番外編:私と王様ゲームと小実のすけ


「あ、私が王だ」


 四ツ足さんに説明を終えて、同時に引いた割り箸。先が赤く塗られた『王様』を当てたのは言い出しっぺの美里ちゃんだった。でも美里ちゃんは私たちが引いた残りの1本を選んでるから、イカサマを疑うわけにはいかない。


「じゃあねぇー。1番と3番が手を繋ぐ!」


「あたし1番! どっとちゃんたちは?」


「わたし、2番……。てことは千草ちゃんが1番?」


「うん」


 私の手元にあるのは3と書かれた割り箸。小さく手を上げると、奥田さんはおおっと目を輝かせた。


「膝子さんと結構仲良くしてるけど、手ぇ繋ぐのってなかったよね? へっへー、副委員長パワーもらっちゃお!」


 そういうと、向かい側の席から身を乗り出してきた奥田さんが私の手をぎゅーと握った。運動部な彼女らしく、カイロみたいにあったかい。でもその手は柔らかくてしっとりとしていて、女の子なんだなってひしひしと思う。目を合わせてみると、奥田さんはにこっと元気よく微笑んでくれた。


「……ちょ、ちょっと千草ちゃんっ」


 しばらくそうしていると、後ろからわき腹をつつかれて我に返る。四ツ足さんだ。彼女は何か感情を含ませた声で更に囁いてきた。


「命令だから仕方ないけど……あんまり他の子と手、繋がないで……ほしーかも……」


「っ……! ごめん、四ツ足さん……」


 もしかして嫉妬してる? あのときみたいに。私はどうにもいたたまれなくなって、奥田さんの手を解く。その途端、座席の上で重ね合わせるみたいに四ツ足さんの手がぬくもりを伝えてきた。


 動悸が止まらないけど、どこか安心する。奥田さんの手とはやっぱり、決定的に何か違う。


「あーあ、フラれちゃったぁ。ま、次やろーよ次!」


 奥田さんは私が半ば理不尽に解いた手をぶるんと1度振ってからからと笑い、次のゲームを宣言したのだった。


 *


 一体どんなことを命令されるのかと思っていたけど、特に困るようなことはなく。一発ギャグとか、恥ずかしい話とか。王様ゲームからは既にズレてる、ある意味中学生らしい命令で騒ぎながら時間は過ぎていく。

 

 その間にも車外の景色はどんどん変わっていって、私たちの街よりもかなり田舎に。今回のレクリエーションは冬になるとゲレンデになるような山の麓で泊まるから、時間的にもうすぐ着くころだろう。


「はい、あたし王!」


「げ、瑠衣ちゃんか。とんだ暴君もいたもんだねー」


 そんなこんなでどうやら最後の王様に選ばれたのは奥田さんみたいだ。彼女はしばらく考え込んでから、ぽんと手を打った。


「2番の人がー3番の人の呼び方を変えるって、どう? あだ名でもなんでも!」


「えっ」


 思わず引いた割り箸を見る。そこには2という数字。相手は――。


「わ、わたし……3番……」


 四ツ足さん、みたいだった。


「おー、いいじゃん! 膝子さん、そういえばどっとちゃんのこと苗字で呼んでるし!」


 こんな、ピンポイントの命令があるのか。本当に。美里ちゃんの方を伺ってみたら、私は何もしてないとばかりにぶんぶんと首を横に振られた。だとしたら、たまたま……?


 正直言って、四ツ足さんを名前で呼ぶ勇気はまだ怖くて、ない。でも、奥田さんと四ツ足さん2人のことを思えばあっさり断るわけにもいかなくて、もごもごと口にする。


「あだ名でいいなら……。四ツ足さん、それでいい?」


「わたしはいいけど……。でも、千草ちゃんほんとに……」


「大丈夫。えと、ね」


 四ツ足さんと向かい合うと、彼女は心配そうに私の顔を見上げてくる。でも、名前でずっと呼んで欲しがっていたその瞳には期待も見え隠れしていて、これはもう腹を括るしかないと思った。


