熟す

 彼女の好みはとろとろの半熟。私の好みはこちこちの完熟。同棲する上で死活問題になりかねない食の好みを、彼女が得意げな笑顔であっさりと解決してくれた日のことを、私は今も覚えている。


 フライパンひとつで完熟と半熟の目玉焼きを同時に作る。そんなピーキーな特技ばかり有する彼女は、家事的なことがあまり得意ではない。トースターにパンを入れるのにも手こずる程度の不器用さも相まって、彼女がキッチンに立つことは滅多にないのだ。


「そろそろ焼けるから、テーブルの上、片付けて!」


 トースターのコンセントが入っていないことに彼女は気付いているのだろうか。いや、あの顔は確実に気付いていない。フライパンの上の目玉焼きに完全に集中してしまっている。

 休日。油断した私が寝坊すると、こうして彼女がキッチンに立っていることがある。空腹に耐えかねての行動なのだろう。私を起こしてくれればいいのに、何故かそれだけはしたくないらしい。


「もうちょっと焼いた方がいいかなー」


 私はこっそりトースターのコンセントをプラグに差し込むと、テーブルに広げるだけ広げられたレシピ本を、淡々と片付け始めた。

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