第4話 こいとこいとこい
「おーい小実ちゃーん。またぼーっとしてないかーい?」
「うへらぁ!?」
はっと目を覚ますと、前の席の吉井さんがこっちに身体ごと振り返って眼鏡の奥の細い目でわたしをじーっと見ていた。
「もう授業終わったよー? 2時間くらい全然何言っても反応しないんだから。考えごと?」
「うーん……あーと……」
夕日に照らされた教室の中を見渡してみれば、わたしたち含めて残ってる生徒は数人。本当に今日の授業は終わってしまったみたい。その中に漆さんの姿もない。他の友達と帰ってしまったんだろう。
待ってくれていて一緒に帰る、なんて夢のまた夢。あんないかにも青春っぽい感じのノリで友達になったと思い込んでいたけど、実のところ漆さんとわたしはクラスの中でも住む世界が違いすぎた。副委員長でスポーツ少女だろうがギャルだろうが誰でも、なんなら男子とでも話せる漆さんと、まともに話せるのは吉井さんしかいないわたし。結局入学式から数回しか話す機会が訪れなかったのも、当たり前だと言えた。
「……なんでもないよっ。昨日あんま寝れなかったから、ちょっと眠くてさぁ」
とりあえず漆さんとの出会いについて思い返してたら2時間経ちましたとは吉井さんに言えないから、曖昧に笑って誤魔化しておく。
「ほんとになんともない? 私、一応小実ちゃんの友達なつもりなんだけど」
しかし吉井さんの心配そうな視線で、わたしは押し黙る。確かに、めちゃくちゃ失礼なことをしてしまった気がする。わたしだって吉井さんのことはどきどきする漆さん相手とは違う、至って普通の友達だと思ってるし、この異変について話だけでも聞いてもらったほうがいいんじゃないだろうか。
「あのさ吉井さん。1つだけ聞いてほしい話があるんだけど……」
「おおー、いいねいいね。話してみー。あたしゃなんでも聞くよ」
そう思ったわたしがおずおずと切り出すと、吉井さんはにひにひっと笑ってこちらを向き直る。こういう、あんまり事を重くしないようにふるまってくれるのは吉井さんらしくてとても好きだ。
「最近ヘンなの、わたし。特定のさ、誰かのことがずーっと気になったり、その人のことを目でおっちゃったりさぁ。近づくと心臓がどきどきいうの。あとはその子の机をなんかわからないけど送りたくなっちゃって、あとは――」
「ちょ、ちょい待ち小実ちゃん。あんたこの前『恋って気持ちがわかんない』って熱弁してくれなかった?」
話の途中なのに、焦ったように吉井さんに遮られた。しかも全然脈絡のないことを言ってるので、わたしはぽかんとしながら聞き返す。
「? したけど……。吉井さん、その話はわたしの異変と関係ないでしょ?」
「いや、大アリよ。小実ちゃんのそれ、多分だけど恋だよ」
「え」
あまりにも直球で言われて、わたしは一瞬固まる。わたしが? 漆さんのこと? 好き? 恋? 漆さんに? 恋――?
「ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!????」
「うるさいなー、もう。絶対恋だってそんなのー。今まで考えたりしなかったの?」
「いやいやいやいやいやいや、だってさぁ、だってだってさぁ」
椅子を思い切り引き飛ばして立ちあがり、わたしは吉井さんの顔を信じられんとばかりに見た。口が勝手にぱくぱく開閉して、手が命令に反して勝手にじたばたと動き始める。
考えてみれば漫画とかドラマとかで見る恋と、わたしが漆さんに抱いてる感情は似てる。でも、わたしはどうあがいても女で、漆さんもかわいくてきれいな女の子。なのに恋!? これが恋!?
「で、相手は誰よー。大丈夫、私は言いふらしたりしないからさ」
吉井さんはにやにや笑って促してくるけど、流石にそれがこのクラスの副委員長の漆さんだとは言っちゃダメな気がした。
「……相談に乗ってくれてありがとう。でも吉井の旦那、この話はなかったことにしてくださいやせんか」
「あっ逃げた」
「違うもん違うもん! とりあえず今日のところは帰らせてもらいやすっ!」
ばばばっと最高速度で荷物をまとめて、にへらっとしてる吉井さんに手だけ振っといて教室から飛び出す。後ろから「また明日ー。『その
嫌がるほどの無理強いはしない吉井さんの優しさに感謝しながらも、まだばくばくいってる胸元を触る。頬も触る。漆さんを見てるときみたいに熱くなっていた。
「恋……わたしが、漆さんに……?」
彼女の笑顔を思い出しながらそう呟くだけで、立ち止まってしまいそうになるほど頭がぼうっとした。
*
「小実ちゃーん、掃き終わったから全部送っちゃってー」
「あ、うんっ」
あくる日の掃除の時間。結局恋しているという実感は掴めず、吉井さんは特に昨日のことについて何も聞いてこなかった。
だけど漆さんの机は送りたくてたまらない。いつも通りしっかり教科書の入ったそれを持ち上げて、ぴっちりと揃えて置く。前よりも心臓の高鳴りが激しくなってる気がしたけど無視! 今は無視!
とりあえずどきどきの日課は終わった。よぉしと逆に気合を入れて、漆さんの後ろの席に座る女の子――、奥田さんの机を持ち上げると、はらりと何か紙切れのようなものが落ちた。
「おわっ」
一旦机を置いてそれを拾い上げる。綺麗に折りたたまれた白い紙。中を見る気はもちろんなかったけど、丁度どこからか風が吹いてきて書かれている文字がちらっと目に入ってしまった。
『裕子先輩のことが好きです。一目惚れでした。もし返事をしてくださるなら明日の放課後、旧校舎裏で待ってます。 奥田 留衣』。
「ちょちょちょちょちょっ!!!!」
押しつぶさないようにめっちゃ丁寧に、それでいてめちゃくちゃ素早くその紙を奥田さんの机の中に突っ込んだ。今のって、今のって――。
「うわ、小実ちゃんどーしたの? ゴキブリでもいたー?」
「う、うん。いた……白いレアなゴキブリがいたから奥田さんの机の中に大事にしまっといた……絶対開けないで……」
「新手の嫌がらせかよ」
吉井さんの華麗な突っ込みにも気を取られず、わたしはあの紙について思いを馳せる。あれ、多分ラブレター、だよね……。封筒とかに入れる前の。しかも告白相手の先輩は女の子の名前だった。そして奥田さんも女の子。
小学校のとき、男の人同士、女の人同士の恋愛があるということはほんの少しだけ習ったことはある。そのときの恋バナ大好きなクラスメイトたちは信じられないという顔をしていたし、少なくともわたしも自分とは無縁の世界だろうと思い込んでいた。
だけど……そうでもないのかも。奥田さんの、薄い黄色っぽい表面の机を見ながらわたしは考える。そういう恋愛はありふれ始めているのかもしれない。
じゃあやっぱり、わたしのこれも……?
また何かを知らせてくる心臓の鼓動を懸命に抑えようとしながら、漆さんの机を見てその答えを確かめてみようとしたけど――。いつも通り黒い光沢が眩しすぎて何も分からなかった。
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