「『よつあっしー』ってどう?」


「あんま変わってなくない?」


 う、苗字だけで言おうとしたら奥田さんに突っ込まれた。なら名前で……。あんまり私が恥ずかしくならないような……何か……。


「こ、『小実のすけ』……」


「小見のすけ!? センスなあっ! 副委員長のくせにセンスなあっ!」


「それ、瑠衣ちゃんにだけは言われたくないと思うよー」


 私が頭に浮かんだあだ名を言うと、途端に大爆笑の奥田さん。それに冷静に突っ込む美里ちゃんの声を聞きながら、呆然としてる小実のすけ……四ツ足さんに謝る。


「ご、ごめん四ツ足さん。男の子みたいなあだ名で。なにか他の、考えるから」


「ううん。いいよそれでっ。わたしだってほら、千草ちゃんのこと『旦那』って呼んじゃったことあるし! それにさ……」


 確か4月の終わりかけくらいに言われたっけ。一瞬そんな懐かしさに浸りかけたけれど、四ツ足さんがにこおっと満面の笑みを浮かべたから、やめざるを得ない。


「……ありがと千草ちゃん。小実って初めて呼んでくれた。わたし、なんかもう、めっちゃうれしい」


 うっ、と息が詰まる。その笑顔を心待ちにしてたし、私だってあだ名とはいえ『小実』と名前で初めて口に出せて、物凄く込みあがって来るものがあった。


 その華奢な身体を抱きしめそうになって、己の暴走スイッチを必死にオフにする。危ない危ない。このレクリエーションで誰かに四ツ足さんとの関係がバレるわけにはいかないんだった。


 四ツ足さんのことは大好きだけど。やっぱり学校行事中にキスなんて、副委員長としてもってのほかなんだから。四ツ足さんが本当にトイレでしたいなんて言ってきたら絶対断ってやるんだから!


 そう決意したと同時に、バスが停車した。どうやら目的地に着いたようだ。私はよし、と地に足踏みしめて座席から勢いよく立ち上がるのだった。


 *


 葵染山……。私たちがやってきたのはなだらかな丘が広がる山。標高は200mもなく、今は当然雪もなく、それなりに開けているから中学生の登山も問題ないはず。


 そんな丘を各班に分かれて自由行動をし、途中でお弁当を食べたりなんかして頂上を目指す……というのがレクリエーション1日目の大きな目玉となっている。


「しっかし暑いねぇー。千草ちゃん、そのカーディガン脱がなくていいの?」


「あ、うん。まだ大丈夫そう」


 いつも羽織っている紺色のカーディガンをちょっと揺らしながら、私は横を歩く美里ちゃんと話す。5月半ばとなれば確かに気温はかなり上がってるし、ゲレンデというだけあって日光が反射して眩しいけど。それでもこの状況で少しでも薄着になることははばかられてしまう。


 私たちは宿泊先に荷物を置いて、軽装かつ制服から体操服に着替えたのちに先生から再三注意喚起が合って、登山を開始した。


 着替えのとき、相も変わらず私と四ツ足さんの視線は何度も交錯することになったけどそれは置いといて。ぴたりと私の左横を歩く四ツ足さんにバスの中で聞きそびれていた質問を投げかける。


「よつ……小実のすけさん。お昼、結局どうする? 頂上で食べる?」


「あっ! えと、あの、ちぐっ、わたしはどっちでも……。みんなは?」


「あたしはいつでもいいよー」「色々聞いてみたけど、頂上で食べるって班多いみたいだし、私はどっかこの辺で食べたほうがいいかな」


 呼びかけに慌てて反応する四ツ足さんと、それぞれの意見を口にする2人。


 標高は低いけれど、葵染山の頂上から見える景色は絶景らしくて、四ツ足さんとは楽しみだね、なんて以前から話していた。だって、この登山は私たちにとってほぼ実質初めてのデートになるから。


 バレる心配がなくてよこしまな感情がそれほど入り混じらない分、こちらは純粋に楽しみだった。というわけで頂上で景色を見ながらお昼を食べるのか、どこかで済ませてから絶景を楽しむのか。私は班長として決定を保留していたのだ。


「うーん、やっぱり頂上で食べるとこ多いんだね。だったら早めに食べちゃおっか。よ……小実のすけさんと奥田さんも、それでいい?」


 2人が頷くのを待ってから、再び足の短い草を踏んでなだらかな斜面を登り始める。あわよくば四ツ足さんとふたりっきりの時間が作れたらいいな、とかなんとか思いつつも。


 何回も言うけど、キスなんてリスクのあることはしないけどね?

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