第15話 わたしと手紙と漆さん


 ちょっと上向きな心のまま掃除を終えて教室に戻る。また窓際で漆さんが奥田さんたちと話していてちょっとむっとしてしまったけどなんとか堪えて自分の席に座った。そして5時間目の準備でもしようかと机の中からから教科書を引っ張り出したとき、見覚えのない紙が上に乗っていることに気付いた。


 折りたたまれた……方眼紙? ノートを切り取ったものみたいだ。どきりとした。だって奥田さんが自分の机に入れていたあのラブレターのことを思い出したから。


 吉井さんたちに見えないように、こっそりとそれを開く。中には何か文字が書いてあるみたいだった。このちょっと可愛らしい丸字――、漆さんの字だ!


『手紙でごめんなさい。私、ほんとは四ツ足さんと一緒にいたいし、話したいんだけどクラスのみんなに四ツ足さんとのことがバレるのが怖くて……。だからさ、その代わりってわけじゃないけど。明日の朝も駐輪場で待っててもいいかな? もちろん四ツ足さんがよければの話なんだけど……』


 文の最後に書いてあった宛名も漆さんで、わたしはばっと顔を上げて彼女がいる方を見る。目が合った。わたしがこくこくと何度も頷いてみせると、漆さんははにかみながらこっちに向けて小さく手を振ってきた。


 漆さんとわたしは今までほとんど教室で話したことがなかったから、そこを漆さんは気にしてるんだ、とわたしは悟った。急にクラス1可愛くてきれいで人気者の副委員長と、クラス1チビで勉強も運動もできないヤツが仲良くし始めたら、確かにみんな不信に思うだろう。そこからわたしと漆さんがお互いにどきどきしてることが知れ渡ってしまえば、色々と居心地が悪くなることがあるかもしれない。


 女の子同士の恋を誰も彼もが受け入れてくれるってわけじゃない。何かあって一昨日までみたいな陰鬱な感情に浸り続けることにならないためにも、こっそりと、誰もいないとこで。そういう付き合い方をするしかないんだ。漆さんの今日1日の行動にちょっと納得がいった。


 漆さんが他の子と話してるともやもやしちゃうけど、わたしとしてもそれはやっぱり賛成。だから5時間目と6時間目のつまんない授業は漆さんの背中をときおり見ながら、ずっと考えていた。机には破いたノートだけを置いて、それに思いを綴る。頷くだけでは返事として不十分な気がしたのだ。


 そして授業が終わったあと、また友達に囲まれてる漆さんを置いてわたしは風のように靴箱へ。こっそりと漆さんの靴箱を開けて、折りたたんだ紙を仕舞い込む。


『わたしも、漆さんと一緒にあんな感じで教室まで行きたい。あとさ……わたしのわがままなんだけど、明日だけじゃなくて、学校がある日は毎日がいいかも……』


 2時間考えてほんの少しのことしか書けなかったけど、いい。だってこれ以上、楽しみな明日のことを思ったら――、更に漆さんの靴箱掃除と、もしかしたら漆さんと毎日教室まで行けること。机運びの代わりに新しい日課になるかもしれない2つのことを思い浮かべれば、嬉しすぎて飛び上がっちゃいそうだったから。

 

 *


「うるしさん……! おはよっ……!」


「あ……! おはよう、四ツ足さん!」


 翌朝、駐輪場で待っていたわたしを見るなり、漆さんは顔をほころばせて駆け寄ってきた。


「やった、今日はわたしのかちだねっ」


「……ふふ、じゃあ明日はもっと早く来ようかなー」


 『明日は』。漆さんはそう言って微笑んだ。……今日だけじゃないんだ。わたしが昨日手紙で伝えたように明日も明後日も、漆さんと一緒に教室まで行っていいってことだよね?


 わたしが漆さんを不安と共に見つめると、漆さんは頬をピンク色にしながら俯いた。


「そうだ。昨日の手紙のこと……ありがと。返事なんだけど、私も四ツ足さんと毎日こうやって登校したいから……。お願いしても、いいかな」


「……うんっ、当たり前だよ」


 嬉しすぎてひっくり返っちゃいそう。わたしは我慢できずにもじもじと言う漆さんの右手を取る。そして自分の左手の指を絡めて手を繋ぐ。昨日とおんなじ、恋人繋ぎに。


「よ、よつあしさん……っ」


 漆さんの顔がみるみるうちに赤くなって、普段でお目にかかれない恥ずかしさと嬉しさが入り混じったみたいな表情になる。わたしだって恋人繋ぎなんて身体に熱が湧いて出てくるくらいにはまだ恥ずかしい。


