第12話 ホッとしたのも束の間の激震

 初めての十万字の作品「マンデラーの恋人 ~世界線を越えて~」を書き上げた女は、自らのマンデラエフェクトを棚上げしてホッと一息ついていた。

 そして、は徐々に近付き始めていた。

 女には様々な現象が起きた令和3年10月から年を越え2月頃までという自覚が足りなかった。


 3月、最愛の母が急に弱り亡くなった。

 急激に弱り行く母に為す術もなく、女は再び奈落の底に突き落とされた。


 何もかもどうでもよくなった。が、現実は止まらない。待ってはくれない。葬儀は勿論待った無し。仕事面では点数薬価の改正がある為に例年通りとは行かない。送付されたCDを自分で操作してレセコンの改正作業をしなければならない。

 業務をこなしながら私生活では最悪の事態の大波に飲まれた。

 筆舌に尽くしがたいとはまさしくこのことである。公私共に「お前しかいない」という現実だ。

 家族は母だけ。職場でも医療事務は自分だけ。どちらを向いても両肩や背中にどっしりと「お前しかいない」とがおぶさっているかのようだ。逃げ出したいが、そうは問屋が卸さない。逃げても意味がない。もくもくと目の前の雑務をこなして行かなければならない。嫌でも明日はやって来る。

 令和4年4月を迎えた。改正作業が無事に終わり、葬儀のあれやこれやが終わると、本当に独りになった。老猫2匹がいてくれることが唯一の救いである。いや、仕事が待ってくれないという現実も救いではあるのか……。

 ようやく多少の頭が働くようになる。女はふと考えた。マンデラエフェクトに遭ってから、本当に良いことなど無かったに等しい。あれから失った人やものは大きい。

 全て、あの出来事から始まった。

 そんなことを呟くと、「全てマンデラエフェクトのせいにするのはおかしい。違うと思う」「ネガティブなことをイメージしたり考えるとそちらへ向かうから止した方がいい」「今ある自分は自らが描いた自分」「より良い世界線へ移動することをイメージした方が良い」

 たった140字の呟きの中から、女の50年以上の人生の何を理解しているというのだろう。女は全てを吐き出してはいない。分かった風な口をきくな、何を知っているのだ?と、女は憤りを隠さない。

 物事には、両面性があるのだ。ネガティブもポジティブも無い。あるのはただだけ。女は悪い方に考える癖は無かった。そちらへ引っ張っられることは熟知していた。心配もしなければ、思い描くことなど無かった。

 だが、周囲が「何故そんなにディセンションのような出来事が起きるのだろう?」と言わしめる、自他共に認める「好ましくはないこと」が起きたのだろう?

 やはりきっかけは「マンデラエフェクト」に見受けられた。

 女は限界を突破した。堪忍袋の緒をぶち切った。

 初動を間違えたのだ。マンデラエフェクトに遭遇してからというもの、周囲のマンデラーたちは「より良い世界線へ移動して来ることが叶った」「もっとより良い世界線へ移動したい」と、マンデラエフェクトを受け入れて楽しんでいるかのような呟きをしていたではないか……。

 いくら女が「原始世界線へ戻る為」の情報が欲しかったからと言っても、真逆な彼らとは姿勢も行動も相反していたではないか……。

 彼らに感謝すべき点は沢山ある。右も左も分からない世界線移動ホヤホヤの女に、また自ら進んで情報を取りに動かない女に、懇切丁寧に親切に教えてくれ、またアドバイスも与えてくれたではないか……。

 だがしかし、既に女は、感謝の心よりも「ここにいては自滅する。危険だ。離れなければ」と思う心の方が大きく占めていた。

 (離れよう。ダメだ。それでなくても、殆どのマンデラーさんたちはスピリチュアルな世界を好んでいる。私が嫌いな、どうしても馴染めないあの世界を。ハイヤーセルフが私に小説を書かせているのだろうとか、違う世界線の私が書いているものを私がキャッチして書いているのだろうとか、本当の自分や潜在意識が動かしているのだろうとか……私は私の意思で生きたい。潜在意識なんてぶち壊したいのに!これ以上彼らの言葉に惑わされたくはない!一刻も早く離れよう!多分、が影響しているのかもしれないし。いつまで経っても「戻れた!」というマンデラーさんは現れない!移動したことだけを話している!長い人は40年も彷徨っているんだから、このままだと私もそうなってしまう!それからこのままだと他のマンデラーさんたちに嫌な思いをさせてしまう!もうさせているけど……更にもっともっと!)

 女は恐怖に駆られ、ゾッとした。

棺桶に入るまでこのままだと想像したくないことが頭の片隅をよぎったのだ。

 女は一気に毒を撒き散らすように呟き始めた。

 そして、大勢のマンデラーのフォローを外し、相手方がそれでも外さないと分かると申し訳なく感じながらも心を鬼にして、彼らを残らずブロックし続けた。

 機械オンチな女は、多数のフォロワーのブロックを行った為に、多少の制限を掛けられた。いわゆるBANと呼ばれる処置である。

 それでも、そんな処置を施されても、女の心は晴れ晴れとしていた。

 もうマンデラエフェクトからは外れて生活出来る。

 女に幾度目かの心の安らぎが訪れた。それからは、本当に「奇妙な現象」は現れなかった。


 ……5月末頃になるまでは。

はマンデラエフェクトとは違う現象ではあったのだが。



 


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