第3話 春風と漆さんと???


「ごめんね。校則違反までしといて、わたしがすっとろいばっかりに」


「……謝らないといけないのは私の方だって。本当にごめんなさい。2人乗りしなかったらあなたは間に合ってたはずなのに」


 えー、結果からいいますと。わたしたちは遅刻しました。5分ほど。桜並木とかを猛スピードで突っ走って来たんだけどなあ。とりあえず校門の前に立ってた先生にこっぴどく怒られて、今はわたしの自転車を駐輪場に止めたところ。女の子はひとりで教室に向かってもいいのに、足がパンパンでふらふらなわたしの代わりに自転車を押して横を付いてきてくれた。どうやら自分のせいでわたしが遅刻したことが申し訳なくてしょうがないみたいだった。


「気にしないでよっ。わたしがやりたくてやったことなんだし、そもそも事故になりかけたおわびというかなんというか……!」


 でもわたしは彼女にそう思ってほしくなくて、傍にいる女の子の手を握ろうと……するところまでは良かったけど、そこで足がもつれてつまづいた。


「おわあああ!」


「きゃあ!」


 目の前の女の子を押し倒すように、2人して地面にすっ転ぶ。お互い身体を横に、向かい合って見つめ合うみたいな態勢で。かっこつけようとしてた分更に恥ずかしくてわたしの頬は熱くなった。


「ご、ごめーん……」


 でも、場違いかもしれないけど。こうしてまじまじと女の子の顔を見ると、とても整ってると改めて思う。ヘアピンで前髪を止めてるから白い肌のおでこの半分くらいまで見えてる。髪と同じ色の瞳はとても澄んでいて、顔といい声といい立ち振る舞いといいそのまま清涼飲料水のCMに出しても通用するんじゃないかと感じるほどに真面目なのに爽やかで、きれいなのにかわいい。


「……ぷっ、ふふ……あははは……」


 そのとき、不意に笑い声がこぼれた。わたしじゃなく女の子の。彼女は駐輪場のタイルの上に寝転がったままで、ただボブカットの黒髪を揺らしながら本当に面白そうに笑顔を浮かべていたのだ。


 なんだかそれを見て心臓がどくりと跳ね上がった気がするけど、身体を酷使しすぎたからに違いない。


「ちょっとぉ! なんで笑ってんのー!」


 ともかくわたしも起き上がらずに唇を尖らせて憤慨すると、「ごめんなさい、さっきまであんなに取り乱してたのに」、と女の子はカーディガンの裾で口元を抑えながら言った。


「でも……なんだか面白くなっちゃって。今思い返してみたら私たち、中学校生活初日の朝から色んなことがありすぎじゃない?」


「たしかに。1か月分くらいのあれこれがあったかも――」


 遅刻しかけて、女の子を轢きかけたら同じ学校の子で、2人乗りしたけど間に合わなくて、入学式の前なのに今は地面で寝っ転がってる……。突拍子もなさすぎて、わたしにも自然と笑顔が浮かんできた。


「あはははははっ。どんな青春ドラマだよって感じ?」


「え、でもすごいかっこよかったよ? 『乗って!』ってところとか。うふふ……」


「やめてよ……あはは……! 茶化してるでしょそれ……!」


 風が心地いい春の空の下でひとしきり笑い合ったあと、お互い肩を上下させながら見つめ合ってまた笑う。なんだろう。バカなことしてるのに、そんなことしてる暇じゃないのに、身体の隅まで染み渡るような充実感があった。


「ふふ、そうだ。私たち、同じクラスになれたらいいね。えーと……」


 と、女の子がそんなことを切り出してきて今頃気付く。そういえばわたしも女の子も、きっかけがなくて名乗ってなかった。ならばとばかりにわたしは寝たままえっへんと胸を張る。


「あ、わたし四ツ足 小実っていいます! わたしも同じクラスがいいなと思ってますので、よろしくお願いいたします!」


「くすっ、なんで敬語……。四ツ足小実さん。四ツ足さんかあ。こっちこそよろしくね」


 名前を呼ばれるたびに目の前にいる女の子の唇から空気と透き通った声が漏れ出てきて、耳をくすぐる。心までくすぐられるような気がして、わたしは胸を抑えた。


「次は私の番ね。えーと、漆 千草です。今日の遅刻みたいに色々抜けてるところもあるけど、友達でいてくれると嬉しいかな」


 女の子、もとい漆さんはそう言ってはにかみながら自己紹介した。ちかちかっと目の前で何かが光る。

 

 うるし ちぐさ。パズルゲームで上手くいったときみたいに、その名前はわたしの中でしっくりきた。いかにも彼女のイメージ通りすぎたのだ。


 しかも、友達。中学校に入ってから初めての!


「ぬ、抜けてるのはわたしも一緒だし。わたしたちなんか仲良くなれそうかもっ」


「ふふ、そうだね。あ、でもそろそろ行こっか四ツ足さん。ちょっと名残惜しいけどいつまでも寝てたら先生に怒られちゃう」


「う、う、うん」


 立ち上がると、ふらっとした。あれ、なんでだろ。おかしいな。心臓が壊れちゃいそうなほどどっきんどっきんいってる。自転車はもう漕いでないし十分休んだのに。あと、漆さんの顔が眩しい。きらきらーって、特にたまに見せるその微笑みが――、小さなお花、たんぽぽみたいな笑顔がやたらと光って見える。


「四ツ足さん?」


「わあ、ごめん!」


 ぼーっとしてたら漆さんに手を引かれたから歩き出す。すると熱い、全身が熱い。手を通して漆さんの華奢な身体に伝わらないか心配になるほど、わたしには謎の異変が起きていた。


 そのときは気のせいかと思ってたけど、全然違った。結局この異変は漆さんが近くにいるたびに起こり。入学式の間も、奇跡が起こって同じクラスになったあとも、授業中も、初めての掃除が教室に割り当てられて漆さんの机を運んだあとにも、一切治まることはなかったのだった。

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