 それ以上に漆さんを愛おしく感じる。吉井さんと話してるときとも、奥田さんたちクラスメイトと話してるときとも違う、わたしに対するこの漆さんの顔と声としぐさ。だから思わず呟いてしまった。


「やっぱり違うね。漆さん……」


「なにが……?」


「ごめん。漆さん、わたしと話すときと他のみんなと話すときで色々違うから……。わたしといてもつまんないのかなって……。昨日吉井さんや奥田さんと話してるの見て思っちゃって……」


「えぇ、そんなこと……! ううん。そんなことじゃないよね……」


 正直に伝えると、漆さんはちょっと驚いたみたいだった。だけど何か決心したみたいで周りをきょろきょろ見て人がいないのを確認したあとわたしの耳元へ口を近づけてきて、そっと囁いた。


「……美里ちゃんは幼馴染で、他のみんなは友達だから。そりゃ四ツ足さんとは違うよ。言ったでしょ……。私がどきどきするのは四ツ足さんだけって。四ツ足さんへの態度の方が、特別なんだよ?」


「え、え、え、え、え……」

 

 あまりにも甘い言葉に、脳みそがくらくらって揺れる。絡み合った手がぎゅっと強く握られて、漆さんが嘘を言っていないことはすぐに分かった。

 

 特別。ほんとにわたしは、漆さんの特別なんだ。やばい。なんなのそれ。ちょっともう、なんて言ったらいいかわかんない。


「あと、ごめんなさい。私も……。昨日、四ツ足さんが美里ちゃんと話してるとこ見て、ちょっといらいらしちゃった。多分だけど……嫉妬してるんだと思う。美里ちゃんに……」


 続けるように漆さんは言った。嫉妬……。漆さんが吉井さんに? 昨日のちらちら見てきたあの視線は、そういう意味だったの?


 てことは、漆さんのあれが嫉妬なら。わたしが抱えてるのも……感情的には一緒? わたしは思わず漆さんに聞いてしまった。


「じゃあ、わたしのこれも……? 友達の奥田さんとか、吉井さんが漆さんと幼馴染なことにムカってしちゃうわたしのも……」


「うん……嫉妬、だと思うけど……。ってやめてよ聞かないで……。どんだけ私うぬぼれてるのってなるから……恥ずかしすぎるってば……」


 漆さんは空いている左手のカーディガンの袖で自分の顔を覆って、そっぽを向いてしまった。でもおでこまで真っ赤なのが丸見えだ。嫌がってるんじゃないよね? 言葉通り恥ずかしがってるんだよね? わたしは恋人繋ぎを継続したまま、漆さんの顔を覗き込んだ。そして触れ合った手からも口からも、自分の本心を伝える。


「でも、嘘じゃないからね……。わたしだって、漆さんへの態度だけが特別だから……」


「……あ、ありがと……ほんとう……すごくうれしい……。だったら私……もうやめようかな、奥田さんたちと話すの……」


「えっいやいや、それだと昨日の手紙……の意味なくなるじゃんっ。クラスのみんなにわたしたちがこうしてるのバレたらダメ……。だから漆さんもわたしも、ある程度普段通りに振る舞おうって話じゃ……」


 俯いてなんだか涙混じりの声になりだした漆さんにわたしは狼狽しつつも必死になだめる。


「でも……四ツ足さんにそんなの抱えっぱなしにさせるの、悪いから……」


「いいっていいって。だってさ……こうやって毎日漆さんと手を繋いでお話できるんだもん。そりゃ嫉妬はしちゃうかもだけど、我慢するよっ。漆さんとの関係がバレて、壊れちゃうほうが、怖い」


 そっか、漆さんはそういう風に考えてたんだ。わたしのためを思って……。その優しさにわたしまで泣きそうになってきちゃったけど、涙を堪えて気丈に振る舞う。


 吉井さんが言ってた通り、漆さんはちょっと泣き虫なところがあるみたい。わたしも似たようなもんだけど、でもそれでもやっぱり漆さんを泣かせるような思いはさせたくなかった。


「ほんと……優しいね……四ツ足さんは……」


「それ前も言ってたけどさ……絶対漆さんの方が優しいよ。周りの子のこともわたしのことも考えてくれるんだから」


「ううん、そんなことない。世界で1番優しいのは四ツ足さんだって……」


 昨日以上に幸せに感じてしまう、そんな朝の始まりだった。

 

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