第9話 躰の癖と食の好み
周囲も自分も勿論SNS上の多数のマンデラーであるフォロワーたちも、様々な現象が起きていた。女は一度だけではなく、幾度もマンデラエフェクトにフォーカスを当てぬようにしながらも、またいつの間にか闇雲に紛れ込むを繰り返していた。
躰の癖というものは誰にでもあるもので、嗜好品も然り。十人十色である。
年齢を重ねるにつれて、食の好みや躰の構造や体力にも変化や衰えはやって来る。
11月から12月にかけて、それらは突然やって来た。
女は直ぐには気が付かなかった。
列車内で両肩にバッグをかけ、両腕にもレジ袋や異なる荷物をぶら下げて立っていた時のこと。
車両がカーブにさしかかったか何かで揺れた。女はいつもならば、つり革やポールに掴まって態勢を整える。
しかしその時、女は自らを疑う行動に出たのだ。
荷物を下げ、持ったまま、片足を数センチ上に上げたのだ。
(あっ?危な……ハッ?)
ガタンゴトンと左右に揺れる車両の中、スピードを緩めた列車は同時に慣性の法則を駆使して女の躰を左右のみならず前後にも揺らす。その中で大荷物を持った五十路女が片足で立っていた。
女は片足を僅かに上げたまま、床に着けようとしないのだ。
(え、あれ?バランスが取れてる?なん、なんで?どこにも掴まってないのに!?)
次第に態勢を整えることが出来た女は、数秒が数分間に感じられるくらいの中で、足を床に着けた。
上半身はびくともしていない。
(な、なんだこれ?)
女は偶然だろうと思い、このおかしな行動を忘れ去った。こんなことにかまけてはいられなかった。
が。しかし。それは気付くと毎回躰が勝手にやるようになっていた。奇妙な感覚だ。頭では危ない、よろめくからどこかに掴まらねば、と思うのに、躰は勝手に片足を上げたまま動じないのだ。よろめきもせず、微妙なバランス感覚を発揮して耐えていた。数秒間、僅か数センチ上がる片足……。
(これ……まさか癖なのかな……自然に片足が条件反射みたいに上がってしまうなんて!危ないと思うのに!おかしいよこっちの方が安定してるなんて!今までこんなバカげたことなんかやらなかったのに!歳なんだから危ないって思うのに!)
女はやったことの無い編み方で編んだモノと、この奇妙なバランス感覚の癖はもしかしたらセットなのだろうかと考えた。
そして、もう一つの違いが追加されて、はっきりと自覚した。
食の好みがある日切り替わっていた。
女は週1回はカップ麺を食べる。決まって天ぷらうどん(野菜かき揚げタイプ)か焼きそばの二択であった。
が、気が付いた時には「天ぷらそば」一択になっていた。
棚にある品物を物色しながら(今日はどれにしようかな?)と考えるならば、まだ理解出来る。ところが、女は迷わず棚にある天ぷらそばをカゴに入れるのだ。(え、またコレ?まあ、おそばも好きだけど……まあ、いいけど。なんでコレばっかり取るかな~?たまにはうどんの方を……)と思っても、天ぷらそばを棚に戻さない。
自らの意思が行動に直結していない感覚は、さながらマンデラエフェクトを認識した初日、令和2年10月8日の深夜のようであった。
躰は家路を急ぐが頭や心がここは違うと訴えたのだ。
後日、マンデラエフェクトを知り東京タワーの塗装が異なり「ああ、やはり私の中身と躰は異なるのか、だから心臓の位置がズレて肋骨が完全に胸骨に付いていたんだな」と、妙な納得をしたのだった。
そうは納得しても、周囲はそんなに変化が見受けられない。東京タワーが赤白で、国鳥がキジのまま、オーストラリアもほぼ東南アジアに位置したまま。
そんな女は自分が再び世界線を越えたとは思いもしなかったのだ。
突然現れた躰の癖、知らないうちに大嫌いだった編み方で編んだモノ、無意識に選んでしまういつもとは違うカップ麺……公私共に多忙を極め、精神的肉体的にも辛さを感じていた女には、全く余裕がなかった。
師走の声を聞きながら、同時に令和4年が急ぎ足で飛び込んで来る。
女は再び奈落の底に沈むこととなる。
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