覚していた。

 (よし、一応ご報告が出来た。よかった)

 D氏は突然絶縁状態に行動を移した女に、以前のように変わりなく接したのだった。

 相変わらずD氏はマンデラ現象が起きていたらしい。

 (やっぱり……マンデラーさんたちの呟きを目に入れないようにしたから、私の周囲では殆ど現象が起きなくなったかもしれないな。これでよかったんだ。うん)

 女の周囲ではマンデラエフェクトよりも、新型の感染症の方がじわじわと詰め寄る気配を見せていた。患者本人ではなく、患者の家族や家族の職場から固められていることは明らかであった。

 体験小説も書かず、マンデラ小説も筆を休め、最愛の母を喪った悲しみを胸に忍ばせながら、それでもしばし一息ついた様相の女は違う現実世界に目を向ける。数年来気に掛けていた自宅を取り囲む、のさばり覆い繁った竹林をなんとかしようと思い立った。

 竹の伐採と呼ぶのか、間引きか、駆除か切り倒しか。いずれにしても未経験者の五十路女が独りで出来ようとは誰もが思うまい。ざっと数えて100本は下らない。

 しかしながら、その土地は借り地である。女は地主に許可を求めようと考えはしたが、前年の地主による竹の伐採は女の自宅から離れた土地のみで終了していた。それから1年近くも放置状態である。

 (地主さんはうるさい人じゃないし、私が切る分にはいいかな?切っちゃおうかな?電線にかかって危ないしなあ……少しずつ、切っちゃおう。ぐるりと囲まれちゃったもの。家の中に入ってしまったら大変だし。切って下さいとお願いしたら、料金もかかるだろうし)

 女は許可を取らずに家の前や横の竹を毎朝2本ずつ切りだそうと計画した。

 丸腰では竹は切れないことは素人にも分かる。まず、道具を専門店で調達し、暑い盛りの朝方は避けて割合涼しくなる秋の彼岸頃を待った。


 その開始日は秋分の日、祝日の朝であった。

 午後に街へ買い物に出掛ける予定であった為、試しに2本だけ切ろうと準備していよいよ切りだそうとする。

 たがが数メートルの細い竹である。

 が、枝葉が繁り、周囲の竹と交差し阻まれている為に移動が難しい。おまけに見た目よりも重さがあった。

 (うっわ重っ!何、こんなに重いの?うっわ切ってもどかせないし持てないし……これ、どうしよう!)

 考えた末に、女は竹1本を下から順に3回に分けて切りながら、枝葉をそぎ落としながら広い場所へと運び出した。

 そして夕方になり、女は買い物へ行く為に駅へと歩いて向かった。

 女はすっかり忘れていた。マンデラエフェクトの存在を。消していた。

 駅へ向かう道すがら、何か違和感を感じていても道端の草花が季節の移り変わりによって育つ種類が変わったのだろう、夕日を望む時間帯にこの道を歩くことは珍しいので、光線の違いでそう思うのだろう、と感じていた。

 何かを決める、選ぶ、行動に移す。


 世界線もつられて移動するのだろうか。

 事件は再び静かに訪れた。

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