誤解

 何も告げず髪を切った私に、彼は酷く動揺していた。


「何かあったの……?」


 休日。夜の駅前。いつもの待ち合わせ場所をイチャつくカップルに占有され、人混みの中、ふらふらと漂っていた私を見つけた彼の第一声がそれだった。

 髪切った? 似合ってるよ。綺麗だね。可愛いよ。惚れ直した。結婚しよ。私が妄想していたそれらの言葉は、どれ一つとして彼の口からは出てこなかった。他人に過度な期待を寄せるのも勝手に失望するのも、私の悪い癖なのは自覚している。


「別に、どうもしないけど……気分かな?」


 私の不貞腐れた様な曖昧な答えに、彼の困惑した瞳に失望の色が微かに滲む。今度は、私が動揺する番だった。

 髪の長い女性が好き。彼とまだ友人だった頃、そんな話をしたことを不意に思い出していた。

 ただでさえ気の小さい臆病な彼の前に、何年も伸ばしていた髪をばっさりと切り落とした恋人が現れればどうなるのか。考えればすぐにわかるようなことを、私はサディスティックに放棄したのだ。


「ごめんね」


 彼にとって理想の恋人だった私はもういない。


「──ううん、いいと思うよ」


 その言葉を、私はどこか他人事のように聞いていた。

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