第16話 わたしと見とれと漆さん/私と見とれと四ツ足さん
だけど、漆さんと近づけたのはここまでだった。教室に恋人繋ぎで行ってしばらく話したあと、誰かクラスメイトがやってくると漆さんはわたしの席から残念そうに離れていった。
その後はやっぱり遠い。1度も話す機会はなくて、漆さんを囲むクラスメイトたちに嫉妬しかけたわたしはまたひとりあの階段で昼ご飯を食べた。そして掃除で漆さんの靴箱をピカピカに磨いて、教室に戻ってきたところだ。
「…………」
昨日みたいに、漆さんからの手紙が入ってたりしないかな。
淡い期待でしかなかったけど、それでも身体は勝手に自分の机の中を探っていた。すると入れたはずのない折りたたまれた紙に手が触れた。急いで取り出して、どきどきを抑えて机の下で隠しながら開く。やっぱりこの字、漆さんからだ。
『あと2時間、午後の授業も頑張ろうね! 四ツ足さん、居眠りしちゃダメだよ? あと……私に見とれるのも禁止だからねっ?』
み、みとれるって……。
嬉しさと恥じらいが合わさって、かあっと頭のてっぺんまで血がのぼるのを感じた。わたしは思わず椅子を揺らしながら立ち上がって、教室の端っこにいた漆さんを昨日みたくまじまじと見てしまう。
わたしが手紙を読んだことをそれで分かったのか、漆さんは恥ずかしそうにばっと目を反らした。だからその横顔がどんどん赤くなっていって、おでこの先まで朱に染まっていく一部始終をわたしは観察することができた。
漆さん、普段は照れ屋さんなのにときどき大胆……だよね。
大好きな女の子の新しい一面が見えてくる。そしてそれを見られる、見せてくれるということは、わたしが漆さんの特別になってることを伝えてくれているような気がして胸が一夜を踊り明かしそうになった。
だけど、漆さんに見とれるのを禁止されるのはひじょーに困るんだよね。
だってわたし、ずっとしてるんだもん。
✳︎
5時間目の授業は英語だった。あのときみたいに漆さんの席に座れる? とわたしはわくわくが止まらなかったけど、掃除当番とおんなじで月を跨いだから別の席に変わってしまうみたいだった。
しかも漆さんはわたしの少し後ろの席になったので、授業中後姿をじっと見てることもできない。しょうがないし、いい機会だから手紙のお返事でも書こうかな。とノートをぴりと破いたところで、斜め後ろから視線を感じた。
漆さんだ。すぐに分かった。だって……なんというか……すごく熱っぽいから。わたしのうなじあたりをじーっと見ていた眼差しは、わたしがペンを動かすと手に、ちょっと伸びをすると腕のあたりに動いて、またうなじを見つめるのに戻る。どうやらわたしに視線をむけないって選択肢はないみたいだった。
勘違いじゃなければだけど漆さん、さっき『私に見とれないで』とか書いてたくせにわたしに見とれてない?
あんなかわいいときれいが両立してる漆さんがわたしをずっと見てる。すっごく嬉しいんだけどさぁ。恥ずかしいの方が勝ってきて、わたしは頭から湯気を出しながら机に突っ伏しそうになった。
もしかして漆さん……うなじ……好きなのかな……。あ、お返事も書かなきゃ……。漆さんとの手紙でのやりとりも日課にしたいし……。わたしは普段から漆さんのことばっか見てたけど、こんな風にバレバレだったのかな……。
そんなこんなでわたしは50分間漆さんの熱烈な視線に彩られて悶々としつつ、しっかり手紙も書き終えて授業を終えた。
そこで漆さんがわたしに見とれてたってのが間違いないと確信する。だって授業終わってすぐ振り返ったとき、いつも可愛らしい丸字でびっしりと埋まってる漆さんのノートが今日は全くの白紙だったから。
*
帰りのホームルームが終わると、四ツ足さんは一目散に教室を飛び出していった。あれって……昨日みたいに手紙を私の靴箱に入れに行ってくれているんだろうか。私はまだ熱を帯びたままの頬をカーディガンの袖で撫でながら、居ても立っても居られずに少し経ってから靴箱までひとりで向かった。
私がお昼までに手紙を書いて、教室掃除の時間に四ツ足さんの机の中に。帰るときに四ツ足さんが私の靴箱の中に。ささやかな文通。この想いを伝えるには物足りないけれど、返事を貰うと心が全部満たされるような気分になる。
出会ってから1か月、話した時間はもっと短い。まだ私は四ツ足さんのことを全然知らないし、四ツ足さんもそうだろう。だからお互いがお互いに触れあって、少しずつ互いを確かめ合うようなこの秘密のやりとりは、それだけで嬉しいんだ。と私は思った。
でも、今日のはやりすぎた。四ツ足さんにどきどきするようになってから分かったけど、私はどうやら変なところでスイッチが入って四ツ足さんに対してちょっと変なことを言ったりやったり書いたりしてしまうみたいだ。
見とれちゃダメだよ……って。ほんと、馬鹿なのか私は。しかもそんなこと言っときながら英語の時間中、少し斜め前にいる四ツ足さんをずっと見つめてしまった。
私は四ツ足さんの後ろで授業を受けたことがほとんどなかったから、とても新鮮だったのが理由だ。しかも、彼女の背中はあのことを思い出すから余計に。
そう、入学式と、スーパーで再会したとき。つまり自転車に2人乗りしたとき。どうしようもなく私と四ツ足さんとの関係が変わったきっかけに、あの小さくても頼りがいのある背中は関わっていたから。
あと、新発見……。多分、私は四ツ足さんのうなじにもどうしようもなく心惹かれてる。髪型が二つ括りのおさげだから彼女のそこは常に晒されていて、ぴょんぴょんと生えたこげ茶色のおくれ毛と、きめ細やかな肌が余りにも私にとって愛おしく映るのだ。
多分、四ツ足さんにはバレてないと思うけど……。私は新たに芽生えた感情に頭を悩ませつつも靴箱をそっと開いた。
覗いてみると中に小さく折られた方眼紙が入っていて、思わずその場で小さく飛び跳ねてしまった。そのどきどきを身体に宿したままちょっと影に隠れるようにして、開いてみる。
『漆さん、おつかれさま! 返事だけどね。わたし、居眠りしなかったよ? だって……漆さんがずっと見てくるんだもん。ほんともう、自分は見とれるなって言ってたくせにー』
しっかりバレていた。私は羞恥と、意外と達筆な四ツ足さんの字でここまでかわいいことを書かれてふにゃふにゃに崩れ落ちそうだったけど、先を読み進める。
『あとさ、漆さんってわたしのうなじ好きなの……かな……? 漆さんが見たいならいくらでも見せるけど……。ま、また明日教えてね……!』
そっちもしっかりバレていた。今度こそダメだ。私は壁にもたれかかって、大きく息を吐く。この胸がぎゅって締まる感覚が肺でくすぶっているのか、やたらと息は熱かった。
「よつあし、さん……」
四ツ足さんといると、自分のボロというか他の人には見せたくないことがどんどんさらけ出されてしまう。
でも四ツ足さんはそんな私を受け入れようとしてくれる。それを文面とはいえ伝えてくれて、なんだか救われたような気分だった。
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