落日
初夏を思わせる暖かな日が続いていた。
東京の桜は散り始め、春休みを謳歌する子供達に踏み潰された花びらが、吹き溜まりに淀んだ色彩を積もらせている。
テレビでは垢の抜けきらない大学生がインタビューに答え、ネットでは新社会人への励ましとお悔みがタイムラインを流れていく。
しまい忘れた炬燵を部屋の隅に追いやり、私は部屋の中央に寝転んでいた。網戸から吹き込む風に少し肌寒さを覚え始めても、寄れたカーペットの上に投げ出された身体は堕落という悪酒に浸かったまま、手にしたスマートフォンが私の体温を奪うように熱を帯びていくのを、機械よりも無機質な瞳で眺めている。
夕暮れ時の淡い静けさの中、遠くから駅のアナウンスが聴こえてくる。人身事故。運転見合わせ。機械的に繰り返されるアナウンスを野次るように、タイムラインには悲鳴と罵声が溢れていく。
新しい舞台に上がる者がいれば、降りる者もいる。降り方を知らなかったその人が、私よりも幸せだったのかはわからない。
既読のまま何日も放置していた友人からのメッセージに、返信の言葉を打ち始める。何気ない挨拶。社交辞令。拙い文章を書いては消してを繰り返しているうちに、何日も充電していなかったスマホの電池は返信を待たずに切れてしまった。
スマホを投げ出し、深く、沈むように息をする。仰向けになり、瞼を閉じる。底から見上げた景色は、何もかもがくすんでいる。
いつか訪れるかもしれない最低の幸福を、やがて訪れる最上の不幸を、私は今日も待ち焦がれている。
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