掌編・集
東雲そわ
伝う
腕まくりをした彼女の肌に傷を見つけた。細い手首に、幾重にも刻まされた深い傷跡。それが何を意味するのか、知らないふりはできなかった。
僕の視線に気づいた彼女が、悲しげに笑う。
「ごめんね、汚くて」
僕は言葉を探していた。傷だらけの彼女を、これ以上傷つけることは許されない。
「キミにもっと早く出会えていれば、キレイなままでいられたかな?」
その問いの答えを、彼女は自らおどけた笑顔で有耶無耶にすると、蛇口を勢いよくひねり、冷たい水のまま洗い物を始める。
今日、初めて僕の部屋に来てくれた彼女の手料理は美味しかった。デートの度に僕の好みの味を秘かにチェックしていたらしい。苦手なトマトをあえてメニューに加えたのは彼女曰く親切心とのこと。真っ赤な果実に添えられた悪戯な笑顔はしばらく忘れられそうにない。
「袖、落ちてきちゃった」
両手が泡だらけの彼女が、落ちかけた袖を口で咥えて上げ直そうとしていた。そんな彼女の腕を取り、袖を捲り直してあげる。その間、彼女は僕の顔をまっすぐに見つめていた。
「ありがと」
満足げな笑みを浮かべる彼女に、僕はまだ言葉を見つけることができずにいた。
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