第8話 経験の無い編み方を知らないうちにしている自分

 11月になる前に、女はA氏に正直に再送信DMが消えてしまったと伝えた。

 親切なA氏は、またスクショし直して再々送信DMをしようか?と聞いて来た。とんでもない。そんなこれ以上の迷惑を掛ける訳にはいかない、もう少しで保存出来るところだったので、後は記憶に頼る、と女は辞退した。

 公私共に動揺を隠せない程の現象が起き、もうすぐ元の世界線に戻れるかもと期待していた女は奈落の底に突き落とされた気分だった。気分転換にしていた趣味の編み物は、毎年9月の終わり頃から始めて翌年の春頃に終えているのだが、それもかなわない日々が続く。

 色々なことが起きすぎて、趣味にも影響が出始めたのだろう、と安易に考えていた。

 その、気分転換の趣味が独り歩きをして異彩を放つことになろうとは考えもつかない女であった。

 初めて母親の膝の上で編み物の真似事をしたのは、4、5歳くらいか、保育園へ入園する前は確かである。その時は棒針編みだった。母親が女の背後から両手を回し、同時に両手を使い糸を引き、たぐり寄せながら編み針を動かす作業は楽しかった。

 その時くらいしか編み物はしていなかったが、小学校高学年になるとクラスの女子内で編み物が流行り始めたのだ。

 それはかぎ針編みだった。女も一応参加をしてみたのだが、鎖編みと細編みをたしなんだだけで作品には繋がらなかった。生まれつきの左利きを乳児の頃に右利きに直された女には、かぎ針編みは苦痛だった。左手をよく使う棒針編みの方がやりやすいのだ。スムーズに両手が動かせた。女は母親に教わりながら、棒針に夢中になった。

 そして、それ以来かぎ針は手にしなかった。編み物と言えば棒針一筋であったのだ。

 女が出来るかぎ針編みは鎖編みと細編みだけ……で、あったのだが。

 (そろそろ編み物がやりたいな。百均で買って来よう)

 出掛けついでに寄った際、手にした編み針はかぎ針も入っていた。

 (まあ、棒針で編み目を落とした時にでも使うかな?)

 と、さして不思議には思わなかった。

 が、毛糸を持ち、さあ、何を編むかと考えた女は、無意識だった。

 (たまにはかぎ針も使ってみようかな?)

 思うと同時に右手がスイスイと動く。何を編もうか?と考える時間も惜しむようにサクサクと鎖編みを40年以上ぶりに進めていた。

 夢中になって編み始め、途中で(Aラインのベストにしようかな?)と、何故かぐるぐると糸をかぎ針に巻き付け抜き差し糸かけを繰り返し始めたのだった。

 Aラインとなると、斜めに横幅が減少していく理屈になる。女がどうやって減目とやらをしたのか、またどうやって編んでいるのかは定かでなかった。

 夢中であったのだ。そして、違和感に気付いた時には既に数十センチ程度を編み終えていた。

 (……え……何、これ……?)

 我に返った女は、自分が編んだを凝視した。二重人格障害ではなく、自分が編んだことは確かだ。意識はしっかりあった。編み始めた時、「らちがあかない」と思いながら、ぐるぐる糸かけをしていたのだ。らちがあかないとは、ぐたぐたと編んでいられない、という意味だと理解した。いつもの棒針編みとは比較にもならないレベルの速さで編めた。その上、しっかりとAラインにもなっている……まるで手慣れた者が編んだように見てとれる。

 (……変じゃない……こんな編み方、私は知らない!やったことなんてない!気味悪いっ……)

 女がかぎ針編みを嫌う理由は、もう一つ他にあった。目がどこであるのかよく分からないからだ。棒針編みの目ならば、ひとつひとつ独立して「編み目」と分かり易い。が、かぎ針編みの目は、編み目のいずこへ間違って通しても通用してしまうくらいにあやふやに見えるのだ。そして編み方は、棒針編みならば表メリヤスと裏メリヤスの二つさえ出来れば、易しく柄らしい柄を編めるが、かぎ針編みになると糸かけの数、引き抜く数、立ち上がりの数がそれぞれ異なるのだ。女はを一番嫌ったはずだった。 

 女は気味悪い、気持ちが悪いと思いながら、これは何という編み方であるのかを知りたくなった。SNSへ画像を挙げて、分かる人物に判定を願った。

 「長々編み……、長々々編みかな。みたいですね。普通はあまり編まない編み方だと思います」

 「Aラインにはなっていますが、減目はちゃんとしたやり方とは違うみたいですね。お年寄りがなんとか自己流でやった感じがします」と感想を述べた。

 女は知らない、やったことなどない編み針で編み方でやったと告げた。

 その人物もマンデラーであった。 

 

 躰が違うとは、このことなのだろうか。

 

 編み方を。そして編み慣れているのだ。かぎ針編みを。

 心臓の位置もズレていたではないか。

 女は少しずつ、躰はやはり別人であることに確信するようになる。

 同時期にあるが生じ、ある食品の好みが変わるという現象が起きた。


 躰の癖は無意識に出ていた。

 知らないうちに知らない行動を取っていた女の本体であった。



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