第6話 令和3年10月8日はマンデラ1周年記念だな④
令和3年2月に起きた保険証とレセコンの突然の変容に続き、3週間も在庫を切らしていた備品がいきなり湧いて出たように現れて、女は精神的に参ってしまいそうであった。気味が悪かった。
「買わずに済んだ、ラッキー!」などとは微塵も思えなかった。
職場は相も変わらず予防接種の問い合わせに時間を取られ、その上月内に終了するはずの市の健診が年内まで延期されて例年以上に忙しくなった。
じわじわと周りを固めてきそうな新型感染症は、職場の周辺には程遠かった。いずれの予防接種も受けられない体質の女は安心していた。
そんな中で、A氏がスクショして再送信したDMをぼちぼちとスクショして保存に勤しんでいた女は、気を緩めていたのかもしれない。
職場を離れた途端にリラックス状態になることが以前よりも顕著になった。オン・オフの差が激しかった。
そして10月下旬にさしかかる頃、ほぼ同時期にそれらは起こった。
「あ、あれ?続きのDMのスクショ……をしないと、って……え、何これ!!ええっ!ちょ、ちょい待ち?何?なんなの!!!冗談じゃない!!!」
A氏が時間を割いて有り難い労力をかけ大量に再送信してくれたDMが、またもや綺麗さっぱり消え失せていた。今度はデスラー総統の話題の文面も消えた。しかし、全てではない。直近の部分が僅かに残っている。
.(何で!!私は消してない!消し方知らないし、消さないし、弄ってない!!なのに何で?途中が消えちゃうの?バグ?全部消えちゃうならばまだしも、最後の方がある、って何で!?どういう意味?おちょくってんのか!!)
女は焦り、落胆した後に怒りを覚えた。そして、あの短時間で再送信してくれたA氏に申し訳なく思った。
(どうしよう……どうして消えちゃったんだろう。あと少しで全部保存出来たのに!ぐずぐずしてたから?ちまちましてたから?Aっちに悪いなあ……もう少しだったのに!)
この怒りをどこにぶつけたらいいのか分からず、取り敢えずSNSに昇華させたいと思うのだが、それは結果として相互フォロワーになっているA氏に間接的に伝わってしまうことになる。
女は迷った。A氏に正直に告げるべきか、黙っているか?
自らを「弱い犬ほどよく吠える」と称するくらいに肝が小さい女である。気の弱さが動揺を招き、その動揺が世界線移動を促進しているとは思いたくない、認めたくはなかった。
認めたくはないが、動揺は悪影響を及ぼすことになると身を持って知ることとなる。のはずっと後になってからであった。
女がA氏に告げるか否かを考えている内に、次の現象が起きた。
クリニックの玄関は患者用と職員用の二つしかない。そしてどちらもオープンタイプの下駄箱と呼ばれるスペースが備わっている。
クリニックの建物は平成一桁時代に同じ敷地内に建て直された。そこから20年以上、毎日毎日そのオープンタイプの下駄箱を使用していた。医師、看護師、事務員が同じ様に、である。
10月下旬のある日の午後、医師たちがこれから往診(在宅診療を含む)に出掛けよう、とした時のことだ。院長が白いレジ袋を手にして、意味不明なことを言った。
「ねえ、コレ、誰が持って来たの?」
「は?」
「え、何ですか、ソレ?」
院長はずっしりと重そうなビニール袋の中身を開けて見せた。
「え、何これ。どこにあったんですか?」
「どこ、って、ここだよ。今気付いたけど、いつからあったの?」
ここ、とは、オープンタイプの下駄箱を意味していた。女と看護師は互いに疑いの顔を見やる。そして無言で両者共に首を横に振る。
ビニール袋の中身は、使い古された破棄するべき乾電池がぎっしりと詰まっていた。
「私はこんなの持って来ません。第一、電池のメーカーが違います。私はこの会社のは買いません」
女は告げた。
「勿論、私も持ち込みません。うちもこのメーカーは使っていませんし、主人が回収日に持って行きますから」
看護師もそう答えた。
「じゃ、一体誰がこんなところにこんなモノを?」
3人が3人共に疑心暗鬼の顔つきで見比べている。鍵は常に施錠している。勝手に誰もが置けるはずはなかった。なので、真っ先に従業員を疑ったのだ。
(このメーカーって、ここでよく使ってるヤツじゃない?先生が買って来てるよね?え、だってコレ、だいぶ前に回収先に持って行ったヤツじゃ……?確かこれくらいぎっしり入ってたよね……?)
看護師も中身を見て、同じことを考えていそうである。見覚えがあるのだ。内容物に。
使用済み乾電池は、毎年5月と11月に指定された日に指定の回収場所へ持ち込むことになっている。
そんなに溜まらないので、数年おきに捨てていた。前回は、令和2年7月に退職した看護師と院長とで、往診のついでに回収先へ運んだのだ。つい最近ではないから、令和1年5月か11月に捨てたことになる。
令和3年10月に存在するはずがない。確かに「お願いします」と渡したのだ。3名共、記憶に新しいと覗える。
なので、「何故、コレがここにあるのだ?」と皆が疑問に感じているのだ。
「ねえ……コレ、午前中にあった……?」
看護師がぼそっと呟く。全員が一瞬静かになった。
「僕は今、気付いたんだよ」
「私は気付きませんでした」
「……」
いたずらに時間だけが過ぎて行く。これはひとまず置いておかなくては。時間は待ってはくれないし、患家では病人が待っている。
「これ、いつが回収だっけ?」
「来月です」
「……じゃ、その頃忘れないようにね」
「……はい」
(ご自宅のヤツじゃないの??)
全員が納得がいかない面持ちで次の言葉を飲み込んだ。
「これは確かに捨てたはず」
女は更に動揺を抑えられなくなった。
令和3年11月になろうとしていた。
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