第5話 エピローグ

 和也は青い顔で店員から靴を受け取り、言葉もなく茫然とそれを眺めた。

 さすがに様子が変だと気づいた店員が、不安気に私の顔を見る。

 その途端、付き合う前に見せた和也の苦笑と会話が、ふと私の頭に浮かんだ。

 和也が自分のことを勉強の虫で面白みもないし、将来に芽が出る優良品じゃないからと言うのに対し、瑞希が反論したときのことだ。


『瑞希ちゃんは優しいから僕の良い面を見てくれるけれど、努力してもどうしようもないこともあるんだ。自分のことは自分が一番よく分かってる。僕は気が利かないし、女の子を幸せに……幸せな気分にできないんだ』


 女の子を幸せにできないと言いかけた和也が、幸せな気分にできないと言い換えた意味がようやく分かった。和也が私に愛の言葉も囁かず、期待をさせないようにしたのは、私を気に入らなかったからではなく、優しさからくるものだったのだ。


 和也が今まで赤を選ばなかったのは、わざとじゃない。選べなかったんだ。

 ごめんね。ひどいのは私の方だね。

 私は必至で涙を堪えて、和也が最初に選んでくれたブラウンの靴を手に取った。


「和也が選んでくれた方が私の好みかも。これ買って……く……れる?」


 最後の方は声が震えてしまったけれど、和也は驚いたように私を見上げ、私の本意を探るようにじっと見つめた。

 そして、また私の視線を避けるようにもう一度靴に視線を落とすと、心にあった不安を吐露するように苦し気に息を吐いた。


「いいのかい? 本当にこれで? もう分かったと思うけれど、僕には赤い色が分からない。色覚異常なんだ。瑞希が好きな色も選んでやれない」


「その色がいい。今まで和也は私の気持ちに応えられないから、私を突き放すためにわざと違う色を選んでいるのだと思っていたの。すごく悲しかったし辛かった」


 まさか! とでもいうように和也が目を見張る。私は勘違いから取り返しのつかないことをするところだったのだ。

 恐怖と安堵が押し寄せる。次いで思いやりのなかった自分に腹が立つやら、和也の辛さを思って泣きたくなるやらで、もう気持ちがぐちゃぐちゃだ。

 でも、その前に和也を安心させたい。


「私のために和也が選んでくれたものなら、これからはどんな色でも嬉しいと思う」


 和也がゆっくり近づいてきて、ありがとうと言いながら鼻をすする。私も気づかなくて、酷い誤解をしてごめんなさいと謝った。

 店員が気を利かせて持ち場を離れてくれたのをいいことに、私たちは軽い抱擁を交わした。


 ようやく分かり合えた二人の心の距離が、ぐっと縮まったのを感じる。

 和也の目に、私はどんな風に見えているのだろう?

 

 それが何色でも構わない。和也の目に映った私は幸せそうに微笑んでいるから。

 あなたが赤だと思う色が、今日から私の赤い色になる。


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見えない想い マスカレード @Masquerade

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