第13話 再び現れた脳内スクリーン
その発端は、老母が急死する前の3月上旬に遡る。
マンデラーのフォロワーのD 氏がある朝出勤すると、職場が微妙に移動していた、と呟いたものを目にしたのだ。僅か5分程度の違いであるらしく、すぐに見つけられたと言う。
そのD氏は、女が「履歴書を書いて再就職を果たし、その後のやり取りをした世界線違いの女を知っている」唯一のフォロワーであった。
それから4月を過ぎて、またいきなり脳内スクリーンに知らない人物たちが現れ始めたのだ。
何故かは分からない。が、あの呟きを鮮明に映像化したことだけを覚えていた女は、「この呟きの映像と、今見えている映像は無関係なのでは?」と思えるくらいに奇妙な映画予告編であったのだ。
まず、登場人物たちの氏名年齢が殆ど出てこない。辛うじて妹のような女性が「りょうくん」と男性を呼んでいるくらいだ。が、それは後から「りょうくん」の姉であると判明する。「姉貴」「姉さん」と「りょうくん」が呼んだのだ。
その姉が、弟に向かって「どうして信じてくれないの」と詰め寄っている。
また別のシーンでは、別の若い女性がその「りょうくん」に向かって「どうして私のことを信じて頂けないのですか」と訴えている。
そしてもう1人。若い男性が「俺がやったって言ってるだろう!なんで信じないんだ!俺は本当のことを言っているんだよ!俺がやったんだからな!なんで誰も信じないんだ!おかしいだろ!」と叫んでいる。
……脳内スクリーンでは、それぞれ同じ車の映像のシーンであるが、右折からT字路へカーブしながら向かい、ウインカーを出さずに再び右折する映像と、また別の、車は右折せずに左折する映像が流れた。後者は録画映像である。
(なにこれ……制服らしくないけど、りょうくん、は刑事か何か?)
ロケーションからすると、警察署らしき場所である。取り調べ中のように見えた。
それから少しずつ脳内スクリーンは飛び飛びのシーンを映し出して行く。
(何これ?犯人と目撃者の1人が全く同じ供述をしているのに、実際は違うって?探したって無いT字路って?)
その辺でようやく映画早送り版があっさりと流れた。
5月をとうに過ぎ、6月に入ろうとしていた。
……現実のロケーションと、犯人と目撃者の見た記憶が異なっていた。
(何!コレもマンデラエフェクトに関係あるんじゃない!)
更に、刑事の姉もマンデラーだったのである。
女はまたか、とげんなりした。何故こうも考えた覚えの無い会話付きの映像(しかもマンデラエフェクト関連のもの)が脳内に流れるのだろう。多分きっかけは職場を探したD氏の呟きだとは思う。キョロキョロと辺りを見回す犯人や目撃者の映像が別々に映る。現場検証は同時には行わないのか?そんなことすら女は無知である為に分からない。
(えええ?カウンセラー?退行催眠?私は法律も何にも知らないのに!なんでこんなのが流れるの!)
刑事の姉、犯人、目撃者が自分の記憶と現実世界が違っていて、とても困惑し身内からも「記憶違い」とあしらわれることについては、その心情は痛いほど理解出来る女であった。
(コレ……また書いた方がいいのかな……)
マンデラーにとって、過去や歴史、地理が異なることなど当たり前の現象であるが、近しい人物たちとの記憶の共有が適わないくらい辛いことはない。同一人物ではあるのに、異なる世界線を生きて来た別の人間と化してしまう。想い出が、経験が、全て少しずつズレてしまう。中には同じ記憶のものも存在する。が、大きく移動した場合には別人格に思えるほど苦しい。
案外、精神疾患の病状は、この辺りを指すのではなかろうか、と女は思った。
精神疾患……心理カウンセリング……退行催眠……女は脳内スクリーンの映画早送り版を思い出しながら、自分と重ねて涙を流したのだった。
(これ……書いてみようかな……調べないと全然進まないかもだけど……登場人物たちの気持ちが手に取るように分かる。そうだ!私の気持ちを言って貰おうかな?ううん、作中に私の体験談を出してもいいや!リアルを追及しよう!そうだよそうしよう!)
調べものはおいおい取り掛かることにして、女は見えた順に文を繋ぎ始めた。
小説の中にしっかりと自分の意思を介入させることや、自分を出演(映像である為)させることなどは初めての試みだった。
令和4年6月になっていた。
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