アイドルだって憧れたい!
@harunoto
第1話 プロローグ
あれは俺がまだ六歳の頃の出会いだった。姉さんに無理矢理連れられたお台場ドーム……六歳の俺にはまだ早かったような気もするが、それでもあの光景は今でも脳裏に焼き付いている。
会場一体を照らすペンライト。彼らはそれを合図も無しに変色させ、一体感を崩そうとはしなかった。それはまるで星のように綺麗で、あの時の俺は「ワクワク」という感情で胸がいっぱいになった。でも、本当に凄いのはその向こうに存在していた彼女らだ。
一糸乱れぬダンス、訴えかけるような歌声──そして笑顔。彼女らは長時間どれだけ踊ろうともその笑顔だけは剥がれることはなかった。人生(というにはあまりにも短すぎるが)で一番心が震え、感動という感情を体験し、その後はライブは姉さんと一緒の釘付けになったのも覚えている。
それほどまでにあの頃の俺の心をアイドルという存在が奪っていったのだ。
だから、俺はなろうと思ったのだ。
×
──歓声があがる会場。ステージを照らす目映いスポットライト。やはりこの光景は何度見ても心が踊る。心臓の鼓動が徐々に乱れ、今か今かとその時を待ちわびた。皆がこちらの気持ちに答えてくれるように俺も……いや、俺たちも精一杯のお返しをしなければならない。そして、歓声が一瞬にして静まり──刹那にして爆発した。
「うぉぉぉぉぉぉ! アイカさぁぁぁぁぁぁん! 今日も可愛いよぉぉぉぉぉぉ!」
俺の第一声は最推しへのコールであった。開始と同時にアイカさんのイメージカラーでもある橙色のペンライトを軽く振る。今日の席はアリーナW席の14番という彼女らに最も近い。ライブに参加できるだけでも天国なのに最前列という相乗効果も合わさってここはもう楽園を通り越して宇宙に等しい。何をいってるか分からないと思うが俺もよく分かっていない。つまりは最高ということだ。
人気グループ「
そのままライブは終わりを迎え、メンバーによるエンドトークへと移行する。俺はペンライトを消灯させ、アイカさんの順番を待ちわびていると何ということだろうアイカさんと目が合ってしまったのだ。思わず体をビクッと揺らしてしまい、気持ちの悪い動作をしてしまった。
アイカさんの気分を害してないかと心配になったが、寧ろ微笑を返してくれたかと思うとこちらに向かってウインク……ウインク? え? 俺に向かって?
俺に向かって? 俺に向かってetc……目の前で爆発でも起きたのかと思うくらい、視界が閃光でいっぱいになった。
そこから俺の記憶はない。アイカさんのエンドトークを聞きそびれてしまったものの──それ以上の対価を推しがくれたのだから。
×
「それでさアイカさんがウインクしてくれたんだよもう可愛いや美しいを通り越して芸術の域に到達しててさなんというか神は存在したんだなって思ったんだよそれでさアイカさんがセンターの歌があるんだけど……って、
「それもう二十回目だよ!
一颯はゲームに視線を落としながらそう答える。全く理解していない。推しにファンサをもらえるという素晴らしさについて二時間ほどのガイダンスを行いたいが、他人に無理強いするのはポリシーに反する。
だが、興味を持ってもらうことは可能である。先ずは一颯の誕生日にゲームと一緒に
「
ポンっと教科書が俺の頭を軽く叩いた。振り返ると、そこには数学教師の寺田先生がタバコを加えながらデカデカと「補習」と書かれた紙をちらつかせていた。
「立花アイカさんの素晴らしさについての補習ですよね。先生もご一緒にどうですか」
「おおーそうか。じゃあ先生も一緒に……ってなるか。数学の補習だよ! 逢坂、またお前だけ赤点だぞ!」
「先生、33点ですよ。ゲームでよくあるゾロ目ボーナスってあるじゃないですか。便乗して6点追加してくれてもいいじゃないですか」
「そんなボーナスはテストにない。それに6点追加しても赤点じゃねえーか」
やれやれと
高校一年の二学期。中間考査を終え、秋もひょっこり顔を出し始める季節。もはや恒例行事とも言える数学の補習であるが、受講者は俺一人である。そんな出来損ないの面倒も見てくれる寺田先生には頭が上がらない。
解答用紙を提出し、採点が始まる。訝しげな表情で先生がこちらを睨み付けると○と×が混在する用紙が返却される。点数は50点という中途半端な結果であった。
「本番でもこのくらい取ってくれたら助かるんだがな。総持寺、彼女のお前が勉強教えてやってくれ」
「あはは……教えても教えても次の日には忘れちゃってるんですよね。優人は興味のないことはすぐ忘れちゃうので……あと、寺田先生。何度も言ってるんですけど、僕、男です」
恐縮そうに幼馴染の
一颯も補習室にいる理由だが寺田先生曰く、「男だけじゃむさ苦しいから目の保養として華が欲しい」とのことだ。これを保護者会で進言したらこの先生はどうなるのだろうか。とはいえ、寺田先生だからこそ補習内容も甘めなので助かっている。
机の上に広げたプリントとペンを鞄にしまい、教室を去る。出る前に先生から貰った飴を口に含み、一颯と一緒に昇降口まで歩いていく。
「そういえばさ、これ見た?」
