好きなモノ
私の踝に頬擦りしているのは、黒くて小さな毛玉だった。私がそれを引き剥がす様に足を進めると、その毛玉は糸で繋がれた人形みたいにどこまでも勝手に付いてくる。
「あなたのご飯は水やりの後だっていつも言ってるでしょ」
私の言葉に黒い毛玉は曖昧な返事をするだけで、私を誑し込むように柔らかな毛並で誘惑してくる。私はそれに耐えながら、ジョウロの水を零さないように次の植木鉢へと足を進める。
私の家のあちこちには母の好きな観葉植物が置かれている。物心がつく頃に、それらの世話を手伝うようになったのを母はとても喜んでくれた。月曜はリビング、火曜は母の仕事部屋、今日は廊下と玄関にある、私よりも背の高い大きな植物の水やりの日。
植物は好きだった。いつでも傍に寄って愛でることができるから。
でも足元の毛玉は嫌いだった。
「お腹が一杯になったら、あなたはまた私の手の届かない所に行っちゃうんでしょう?」
玄関の鉢植えにジョウロを傾けながら、私は毛玉に話し掛ける。
今度は毛玉からの返事はなかった。
振り返ると、そこにはもう毛玉の姿は見当たらなくて、玄関の扉が少しだけ開いていた。
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