番外編:ゆけむり、あなた、このぬくもり


 千草ちゃんの副委員長としての仕事を色々手伝ってるうちにみんながお風呂から戻ってきて、わたしたちはふたりっきりで脱衣所に入った。

 

「…………」


「…………」


 だけど、沈黙。お互いに無言で、ちょっとロッカーを離して、ただ様子を伺うだけのわたしたち。千草ちゃんのことが気になって見つめちゃって、こっちを見つめる千草ちゃんの目線も気になって。数分。


「……は、はやくしないと……先生たちの時間になっちゃうから……」


 そのとき千草ちゃんがうわごとのように呟いた。それがわたしに言ってるのか、自分に言い聞かせてるのかは分からなかったけれど、ともかく彼女は意を決したようにカーディガンを脱ぎ、体操服の長袖と半袖にも一気に手を掛ける。


 すぐにあらわれた千草ちゃんの肌は、彼女らしく白く透き通っていた。わたしの肌着はまだキャミソールなのに、千草ちゃんは普通の白い下着を身に着けていて。その身体つきもわたしと比べてなんだかすごく大人っぽくて。心臓が変な音を立てて崩れそうになる。

 

 続けて千草ちゃんはズボンを脱ぐ――。すらりとした足。膨らんだ臀部。そして、その白い下着。パンツを見たときわたしは短く声を上げてしまった。


「あ、それ……っ。あのときの……。わたしが倒れたときと一緒の……」


「えっ……! そ、そうなんだ……。というか、そんなの覚えてないでよ……。は、恥ずかしいでしょ……」


「ごめん……。なんか、印象的だったから……」


 視線を逸らして、わたしも覚悟を決めて、髪を解いて体操服を脱ぐ。その一挙一動に、千草ちゃんの視線が注がれているのがわかった。それに全身が沸騰しそうになって、なんだかぐちゃぐちゃになって。わたしはその勢いでキャミソールとパンツも脱ぎ捨ててしまった。


「…………!!!」


 その途端、流石の千草ちゃんも顔を真っ赤にして視線を彼方にやった。だけどそうする前に、わたしの先端にしっかり目を向けていたのは分かった。あんまりにも恥ずかしくてすぐにタオルで隠す。そして唇を尖らせた。


「……千草ちゃんのえっち。わたしのこんなところ見ても何も楽しくないでしょ?」


「そ、そんなことないよ……。好きな女の子の身体だもん……。それに小実さんらしくて、かわいいって思う……」


「え、ちょ……。あ、わたし先に……」


 唇を震わせながら言った千草ちゃんの態度で盛大に自爆しかけたわたしは、そのままお風呂に続くドアへと早歩きで向かうけどその道中で濡れてる床で滑って転びかける。


「ちょっと小実さんっ。その足だと危ないって。一緒にいこ?」


「うん……ありがと千草ちゃん……」


 そして、後ろから腕を取ってくれた千草ちゃんにお礼を言って振り向く――。と、彼女は急いでわたしを追いかけてきてくれたのか、タオルで身体を隠してなかった。だからわたしも、千草ちゃんのふくらみを、上下の先端をまじまじと見てしまうことになる。


 『きれい』。そう素直に思って、なんというかわたしの理性がやばかった。


 *


 湯船に向かう前に、髪を洗って全身を洗って。シャワーの音だけが浴場の中をこだまする。


 また、お互いに無言。洗うところには仕切りがあるから千草ちゃんの身体は見えないけれど。千草ちゃんの裸は頭の中にこびりついて離れなくて。どきどきも止まんなくて。だけど身体は洗い終わっちゃって、湯船に行かないといけなくて……。


「……小実さん、終わった?」


「う、うん……」


 隣のシャワーの音も止んで、湯気の向こうから千草ちゃんが顔を出した。濡れた黒髪が更にツヤを増していて、垂れる水滴が素肌へと落ちていく様子すら謎の色気を感じてしまう。


「お、お風呂……一緒に入らない?」


「うん……」


 あまりにも短い会話で、わたしたちは立ち上がって湯船に向かった。四角い浴槽、ちょっと距離を開けて千草ちゃんの隣に浸かる。こういうところのお風呂って熱いのが定番だと思ってたけど、ちっともそう感じなかった。


「ねぇ小実さん。小実さんは……私の身体見て、やっぱりどきどきしてる……?」


 少し経ってから、千草ちゃんは視線を落としながら呟くみたいにそう言った。わたしは口元までお湯に浸かって、赤く染まった横顔を見ながら返事する。自然と、嘘を付いたり誤魔化そうとする気にはなれなかった。


「え……あ……うん……。あのときわたしの部屋でも言ったけど、千草ちゃんのことそういう目で見ちゃってる。でも、裸見てからなんか……今まで以上に……。さ、触りたいって……思っちゃう……」


「……そっか。私も一緒だよ」


 湯気の向こうではにかむ千草ちゃん。幾度も惹かれたその笑顔がいつもとは違った風に魅力的に映って、また水面ならぬ湯面を見つめる。


「でも……恥ずかしいよね。そんな感情ほんとうに向けていいのかって付き合ってても悩んじゃうよね」


「千草ちゃんも、わたしにそう思う……?」


「うん、だけど。好きな人のことをそう思うのはおかしいことじゃないよねって思った。女の子同士でもね。運よく私たちは似た者同士だから、そういう感情もお互いに受け入れ合えばいい方向に進めるんじゃないかなって……」


「……そっか。そうだよね。恋人だもんね、わたしたち」


 でも、いきなりわたしのやりたいことをやるにはハードルが高すぎる。今は湯船の中で揺らめいてる千草ちゃんのその身体に、ふくらみに、触れてみたいと行動に起こすほどの勇気はない。


「うん、私も……そういうことするのは、まだ恥ずかしすぎるから。だからね、予行演習というかなんというか、慣れるって意味でも……」


 どうしようか迷ってると、心を読まれたかのように。ちゃぷり、と千草ちゃんは湯を掻き分けてわたしとの距離を埋めてきた。そして両腕をそっと、わたしを受け入れるみたいに開く。


「……ぎゅって、しない?」


「うん……」


 わたしはその胸にゆっくり寄り添って、腕を千草ちゃんの背に回す。千草ちゃんもそうしてきて、久しぶりのハグだった。だけど、今はお互いに一糸まとわぬ姿で。服がない分今までで一番、千草ちゃんとわたしは近くにいた。


 体温は、おんなじ。心臓のリズムも、重なる。肩と肩、胸と胸。足と足。素肌と素肌が触れあって。わたしの肩に顎を置いて、耳元で千草ちゃんは囁いた。


「……小実さん、髪解いてもやっぱりかわいいね。さらさらだし、うなじもしっかり見えるし」


「どんだけうなじ好きなの、いいけど……。千草ちゃんこそ髪も身体も、全部きれいだよ。その……改めてそう思った。わたし、この子のこと大好きなんだなって」


「ほんと? 嬉しいな……」


「うん、わたしも……うれしい」


 抱き合ったまま、そんなことを話して。わたしたちは同時に顔を動かして見つめ合う。その黒く澄んだ瞳の奥にある想いはわたしとおんなじに違いなくて。


 だからもう言葉はいらなかった。わたしは千草ちゃんにくちびるを寄せながら、目を閉じる。


 そっと、柔らかくて優しくて大好きなぬくもりがそこに触れた。あっという間に、わたしはあなたに、包まれる。


 2回目の、キスだった。

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