下駄箱に手を掛けた際に一颯がニュースサイトのとある記事を俺に見せてきた。その内容に対して、俺はどうにもプラスの反応を見せることが出来ず、首を傾げる。
「あれ? 嬉しくないの? アイカさんのときは深夜3時にも関わらず電話してきたよね」
「うーん……何というかさイメージに沿わないことをやってるんだよな。アイカさんはどちらかというと
一颯は首を傾げていたが、俺個人の意見のためそう思われても仕方がない。
『未来ミチル! 初の水着写真集発売!』
確かに売れっ子アイドルが芸能経験を重ねた上でこうした仕事を始めるのはよくある。しかし、ミチルは清楚であり天真を併せ持ったアイドルで故にこうした仕事はイメージとはかけ離れていると感じた。
「ミチルさんも僕らと同じ高校生になったんだしさ。そういう挑戦もあるんじゃないのかな?」
「そういうものかな。何かイマイチ乗り気になれないな」
「発表されたばかりだからってせいもあるんじゃないかな。発売されたら優人のことだから初日に買ってきて早口で語ってるよ。それよりも今日はゲーセンで新しいぬいぐるみが投入される日なんだ! 行こうよ!」
「先週も行かなかったか? まあ、俺も気になるプライズあったからいいけど」
胸の中にモヤモヤが残りつつも、一颯の後を追うようにしてゲームセンターへと向かった。
×
「あー疲れた……ったく、一颯のやつ諦めが悪いからな」
右手に鞄、左手に袋が破けるそうなほどのフィギュアが入った袋を手にして帰宅する。目的のぬいぐるみを入手することには成功した一颯であったが、珍しく苦戦していたようでゲーマーの血が騒いだのか小遣いが底を尽きるまで景品を狩り尽くしていた。
「ただいまーって誰もいないか」
声が家中に響くも声が返ってくるわけもなく、再び家は静寂に包まれる。軽くため息を吐きながら、荷物を下ろし台所へと向かう。家を出る前に下処理を終えた肉を火にかけようとすると、ポケットのケータイが振動する。取り出して着信相手を確認し通話ボタンをタップ、通話が開始する。
「もしもし?
「愛しの弟よー! 今、姉さんはどこにいるでしょうか?」
「えっと……エジプト?」
「ブッブー! 正解はアメリカだよー! しかも、ニューヨーク」
「え。ニューヨークって言ったらあのアイドルアニメの聖地じゃんか。写真撮って送ってきて絶対」
愛姉さんは「え? ……OK!」と軽返事で返答してきた。これで送ってこなかったら俺は寝込む。
愛姉さんは俺の育ての親同然であり、俺がアイドルオタクとなるきっかけになった存在でもある。両親は俺が小学校に進級してから間も無くして事故で他界し、愛姉さんが女手一つで俺を育ててくれた。仕事はカメラマンで、業界では名の知れたプロとのことなので生活が困らないほどの仕送りが毎月口座に振り込んでもらっている。
「まあ、とにかく学校はどう? 一颯君以外に友達できた?」
……痛いところ突いてくるな。もしも、俺に一颯以外の友達がいるならば頻繁にライブには参加してないだろう。一応、学校では寺田先生や一颯の前以外ではオタクという一面を晒していない。
というのも俺はあまり複数人での行動が苦手なのである。小学校の林間学校も一人寂しく米を研ぎ、中学の修学旅行ではグループでの写真に一切写らなかった。別にぼっちだったわけではない。人と接するのが苦手なだけである。本当である。
学生時代の姉さんは俺と違い、友達も沢山いた覚えがある。父さんたちが生きてた頃には家に友達を呼んでたくらいだ。
「で? 友達いるの?」
「いないよ。こんなオタクで面白くもないやつと好き好んで友達になろうとするやつなんて早々」
「優人。お姉ちゃん、いつも何て言ってたっけ?」
「……自分を卑下するな、でしょ」
それが姉さんのモットーである。小さい頃、俺が親がいなくて虐められていた俺を助けてくれたときもそう呟くのだ。このモットーは俺も心掛けているつもりだが、やはり人間性の違いであろう。今でも自分を卑下してしまうことが多い。
「よろしい。じゃあ、お姉ちゃん今から仕事だから切るね。おやすみー!」
通話が切れる。俺はソファーに倒れ込み、天井を見つめる。姉さんとの通話のあと、毎回虚無感に襲われ、体調が悪化してしまう。やはり孤独ゆえの原因なのだろうか。このまま眠ってしまいたかったが、生憎コンロを付けっぱなしにしているので重たい体を起こすと再びケータイが振動する。姉さんからのニューヨークの写真だろうか。
メッセージボックスを起動し、新着メッセージを確認する。しかし、差出人は姉さんではなく、俺がよく利用しているチケットサイトからであった。……俺が最近応募していたライブは確か──あ。
「未来ミチルの3rdライブ、当たった」
参加人数は3000人。応募者数は30万人超と聞いていたので当たるとは思っても見なかった。とはいえ、体調が悪いせいか素直に喜べない自分がいる。心ここにあらずというのはこのことなのだろう。
「まあ、とりあえず今日はご飯食べて寝るか」
俺はケータイをテーブルに起き、キッチンへと足を運んだ。
アイドルだって憧れたい! @harunoto
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