第2話 渦から抜け出た感覚が続く不思議と記念日を前にして
急逝した従兄弟の葬儀が終わってから数日経った頃であった。
女は、それまで『なんとも言えない不穏な空気、気味が悪い感覚、嫌な気持ち』が強く渦巻いていた場所……女を取り巻いていた何かから、突如スコーン、すぽーん、と上方に抜け出した感覚になった。
樽型の玩具に剣を刺して、当たると上部に据えてある人形の頭部がポン、と抜ける様子に似ている。自らが抜け出て、下方に渦巻く何かを見つめているような、俯瞰で眺めているような感覚だった。決して視覚で捉えたわけではなかったが。
(……うわぁ……私、あの中にいたのかな……多分そうだな。て、ことは……?抜け出せた?なんだろう。スコーン、て、飛んだ様な?なんだろう。軽いというか?楽になったというか?)
女は、自分の都合の良い方にその感覚を理解しようとした。
(もしかしたら、マンデラエフェクトから抜け出ることが出来た?なんだか凄くスッキリしている。もう、何もかもどうでもいいや、って思えるし。私にはもう何にも関係ないと思える。開放感というか解放感の方が近いかな?どっちでもいいや、もう)
8月になると、呟く文にもその影響が出るのか、フォロワー達から『世界線移動か』『キャラが違う』『明るくなった』との感想がチラホラ見えた。
「違います。なんか、スコーン!て抜け出したみたいなんですよ」
そう、言葉を返すしかなかった。
その頃は、いつ元の世界線『原始世界線』へ帰ることが出来るのかと日々期待に平らな胸を膨らませていた女であった。
だが、8月が過ぎ9月になっても一向に東京タワーは赤一色に戻らない。ウィキペディアを覗いては落胆を繰り返した。
何もかもどうでもいい、と思いながら、帰りたい気持ちは当然だと本能が語っていた。
9月下旬近くに、あまり絡んではいなかったマンデラーのひとりが、履歴書を書いて再就職を果たした女を知っていると女に伝え、その後のやり取りについても教えてくれた。
女は、偶然同時期に『齢53にして履歴書を書いたことが無い』と呟いていた為、頭の隅で『履歴書を書いて再就職先を探している世界線違いの自分』を気に掛けていた。
幸い再就職先は近隣で見つかったそうで、女は安心した。
次第にマンデラエフェクトに遭遇してから1年が近付いている現実が頭から離れなくなり、それまではフォーカスしない様に考えない様にしていた日常が変わる兆しを見せ始める。
(そうだ!同じ条件の状態にしてみよう!同じ最終列車に乗ってみよう!もしかしたら、今なら前の世界線に戻れるかも?何処かに入り口があるかも!)
言葉は違うが(現場100回)が頭をよぎった女であった。
どこで分岐したかを知らずにいたというのに。
1周年が近付いた9月下旬。同期のA氏が聞いてきた。
「1周年どうする?ケーキでも買って来てチャットする?怒濤なようなこの1年……感慨深い」
女は宣言する。
「私ね、1年前と同じ行動を取ってみるわ!最終列車に乗ってみる!」
月末月初はいつもより仕事量が多い。その上9月締めの麻薬の年間の受払い届けの書類作成も重なっている。
院長に麻薬金庫内部を確認して貰い、麻薬台帳と合っているかを再確認する必要がある。
令和2年の7月に職員が退職してから人員補充をしない職場でギリギリなところで労働していた女は、マンデラエフェクトが重なって、疲弊していた。
疲れ果ててはいるが、1周年を迎えるにあたり女は早くこの世界線から脱出したい、早くどうにかなりたい!と思いが募り、心が出来もしないワルツを踊るのだった。
最終列車に乗れば、何かが変わるかもしれない。大きな期待に女の小さな胸が膨らんだ……かのように見えた。
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